意識を失ったダートをまずは休ませる為に、コルクの寝室を借りて寝かせる。
「……どうして急に過呼吸を?」
普段はあんなに気の強い彼女が、いきなり過呼吸を起こして意識を失うなんて……ぼくの知っているダートなら、あの状況ならコルクに反撃をして返り討ちにすると思っていた。
けど、想像と現実は違って……あまりに差が大きすぎるせいで、困惑してしまう。
「……とりあえず、様子を見る限りだと、特に問題は無さそうだけど」
もしかしたら、ぼくが勝手なイメージを相手に押し付けすぎていたせいで、ちょっとした変化に気付けなくなっていたのかもしれない。
「……なぁレース?いつまでベッドに寝かせたダーを見つめてるつもりなん?」
「……え?」
「特に問題が無いなら早く戻るよ、じゃないとダーがゆっくり休めないからね」
声がした方に振り向くと、呆れたような表情を浮かべながらコルクが睨みつけて来る。
「……もしかしてだけど、意識の無いダーに変な事しようとか思ってたん?まったく、やましい男だね」
ダートの事を見つめていたのは確かにそうだけど、別にやましい気持ちがあるわけではない。
どうして彼女の変化に気付く事が出来なかったのかと、あぁでもないこうでもないと自分なりに考えて、自問自答を繰り返していただけだ。
「……ならいいけど、とりあえずうちは先に戻るけど……人の家でやらしい事するんじゃないよ?」
「やらしいことって……」
そんな事する訳が無いし、彼女とは親密な関係になる気も無い。
ダートは護衛で、ぼくは守られる側の人間だ、そんなぼく達がそのような関係に進展する事はないと思う。
「思春期のガキが、やらしい事って言われて何を考えたんだろうねぇ」
けど、何だか彼女を顔を見ていると少しだけ気まずい気持ちになって早足でコルクを追いかけると、笑みを浮かべながら振り向きざまに口を開く。
「何をって、そんな事を言われたら、気まずい気持ちになるのは仕方がないと思うけど?」
「気まずい……?へぇ、つぅまぁりぃ?レースはダーの事をそういう風に見てるってわけだね?いやぁ、出会ったばかりの女の子に下心を持っちゃうなんて、あんたも男だねぇ」
あぁ……これは、何を言ってももう、弄られてめんどくさくなる流れだ。
気まずい場の雰囲気を変える為に、突然ふざけ始めて自分のペースへと引き込むのは別に良いと思うけど、それとは別に人を困らせたりして喜ぶ悪癖があるのは、長い付き合いだから知ってるけど……時と場合だけは考えて欲しい。
「ほら、もうあんたとやり合う気は無いからさ、座りなよ」
「なら……喋り過ぎて喉が渇いたから、またお茶を貰っていいかな」
「あんたねぇ……良くまぁ、こんな状況でそんな事言えるね」
「だってさ、さっきまで険悪な雰囲気を変えたいんでしょ?それなら、こうやって、流れを一からやり直してゆっくり話した方がいいんじゃないかな」
「あぁ言えばこういうのは、良くないと思うけど?……ったく、直ぐ淹れて来てあげるから待ってな!」
世話の焼ける弟を見るような顔をしながら出て行くコルクを他所に、色々と考えて見る。
あぁ言えばこういうのは良くないとは言われたけれど、言葉の伝え方を間違えてしまったのだろうか。
一応、ダートから自分の気持ちや考えている事をしっかりと伝えるように、色々と練習してみろって言われたから試してみたんだけど、もしかしたら失敗してしまったのかもしれない。
「……こういう時は、何て言えば良かったのかな」
つい思っている事が口に出てしまったけど、考えれば考える程、人と接する事が凄い難しい事に感じてしまう。
どうすればいいのかと悩んでいると、コルトがお茶を持って戻って来て……
「ほら、これでいい?」
「うん、ありがとうコルク」
「はいはい……で?とりあえずうちから聞きたい事があるんけど、Aランク冒険者が何であんたのとこで、助手をしてるのか……後、元冒険者のうちを連れて行きたい理由ってなんなん?」
「それは──」
ダートと仲の良いコルクになら、ぼく達の関係を話しても良いだろう。
そう思って事の経緯を説明すると、徐々に困惑した表情へと変わって行き……
「それで、どうしてうちに声を掛けようってなったんよ」
「それは──」
「言わないでも、どうせ……枠が空いてるから、身近な知り合いに頼ろうって事やろ?ったく、それならまずはあんたが先にうちのとこに来て事情を話してから、ダーを呼ぶって手段もあったろうに」
「あぁ……」
確かにコルクの言うように、最初からそうしていればコルクが攻撃してくるような事も無かったと思うし、ダートが倒れるような事も無かった。
