「えっとさ、話したい事があるんだけどいいかな」
勇気を出して声を掛けてみたはいいけれど、コルクの事をどうやって彼女に伝えればいいのだろうか。
こんな事ならもっと考えてから声を掛ければ良かったと、一瞬後悔したけれど、多分彼女なら大丈夫だろう。
「……ん?どうした?」
「もう一人連れて行ってもいいって事だから、コルクについて来て貰おうと思うんだけど……どうかな」
「どうかなって……まじか?」
コルクの名前を聞いた瞬間に、こいつ何を言っているんだとでも言いたげな視線を送って来る。
「えぇ、コルクなら大丈夫だと思うので」
「大丈夫っておめぇ……コーちゃ、いやコルクは、レースと同じ免除組だろ?荒事には向いて無いんじゃないか?」
「あぁ……それなら、コルクは元冒険者なので問題無いよ」
元冒険者だという事を伝えると同時に、表情が険しいものへと変わって行く。
もしかして、何か失礼な事をしてしまったのかしれないと、少しだけ不安になるけれど……多分、何もおかしい事はしていない筈。
「なぁ……俺はさ、コルクが冒険者だったという事を知らねぇ、その意味が分かるか?」
「……え?」
「はぁ……分かってねぇみてぇだから言うけど、あいつが自分から言わねぇって事は、周囲に知られたくねぇって事だろ?それなのに、他人のおめぇが無責任に喋ってんじゃねぇよ」
まくし立てるように言いながら、椅子から立ち上がり近づいて来る。
その姿に気圧されて、無意識に後ろに下がってしまう。
「別に無責任に言ったわけじゃなくて……」
「なら言う前に、口止めとかちゃんとそういう根回しをしろよ、伝え方次第で聞く方に伝わる印象がかなり変わるんだからよ」
彼女と一緒に暮らすようになってから、言葉に気を付けるようにと何度も言われているから気を付けてはいるけど、どうにもうまく行かない。
どうすれば相手に正しく伝える事が出来るのか、考えれば考える程分からなくなりそうだ。
「すみません、気を付けます」
「おぅ……そんな顔しなくても大丈夫だって、俺はレースが直そうと頑張ってるのを知ってるからさ」
先程とは違い、優し気な声と共に微笑みを浮かべると、ぼくのおでこを軽く指で小突く。
痛いけど、何故か少しだけ気恥ずかしく感じて……彼女の顔を直接見る事が出来ない。
「おめぇを弄るのはこれくらいにして……そういうことなら、明日になったら行こうぜ?」
「明日?今日じゃダメかな」
「今日っておめぇ……今から行くと村についた頃にはもう夜だぞ?」
「あぁ……それなら、明日にした方がいいかも」
二人と話している間に、結構な時間が経っていたようで窓から外を見ると、だいぶ日が傾いている。
「だろ?ってことでさ、そろそろ飯時だし……今日はどっちが作る?」
「それなら……昨日はぼくが作ったから、今日はお願いしていいかな」
「にしし、うめぇもん作ってやるから待ってろ」
彼女が食事を作ってくれる時は、あんまり手間がかからない簡単な物が出してくれるから、今日みたいに色々とあって疲れている時は助かる。
しかも……味付けが大雑把だったりする事も無くて、美味しいのは素直に凄いと思う。
「ところでさ、何か食いたいものってあるか?」
「……特に思いつくのが無いから任せるよ」
「あぁ……それなら、適当に作るけど、出来てから文句言うなよ?」
鼻歌を歌いながらキッチンへと向かう彼女を見送ると、ゆっくりと料理が出来上がるのを待つ事にした。
「この匂いは……」
すると暫くして、リビングへと香ばしい匂いが漂って来た。
香りてきに最近良く作ってくれる、故郷の家庭料理一つだと思うけど……細かい工程を挟むことなく、手早く、そして美味しく作る為の工夫がされているのに、先人たちが積み重ねて来た努力を感じて、素直に尊敬する。
「にしし、今日のはいつも以上に美味そうだぞぉ!さぁっすが俺!」
そんな事を考えていると、キッチンから満面の笑みを浮かべた彼女が、料理を持って出て来ると、テーブルの上に置き始める。
「……いただきます」
ダートが椅子に座るのを見てから、二人で手を合わせて彼女の故郷に伝わる風習に合わせた祈りを捧げる。
