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第二章 開拓民と死人使い

第1話 新たな日常

 早い事で彼女がぼくのところに来てから、一ヵ月の月日が経過した。

今まで診療所に来る患者は開拓作業時にモンスターに襲われたり、不慮の事故で重傷を負った人達が多かったけれど……


「ダートちゃん、今日も来たぜー!!」


 どういう訳か、ちょっとした擦り傷程度の軽傷でも来る患者が増えた。

初めは首都から、若い女性が助手として派遣されて来た事に物珍しさを覚えて、興味本位で来ていたのだろう。

だが、あの可愛らしい顔に……珍しい髪の色、そして人前に出る時の丁寧な対応の仕方。

それがどうやら、村の若い男達に受けが良かったらしい。


「……彼女なら、今日は非番なのでいませんよ?」


 軽傷が来るのならまだいい、個人的に困っている事と言えば、こうやって診療所に用が無いのに会いに来る人までいる。


「まじかぁ……まじかよぉ」


 彼女と二人で暮らすようになって暫くしてから、仲の良い友人が出来たようで、名前は覚える気が無かったからうろ覚えだけど、服屋の店主とコルクの三人で今日の用に非番の日は、家の中や村でお茶会を楽しんでいる。

最初は、あの賑やかさに少しだけ静かにして欲しいと思ったけれど、慣れるとこれも日常へと変わって行き、今では楽し気に笑うダート達の声を聞くのが楽しみになっていた。


「まぁ、でも……今日は先生に用があって、態々村からここまで来たからいいんだけどさ」

「……ぼくに?ダートにじゃなくて?」

「おぅ、今回は先生に会いに来たんだよ」


 どうやら珍しい事に、今日はぼくに用事があるようだ。

彼女に会いに来た暇人だと思っていたから、一瞬何を言っているのかは分からなかったけど、そう言う事なら適当に相手をせずに話を聞こう。


「それならリビングに通しますので、少しだけ待っていて貰えますか?」

「……え?」

「話があるのでしたら、まずはお茶を淹れますので、ゆっくりしてください」

「あぁ……いや、うん、そういうのはちょっと気まずいからいいよ、それに話は直ぐに終わるからさ」


 とりあえず、村から診療所に来てくれた彼を持て成そうとしたけれど、断られてしまった。

この何とも言えない気まずい雰囲気に、もしかして……変な事を言ってしまったのだろうかと、不安になる。


「そんな気まずそうな顔しないでくれよ……まるで俺が悪いみたいに感じるだろ?」

「……いえ、そんなんじゃ」

「あぁもぅ、これだから先生はやりづらい……とりあえず用件なんだけどさ、次の開拓で森の奥深くまで入るから、護衛としてついて来て欲しいんだよ」


 ……何故ぼくのように、戦いが得意ではない人を誘うのか。

治癒術師は自ら戦場に赴き、負傷者の治療を優先する者が多いけど、ぼくは常に状況が変わり続ける場の雰囲気に、上手く馴染む事が出来なかった。

だから……正直言って、仮について行ったとしても、足手まといになって迷惑を掛けてしまうだけだ。


「……お断りします」


 心苦しいけれど、邪魔になるくらいならはっきりと断った方がいい。


「まじかよ……」


 ぼくが断ると思っていなかったのだろう、驚いたような表情を浮かべて、思い悩むかのように遠くを見る。

辺境開拓村クイストに住む以上、森を切り拓き開拓する事が義務付けられているから、こういう反応をするのもしょうがないとは思う。


「えぇ、ぼくが行きません」

「……まじかぁ」


 けど、ぼくは診療所を経営して、開拓中に起きた事故やモンスターの襲撃によって、負傷した患者を優先して治療する事を条件に、開拓の義務を特別に免除されている。


「先生さ、俺達の義務の放棄するのはダメじゃないか?」


 だから、何も知らない彼が困るのは当然だろう。


「すみませんが……ぼくはその義務が免除されてますので」

「免除ってなんだよそれ!ふざけてんのかよ!」


 あぁ……これはなんだか、面倒な事になった気がする。

先月の出来事といい、今回の事といい……どうしてこうなるのだろうか。


「先生さ……俺達が命がけで護衛してモンスターと戦ったり、開拓の為に戦えなくても、汗水たらして必死に森を切り拓いてるのを知ってるだろ!?」

「それは知ってはいますけど……」

「知ってるなら、何でそんな酷い事を言えんだよ!」

「酷い事をって言われても、ぼくにはぼくの仕事があるので……」


 声を荒げて迫られても、彼等は開拓や護衛が命がけになる事を承知の上で、この村に来た筈だ。

だからぼくに言われても、そもそもな話お門違いとしか言えないし、彼等には悪いけれど、命を掛けてまで危険な事をしようとは思えない。


「……せんせぇ、自分には関係ないって言いたいんだな?」


 ……少しでも下手な事を言うと、更に面倒な事になりそうだ。

どうするべきかと悩んでいるとふと、ダートから言われた言葉を思い出す。


「レースはさ、自分で思っている以上に人とコミュニケーションを取るのが、まぁ……うん、控えめに言って上手く無いから、やばいって少しでも思ったら、下手な事は言わないように気を付けた方がいいぞ?ほら、黙るのも大事な会話だからな」


