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第5話 彼にとって久しぶりの村 ダート視点


 リビングになったのに、レースがリビングに来ない。

今日はコーちゃんに会いに行くって話を昨日したはずなのに、寝過ごすだなんて……


「冷蔵庫の中にサンドイッチが入ってるから、朝食を作ってから寝たんだろうけど……」


 作ってくれるのは嬉しいけど、このままだと日が一番高いところまで昇ってしまいそうだ。


「あぁもう、しょうがねぇ……起こしに行ってやるかぁ」


 それにしても……サンドイッチの具が、俺の好きなものばかりで気分が高揚する。

考えすぎかもしれないけど、レースが好きな物を作ってあげたから、彼なりにお礼のつもりで気を使ってくれたのかもしれない。


「だからって、俺に起こされないと朝起きれないなんて、世話の焼ける奴だな」


 そう呟きながら、レースの部屋の前に立つとドアを叩いてみるけど……何時まで経っても出て来る気配がない。


「おーい!起きろー!」


 ドア越しに声を掛けてみても反応がない以上、部屋に入るしかないな。


「ったく、レース!さっさと起きろ、今何時だと思ってんだ!」

「……入るならノックはしてくれないかな」

「起きてるじゃねぇか……って、何度もノックはしたし、声もかけたぞ?」

「……え?」


 勢いよくドアを開けて中に入るとそこには……小難しい本を読みながら、治癒術の研究をしているようで、見慣れない術式が書きなぐられた紙が、そこら中に散らばっていた。


「……何やってんだ?」

「何って……早い時間に起きちゃったから、コルクのところに行く時間になるまで、治癒術の研究でもしてようかなって」

「いや、それは別にいいんだけど、今は何時だって言ってんだよ」

「何時って、まだそんなに時間が経ってないと思うんだけど?」


 早く起きたからって、ずっと治癒術の研究をしてたのかよ。

いや……別にするのは構わねぇけど、それで時間を忘れて没頭するのはダメだし、そもそも次の日に大事な予定がある時は、研究に手を出すなって何度も言ってるだろうが。


「……あのさ、俺が寝てると思って呼びに来た時点で、何か察する部分があったりするとは思うんだけど?」

「察するって……あっ!ごめん、直ぐに行こう!」


 跳び上がるように椅子から立ち上がると、急いでリビングへと向かって走って行く。


「……ったく、しょうがねぇ奴だな」


 そう呟きながら彼を追うと、二人で家を出てサンドイッチを食べながら村に向かう。

道中で、さっきまで研究していた治癒術について説明をされたけど、俺が聞いても何か全然分からないから適当に相槌を打っておいた。

多分……誰でもいいから、頭の中で考えている事を話して整理したかったんだと思うから、多分これでいい筈だ。


「えっと……とりあえず村についたのは良いけど、暫く見ないうちになんか雰囲気が大分変わってない?」

「そりゃあ、一緒に暮らす様になってから、必要な物は俺に頼んでずっと家と森にを往復する生活してるからじゃねぇか?」

「あぁ……まぁ、それもそっか」


 それもそっかって、何か興味が無さげだ。。

開拓が進むことで、徐々に人が住める地域が広がって行ったおかげで、移住者が増えたり、定期的に領主やその関係者のお偉いさん方が来るようになって、簡易的な宿も出来た。


「……なぁ、今から余所行きの口調に変えるから、あんまり気にするんじゃねぇぞ?」

「それくらい、働いてる時にいつも見てるから……別に気にしないよ」

「まぁ、それな良いんだけどさ」


 レースに気付かれないように歩きながらゆっくりと暗示の魔術を解いていく。

助手という立場のおかげで、違和感を感じさせることなく、定期的に本来の自分に戻れるのは素直に嬉しい。

今までは、術をかけ続ける事が多かったから、精神的にも苦しい事ばかりだったけど、彼の側では無理をしなくてもいいのが……何て言うか凄く嬉しくて、出来る事なら、無理だと分かっていてもこの生活をずっと続けていたいって思ってしまう。