初めは無理に合わせないで良いと、怒りながら言われたけど……その割には、どこか嬉しそうな表情をしていた。
「おぅ!召し上がれってんだ!」
口に入れた瞬間に広がる、食べ応えのある食感が……疲れた身体を癒して、食欲を満たしてくれる。
「どうだ?今日のは特別に美味いだろ!」
「……えぇ」
彼女が言うには食材にさっと一手間加えるだけで、美味しくなるらしいけど……それだけで高級な料理を食べている気分になれるのなら、作り方を教えて貰うのもありかもしれない。
食べながらそんな考えに集中していると、いつの間にか全て食べてしまったみたいで、お皿へと伸びた指が儚く宙を撫でる。
「……あ」
「ふふ、んな寂しそうな顔してんじゃねぇよ……ったく、俺のを少しだけ分けてやっから」
「いや、それだと君が……」
「気にすんなって、いやぁ……それにしてもほんとにレースって、これが好きだよなぁ」
分けてくれるのは嬉しいけれど、本当に良いのだろうか。
気持ちは嬉しいけど、彼女の食べる分が減ってしまうから申し訳ない気持ちになる。
「特にさ、今日みたいに落ち込んでたり疲れてそうだなって、時に作ってやると直ぐ元気になるからわかりやすいわ」
「……ありがとう」
「いいって、いいって!俺がやりたいって思ってやってんだから、好意は素直に受け取っておけよ?」
けど、嬉しそうに笑う彼女を見ると、先程の気持ちを忘れて食べ始めてしまう辺り、もしかしたらぼくは単純なのかもしれない。
「……ごちそうさま、それなら明日はお礼変わりにもっと美味しいご飯を作らないとね」
「おぅ、期待してるぜ?」
ぼくを見ながら笑顔を浮かべてくれる彼女に、少しだけ照れ臭さを覚えながら食器をまとめてキッチンへと持っていく。
これに関しては二人で話し合い、料理をして貰ったら食べた方が片す事にしたけど、これに関しては一緒に暮らす以上、家の事はお互いの負担にならない範囲で助け合うべきだと思うから、当然の事だろう。
「んじゃ、俺は自分の部屋でゆっくりしてるから、何かあったら呼べよ?」
洗った食器を片していると、リビングから彼女の声と共に扉が開く音がする。
彼女はいつも、夕飯を食べ終わると一人の時間が欲しいからと、直ぐに部屋に戻ってしまうけど……いったい何をしているのだろうか。
以前、気になって聞いた時は、一緒に暮らしてんだからプライバシーを守れと怒られてしまったけど、気になる物は気になってしまうのだからしょうがない。
「まぁ……でも、そのうち教えてくれたらいいかな」
そんな事を一人で呟きながらリビングへと戻ると、椅子に腰かけてテーブルにうつ伏せになる。
「……あぁ、今日は本当に疲れた」
急な来客と共に、開拓に同行しろと言われて断ったらトラブルになったり、栄花から偉い人達?が来たと思ったら、あの出来事だ。
たった一日で、面倒な事が連続で起きたら疲れるのも当然だとは思うけど、明日は少しでも早くコルクのところに行きたいから、少しだけ休憩したら朝食を今のうちに作ってしまおうか。
「……たしか、この前服屋の店主さんが家に来た時に、教えて貰ったのがあるからそれでいいかな」
小さく息を吐いて立ち上がりキッチンへと再び向かうと、作り方を思い出しながら調理を進めていく。
「……作っておけば、忙しい時でも直ぐに食べられるって言ってたっけ」
サンドイッチという名前らしいけれど、確かにこれなら移動しながら朝食を取れそうだ。
多少、手間はかかるけれど後の時間を減らす為なら、これくらいは別にいい。
「……よし、そろそろお風呂に入ってねようかな」
作り終えた料理を魔導具の中へとしまうと、眠気が重くなってきた眼を軽く押さえながらリビングを出る。
「……入浴中か」
けど、脱衣所の扉に入浴中の札が入っているのが見えて、余りの間の悪さに疲労感も相まって、身体が更に重くなった気がする。
「ダートはお風呂に入ると、凄い長いからなぁ……諦めて寝よう」
誰に八つ当たりをする訳でも無く、一人でそう呟くと自室のベッドにそのまま横になるのだった。