お茶とお茶菓子をテーブルの上に置いて、満面の笑みを浮かべたコーちゃんが正面に座ると、ネイビーの瞳で私達を見つめる。
コーちゃんがまじめな顔をしている時は、何か悪戯を考えている時で、この一ヵ月の間、何度も弄られて来た。
「……で?大事な話ってなんなの?あ、まって言わんでいいよ?当ててみせるから」
「当てるってコーちゃん、何を考えてるの?」
「何って別に?あぁでも……そっか、二人でここに大事な話をしに来たって事は、そうだよね?察しが悪くてごめんな?、あんたらの仲人になって欲しくて来たんやろ?」
「……ブフォッ!」
隣で静かにお茶を飲んでいたレースが勢いよくお茶を吹きだす。
コーちゃんの事だから、何か変な事を言うんだろうなぁって身構えてたおかげで、驚くことは無かったけど、仲人って……つまり、私と彼が夫婦になるって事だよね。
まだ知り合って一月しか経っていないのに、それはちょっと急すぎると思う。
「なんやもう、汚いなぁ……ほら、二人って一緒に暮らし始めて、結構経ったやん?だから何かしらの進展でもあったんかなぁって、で?ダー、そこんとこどうなの?」
「……もう、コーちゃん?今日は遊びに来たわけじゃないから、そういう悪戯は止めて?」
「んーそうなん?もう、それなら早く言ってよー」
椅子から立ち上がると布巾を手に取って、汚れたテーブルを拭きながら困ったようにコーちゃんが笑みを浮かべる。
「じゃあちょっと待ってて?臨時休業って事で、お店閉めて来ちゃうから」
「うん、仕事中なのにごめんね?」
「ええんよ、かわいいダーのお願いだからね」
少しだけコーちゃんの仕事を邪魔してしまった事に、申し訳ない気持ちになりながら、部屋を出て行く姿を見送る。
そして暫く二人で待っていると、仕事用の服から私服へと着替えて戻って来て……
「で?レース、これから二人でデートなんやろ?何処に行くん?」
「……コーちゃん?」
「あぁ、もう冗談だって、そんな怖い顔されると困るって言うか、レース、あんたも疲れたような顔してんじゃないよ?暗い顔ばっかしてると、幸せが逃げちゃうからからね?」
「ふざけた事ばかり言われると、疲れると思うけど?」
「……いやぁ、ほんとごめんって」
最初は今みたいにコーちゃんに意地悪をされた後に、色々とレースとの関係を根掘り葉掘りと弄られて取り乱してしまったせいで、暗示が解けてしまって魔術で人格を変えている事がバレてしまった。
その時は、どうすればいいのか分からなくて怖かったけど、そんな私を受け入れてくれたし、レースには言わずないで内緒にしてくれているから、ちょっとふざけ過ぎているような気はするけど、根は凄い真面目で優しい人なんだと思う。
「それで……ふざけるのはこれくらいにして、話をしてもいいかな」
「……とりあえず、先に釘を刺しとくけどつまらない話だったらしばくぞ?こちとら、今日の稼ぎを捨ててまで話聞くんだからさ」
髪を手でかき上げると、鋭い眼つきでレースを睨みつける。
その威圧感に恐怖を感じて、不安から身体が震えあがってしまう。
「実はさ……一週間後、開拓に同行する事になってさ」
「うんうん、それで?」
「だからさ、元Bランク冒険者で、幻鏡の刃ミント・コルト・クラウズにもついて来て欲しいんだけど……いいかな」
「あんたさ……うちは、つまらない話をしたら、しばくって言うたよな?それに、ダーの前で秘密を口にしたな?」
目の前にいるコーちゃんの気配が、そこにいるのにまるで、いないかのように感じるかのように、薄れて幻のように消えていく。
「……コーちゃん?」
何だか嫌な予感がして、咄嗟にレースの周りの空間を切り取って真空の壁を作った瞬間。
「……ダー、あんた良い反応するんやねぇ、こんのバカの助手をさせてんのが勿体ないわ」
椅子に座ったまま動いてない筈なのに、唐突にレースの前にコーちゃんの姿が表れると、手には漆黒のナイフが握られており、真空の壁に音もなく突き立てられていた。
「そりゃそうさ、助手って事にして側にいて貰っているけど、彼女はAランク冒険者だからね」
粘性のある液体に濡れた刃から落ちた雫が、床に落ちて嫌な刺激臭と共に焦げ跡を付けるのを見て、何らかの毒が仕込まれているのかもしれない。
そう思って警戒を強めるけれど……レースはこんな状況で、何を呑気に私の紹介をしているのだろうか。
「へぇ、Aランクで魔術師ってなると、【死人使い】ルードか、【闇天の刃】ミュカレーに【幻死の瞳】グロウフェレスくらいしか、うちは知らんけど……あぁでも、この前……お客さんが短期間でAランクまで上り詰めた子がいるって聞いたなぁ、なんだっけ?【泥霧の魔術師】やったっけ?」
「……彼女がその冒険者だよ」
コーちゃんが、氷のように冷え切った眼で睨みつけて来る。
暗示の魔術を掛けている時なら、睨み返したりとか出来たけど、今の私には無理だ。
だって……少しでも変な事をしたら、その手に持っているナイフで私の胸を刺してくるかもしれないと思うと……不安からと恐怖で身体が震えてしまう。
「へぇ……そうは見えないけど、この子の事情を考えると訳有なんだろうね」
「……事情?」
昨日まで仲良くしてくれていた人から、明確な殺意を向けられているという現実を受け入れる事が出来なくて、これはもしかしたら夢で、私はまだベッドで横になっているんじゃないかという感覚に襲われる。
「女同士の秘密って奴だから、ダーが話すまで聞くんじゃないよ?ただでさえあんたは、人の地雷を踏むのが得意なんだからさ」
なら、この二人が話しているのも夢?もしそうなら、早く起きないと…
「ったく、分かったんならそこで震えてる、ダーの様子でも見てやりな」
二人が私を見て何か言っているけれど、言葉の意味を理解できない。
それに何だか、徐々に呼吸が苦しくなってきて、視界が揺らいで気持ちが悪くなって来た。
「……ダート?大丈夫!?」
彼が焦ったような顔をして私に声を掛けてくれる。
なんだか安心してしまって、少しずつ意識が遠くなり……瞼が徐々に重くなっていく。
たぶん、夢から冷める時間が迫って来たのだろう、起きたらきっと……いつも通り仲の良い二人がいる。
そう思いながら、深い眠りへと落ちるのだった。