 あの時は何故だか、とても気まずそうな顔をして言われたけれど、確かにこれ以上は何も言わない方が良さそうだ。

彼女の言うように黙っているのも会話だというのなら、今がその時だろう。


「……だんまりかよ、先生!この事は俺達の隊長に伝えるから覚えてろよ?」

「わかりました、次は是非……患者として来てくださいね?」

「てめぇ、それ何を言ってるのか分かって……くそっ!こんなところもう二度と来ねぇからな!」


 もしかしてマズい事でもしてしまったのだろうか。

怒りで顔を赤く染めて、勢いよく診療所から飛び出していくのを見送ると、彼とすれ違ったのか困惑した表情を浮かべたダートが帰って来る。


「……おめぇ、もしかしてまた何かやらかしたのか?」

「あぁ……えっと」


 これは何て言うか、凄い気まずい……理由はどうであれ、来客を怒らせて帰らせたという事を彼女が知ったらどう思うだろうか。


「怒らないから言ってみろよ」

「先程の人が、勝手に機嫌を損ねて出て行ってしまって……」

「……言い訳するならもっと上手く言えよ、何もしてねえのに機嫌を損ねて帰る訳ねぇだろ」


 とりあえず、こちらが何かをやったのではないかと、初めから疑うのはどうかとは思うけれど、彼女の中ではぼくに対して、そういうイメージがついてしまっているのかもしれない。


「……すみません」


 確かに咄嗟に言い訳みたいなことを言ってしまった事に関しては、こちらが悪いとは分かっているけど、とりあえず……このままだと、いつ患者が尋ねに来るか分からない。


「謝るくらいなら、言い訳をするなって……ったく、とりあえずこのままだと何時人が来るか分からないから、休業の札を扉に下げとけよ?」


 確かに彼女の言う通り、このままだと何時、誰が来るか分からない。

静かに頷くと、言われた通りに扉に札を下げて閉める。


「ふぅ……あのさ、俺は折角の休みなのに、レースを一人にする度にこれじゃ、安心して休めもしねぇじゃねぇかよ……で?何があったんだ?今度は怒らないから、言ってみろよ」

「えぇ……実は──」


 先程あった出来事を、思い出しながら話してみる。

無言で頷いたり、時折相槌を打ちながら聞いてくれているのを見ると、もしかしたら今回は、ぼくの行動に落ち度は無いのかもしれない。


「そりゃあ今回は、レースの事情を知らずに来たそいつも悪いとは思うけど……レース、おめぇは最後の言葉はいらねぇだろ」

「ここは診療所だから、患者として来て欲しいって言うのはおかしくないし、当然だと思うけど……」

「ばっか、頭に血が上ってる奴にそんな事言ったら逆効果だろうが……他にも色々と言いたいところはあるけどさ、そんな一方的に予定を押し付けてくる奴なんか、無視しときゃいいんだよ」


 ……それはそれで、相手に凄い失礼だと思うのは気のせいだろうか。


「まぁでも、やっちまったことはしょうがねぇけどさ……そこまで必死に頼み込んでくるなら、行ってやっても良かったんじゃねぇか?」

「それは……ぼくなんかが行っても、戦うのが得意じゃないから邪魔になるし……」

「例え戦えなくても、治癒術師がいるってだけで安心感は違うと思うけどな、それにだ、レースが行くなら俺もついて行くから、戦いに関しては問題ねぇだろ?」


 確かに、それなら一緒に行くと返事をしても良かったのかもしれない。

Aランク冒険者という、冒険者の中でも高位の実力者である彼女がいるのなら、モンスターと遭遇しても問題はないだろうし、そう思うと何だか少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「ほら、俺はレースの護衛でもあるからな」

「……そういえばそうだったね、最近の忙しさで、すっかり忘れてたよ」

「忘れてたっておめぇ……まぁ、でもしょうがねぇか,ここに来てから助手としての仕事ばかりで護衛らしい事なんて、全然してねぇからなぁ」


 そう言いながら笑う彼女を見て、思わず釣られて笑ってしまう。


「……ん?」


 すると、休業の札が下げられている筈のドアを叩く音がする。

もしかして、直ぐに対処しなければいけない急患が出たのだろうか、それとも……先程の人が、隊長を引き連れて再び護衛の依頼をしに来たのかもしれない。

けど……それなら、こちらの事情なんて気にせずに、怒りに任せて勢いよく扉を開けて来るはず、そう思うと何故だか……規則正しいリズムで叩かれる音に、非日常めいた何かを感じた。

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