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第10話 新術の開発

 村に行ってから、気付いたら三日の月日が経過していた。

あの後は、家に帰ったら疲労が限界で凝った料理を作る事が出来なかったけど


『レースが今まで作ってくれた料理の中で、一番美味しいかも』


 という評価を言われて、それなら普段作ってるのは不味かったのかもしれない。

何となくそんな気持ちになってしまったけれど、それが顔に出てしまっていたのか。


「もちろん、いつも美味しいけど、今日のは特別美味しいって事だから大丈夫だよ?」


 と気を使われてしまい、少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「……もう朝か」


 家から出ない生活をしていると、あっという間に時間が流れて日が暮れたと思ったら直ぐに朝が来る。

そのせいか、作業に集中しているとつい徹夜をしてしまうのは、良くないとは分かっていても、しょうがないのかもしれない。


「少しでも寝ておかないと、ダートが心配するだろうな」


 とはいえ、最近は新しい術を開発する事に意識を割き過ぎたせいで、診療所に来た患者と何を話したのか、しまいにはダートとどんな会話をして二人で、何を食べたのかすら曖昧になっている。

以前も同じ事があって、初めは心配されてしまったけれど、彼女曰く……今はもう慣れたらしい。


「慣れたとは言っても、やり過ぎは良くないよなぁ」


 人に言われるまでは自覚が無かったけれど、どうやらぼくは物事に集中し過ぎると極端に口数が減るらしい。

他は、普段と変わらないらしいけれど、こうやって何かに集中していたい時に、周りの事をやってくれる彼女に対して、ありがたみを感じる。

そう思うと今度時間がある時に、ダートが欲しい物を買ってあげたりして、日頃の感謝を伝えた方がいいのかもしれない。


「彼女の欲しい物か……」


 色々と考えては見るけれど、特に思い浮かぶような物が無い。

こういう時、もっと彼女と話し合う時間があれば、相手の好みを知る事が出来たりするのだろうけれど、最近は自分の事を優先し過ぎて、それすらしてなかった。

一応……ダートからは、定期的に村に行こうと声を掛けて貰ってはいるけれど、これに関しては、誘われても外に出ようとしない自分の行いが招いた結果で、まさに自業自得としか言えない。


「……けど、ぼくも戦えるようになった方がいいと思うし」


 ダートが冒険者である以上、暗示の魔術を使うのを止める事は、今のぼくには出来ない……だから、少しでも彼女の負担を減らす事は出来ないかと、新術の開発を始めたわけだけど、未だに自分の身体で試す事が出来ていない。

理論上は、体内の血流を操作する事で一時的に身体能力を向上させる事が出来る筈なんだけど、このまま使うと心臓への負担が大きすぎる為、もっと改良を加える必要がある。


「とはいえ、改良も何も……この前試した結果があれだからなぁ」


 先日、薬草採取のついでにたまたま、人型のモンスターがいたから新術の実験の為に使わせて貰ったけれど、結果は悲惨な物だった。

確かに、身体能力の向上が確認出来たけれど、暫くして身体が耐え切れなくなったのか、胸を抑えながら苦しみはじめ、暫くしたらその場に倒れて死んでしまった。


「あぁ、でも、もしかしたら……相手の動きを狂わせて、行動を阻害とかなら出来るかも?」

「出来るかもって、どうしたの?」

「ん、あぁ……ほら、ここの術式なんだけど──」

「術式って、レース……もしかしてまた寝てないの?」


 隣から聞こえて来た声に、無意識に反応してしまっていたけれど、ふと……顔を向けたらそこにダートがいて、思わず身体が跳ね上がる。

一応ノックをして、反応が無かったら安否確認のために、入ってもいいとは言ったけれど、何度経験しても気が付いたら側に人がいるというのは、どうには心臓に悪い。


「その反応……まったく、昨日も寝てないのに何やってるの?」


 二人きりでいる時は、暗示の魔術を使わないように話してから、家にいる時は極力自然体でいるようにしてくれてはいるみたいだけど、どうにも……初対面の時と印象が余りに違い過ぎるせいで、少しだけ違和感を感じてしまう。