「とりあえず話は分かったけど、うちらの事よりもダーの抱えてる問題の方がヤバくない?異世界から来たって正直……信じられへんとこあるけど、あのばけもんが嘘を吐くとは思えんから、本当なんだろうねぇ」
「ばけもんって……まぁ、師匠が態々手紙に書いて寄越した以上、本当の事だと思うよ……それに、マスカレイドも関わってるみたいだしさ」
マスカレイド……ぼくが幼い頃に、お世話になった人の一人で魔術と科学を掛け合わせる事で、魔科学と言おう新たな技術を生み出した偉人の一人だ。
「……二人の研究に巻き込まれてダーが、この世界に来ることになったんやろ?」
「まぁ、うん……そうだね」
マスカレイドの生み出した魔導具達は、ぼくも使っているけれど便利な物ばかりで……現に彼の優れた技術のおかげで、生活が豊かになった人も沢山いる。
ただ……それはあくまで表の顔で、実際は目的の為ならいかなる犠牲もいとわない強靭だ。
「そうだねってあんた、面倒見ろって言う無茶ぶりされて良く落ち着いてられんね」
「まぁほら、振り回されるのはいつもの事だからさ」
「……あんたねぇ、何の為にうちと一緒にこんな辺境まで逃げてきたのか忘れたん?」
「……忘れてないよ」
忘れようたって忘れられるわけがない。
禁忌を侵したのも理由の一つではあるけれど、師匠の元から離れて一人の大人として自立したいという気持ちもあった。
けど……実際には、手紙越し言う事を聞いてしまっている。
「まぁでも、今回ばかりはしゃーないわ、うちだってこんなにかわいい子が送られて来て、一緒に暮らせって言われたら……面倒見てしまうもんねぇ」
「……かわいいって、まぁ確かにそうだけどさ」
「でっしょお?……でさ、レースの旦那ぁ、昨日はどうだった?お楽しみでしたぁ?」
「えっと、コルク?」
「昨日さぁ……ダーに言ったんよ、今よりも仲良くなりたいって気持ちがあるなら、入浴中の札を下げないでお風呂に入って浴室パニック!ドキッ!裸の付き合い吊り橋効果で、二人の仲がより親密にって」
昨日は札がかかっていたから、コルクの望むような結果にはならなかったけど、ダートに何て事を吹き込んでいるのか。
「……ふざけるのは構わないけど、話が進まないから止めない?」
「しゃーないやん、真面目な雰囲気がうちは苦手やってん、だからダメって言われたら泣くよ?すぐ泣くよ?目薬を持ってるから、泣けるよ?」
「……言葉遣いもさ、そうやって態とおかしくしてからかってくるしさ、付き合いが長いから、コルクが真面目なのが苦手なのは分かってるし、ふざけるなら後で好きなだけふざけて貰って構わないけど、今は我慢してくれないかな」
「……しゃーないなぁ、そこまで言われたらこのコルクちゃん、レース君のお願いを特別に聞いてあげよう!」
ちゃんと話せばわかってくれるのはいいけれど、それまでにかかった時間を考えると少しだけ複雑な気持ちになる。
けど……これでやっとまともに会話が出来そうだ。
「とりあえずなんだけど、まずはダーの事で伝えたい事があるんだけどええかな」
「……それってぼくが聞いても良い事?」
「まぁ、女同志の秘密ではあるんだけど……これからも一緒に暮らすなら知っといた方がええんちゃう?勿論、ダーにはうちから聞いたって事は秘密な?」
「そう言う事なら……?」
「取り合えずなんだけど、あんたが何時も見てるダーは【暗示の魔術】で人格を一時的に別の物に上書きしたもので……本来は、あのか弱い女の子なんよ?」
ちょっと……何を言っているのか良く分からない。
この一ヵ月、側で見て来た彼女が魔術で上書きされたものだった?知っておいた方がいいとは言われはしたけれど、急にそんな事を言われても……この現実を直ぐには受け止められそうにない。
「……魔術で人格を?」
「だからそうやって言うたやん?」
「そっか、コルク……教えてくれてありがとう」
けど、ダートがぼくには言わずに隠しているという事は、相応の理由があるのかもしれない。
「あんたの事だからどうせ、これからも一緒に暮らして行くのだから、もっと彼女の事を理解しようとか思ってるんちゃうの?」
「まぁ……そうだね、その通りだよ」
「だろうねぇ、なら色々とうちの知ってるダーの事を全部教えてあげるから、覚悟して聞きなよ?」
本当は人伝に聞くよりも、本人の口から直接聞いた方がいいって言うのは分かっている。
けど、何も知らないでいるよりは少しでも彼女の事を理解して、先程のような事を繰り返さないようにしたい。
だから今は、コルクが教えてくれることをしっかりと忘れないように、聞こうと気を引き締めるのだった。