「ふふ、じゃあ早くコーちゃんのところに行こ?」

「コーちゃん?あぁ、うん……そうだね、その方が早く用事も終わるか」


 どうして友達に会いに行くのに、直ぐに帰らなくちゃいけないの?勿論、用事を優先しなくちゃいけないのは分かってるけど、ただ会いに行って用件を伝えるだけだったら、彼に任せてしまえばいい。

だけど……こう、レースにはもっと人間関係を大事にして欲しいって思ってしまうのは、私の気にし過ぎだろうか。


「……どうかした?」

 「ん、何でもない」


 彼と暮らしているうちに分かったけれど、彼は生真面目なところがあるけれど、同じくらいにめんどくさがり屋さんだ。

治癒術師としての仕事はしっかりと完璧にこなすのに、自分の事となったら本当にだらしが無くて、つい面倒を見てしまう。

何て言うか……そういう所がお父様に少しだけ似ていて、ほっとけないって言うのも理由だけど、何だか最近無意識に彼の事を目で追ってしまっているような気がする。


「ねぇ、レース?」

「……ん?」

「コーちゃんのところまで、一緒に走ろっか」

「走ろうって、なん……えっ!?」


 彼の手を握って、コーちゃんの雑貨屋へと向かって走り出す。

驚いたような声を出しながらも、一緒に走ってくれるのを見て何だか微笑ましい気持ちになりながらも、頭の中では行く度に様々な商品が増えて行く店内が思い浮かんで行く。

あれはどういう経緯で作られた物なのだろうか、この道具はどうやって使う物なのか、そんな他愛も無い話をコーちゃんとするのが楽しくて、気付いたら常連さんになってしまった。

今日は、何が増えているのか……凄い楽しみだ。


「もう……日頃ちゃんと運動しないからそうなるんだよ?」

「すみま……せ……」


 そうして雑貨屋に着いたのだけれど、両手を膝の上に置いて息を切らしている彼を見て心配になる。

もしかしたら家にいる事が増えたせいで、体力が落ちて身体が弱っているのかもしれない。

このままだと健康的な面でも、あんまり良くないと思うから……これからは村に行く時は、多少強引にでも連れ出した方がいいかも、ほら……そうすれば、多分苦手な人付き合いも少しは改善されるかもだし、何よりレースもコーちゃんと友達なんだから、定期的に会う機会を作ってあげたいもの。


「えぇ……なんなん?うちの店の前で、不審者がぜぇぜぇと息を切らしとって……って、ダーとレースじゃん、こんな早くからどしたん?」

「あ、コーちゃんおはよう……あのね?レースが、コーちゃんと大事な話をしたいって言うから、連れて来たの」

「おはよーさんっと……で?大事な話ねぇ、けどその前にちょっとええかな」


 雑貨屋から出て来たコーちゃんが、珍しいものを見るような顔でレースへと近付いて行くと、屈んで彼に目線を合わせて呆れたような顔で笑う。


「ふふ、あんたなぁに……そんな情けない顔してさ、大の男が恥ずかしくないんか?」

「そんな、こと……言われて、も」

「ほんっと、世話の焼けるやっちゃねぇ……ったくしゃーない、お茶でも出してあげるから、ダーはレースと一緒に奥の部屋で待っててな?」

「えっと……コーちゃん、気を使わせちゃってごめんね?」

「いいっていいって、気にしないでえぇんよー、とりあえず早く座らせて休ませてあげなー」


 コーちゃんの言葉に甘えて、奥の居住スペースへと入ると椅子にレースを座らせる。

とりあえず話し合いが始まったら、私がいると邪魔になるだろうし雑貨屋の中を見て回って、何か面白い物が無いか探そうかな。

彼の隣に座りながら、今日は何が入って来ているかと期待に胸を膨らませ、ゆっくりを深呼吸を繰り返している彼を他所に、うきうきした気持ちを抑えられずに身体を左右にと揺らしていると、人数分のお茶とお菓子を持ったコーちゃんが笑顔で歩いて来るのが見えた。

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