まぁ……これに関しては、暫くしたらなれるだろうけれど、たまにあの荒い口調が恋しくなる時がある。


「えっと、さっきも言ったけど、ここなんだけど……」


 そう言葉にしながら、先日の実験内容も含めて詳しく説明していく。

最初は興味深そうに聞いてくれていたけれど、途中で何故か呆れたような表情を浮かべて……


「どうして……相手の心臓を破壊するような危険な術を作ってるの?」

「そんな危険な術じゃなくて、身体能力を上げる事で直ぐに患者の側に行けるようにしたかっただけで……」

「……色々と考えてるんだね」


 本当は、彼女の変わりに少しでも戦えるようになりたいと伝えたいけど、直接伝える勇気が今のぼくにはない。


「発想は面白いけど、身体能力を上げるだけなら……他の方法でも出来るし、それにいくら早く動けるようになっても、自分がついて来れなかったら危ないと思うよ?」

「……じゃあ、どうしたらいいと思う?」

「んー、ちょっと待って?」


 そう言いながら、一枚の紙を手に取ると簡単な絵を描いてくれる。


「えっと、例えばこれがモンスターの攻撃をかわしているところだとするでしょ?本来なら避けれる筈でも、これがいきなり速くなったり、遅くなったりしたらどうなると思う?」

「どうなるって、避けられないんじゃないかな」

「本来ならそうね、けど……相手が過酷な生存競争を生き抜いて来た個体ってなったら、最初は有利な状況を作れても、徐々にその状況に慣れて私達が不利になるんじゃないかな」

「……確かに」


 実際にモンスターとの戦闘経験がある彼女の言葉を聞いていると、納得できる部分が多い。

こう言う事なら徹夜をしてまで、あぁでも無い、こうでもないと悩む前に、次からはダートに相談しよう。


「でね?じゃあどうすればいいんだって、話になると思うんだけど、治癒術師の人達って観察眼に優れている人が多いから、そこを活かしてみたらどうかな」

「……つまり?」

「相手に近づいて接触さえできれば、治癒術を使って相手の身体を診る事が出来るでしょ?それで相手の弱点を見つけて教えてくれれば助かるかな」


 確かに、それが出来れば苦労しないけれど……そもそも、どうやって相手に近づけばいいのか。


「難しい顔をしてるけど……ほら、私はあなたの護衛で、レースは私に守られる側なんだから、そこは役割分担って事でどうかな」

「つまり、ダートに守って貰いながら相手に触れるって事でいいのかな」

「うん、そうすれば安全に相手に触れる事が出来るでしょ?」

「なるほど……」


 君に無理をさせたくないから、こうやって新術の開発をしていたのに……結局のところ、私が守るから大丈夫だって言われたら、今までの行動に意味が無いように感じてしまう。

そう思ったら、どっと身体が重くなって……耐え難い眠気に襲われる、どうやら張りつめていた精神の意図が切れて、疲労が押し寄せて来たのかもしれない。


「んー、でもこの新術って術式を見ると、結構……色んな応用が出来そうかも、例えばなんだけど、腕の動きだけを早くするとか出来れば、四足歩行のモンスターだったら、走る際のリズムを崩して転倒させる事が出来たりしそうで、ちょっと面白そう」

「……うん」

「だよね?けど、相手に触れる事が出来ないと使えないのを考えると、私の空間魔術と合わせれば……って、レース?眠いならちゃんとベッドで寝ないとダメだろ」

「あぁ、うん……そうする」


 何か、凄い面白そうなことを言っていたような気がするけれど、身体がだるくてあまたに入って来ない。

まぁ、目を覚ました際に覚えていたら、直接聞けばいいかな……。

そう思いながらベッドに横になって眼を閉じると、ふと……さっきの言葉がどことなく、暗示の魔術を掛けている時の口調に近いものになっていたような気がした。

あぁ……やっぱり、長く使い続けているせいで、本来の人格にも影響を及ぼしているのかもしれない。


「……おやすみ、ゆっくり休んでね?」


 どうやら彼女はこの事に気付いてないようだから、早めに何とかしてあげた方がいいだろう。

そう思いながら、意識が深い眠りへと落ちて行くのだった。

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