彼女が目を覚ますまでの間、コルクの部屋を見させてもらおうと思って、周囲を見渡してみるけれど、特にこれと言って気になるような物はない。
何というべきか、ただ……寝るだけの部屋という感じで、少しだけ物寂しさを覚える。
「ほんと、いつも思うけどコルクはここに来てから、どんな生活をしているのか……」
雑貨屋の店主をしていますと言われたら、それで話は終わりだけれど……コルクのプライベートに関して、知らない事が余りにも多すぎる。
そんな事を思いながら、部屋に用意された椅子に座りダートの様子を見る為に顔を覗き込むと、薄目を開けながら安らかな寝息を立てている彼女と眼があった。
「……えっと」
お互い何か言葉にする事も無く、無言で見つめ合っているうちに気まずくなったのか。
あたかも、私は今起きたばかりですよ?とでも言わんばかりに、眼を大きく見開きながら身体を起こす。
「……女の子の部屋を物色するのは良くないよ?レースも自分の部屋を無断で漁られたら嫌でしょ?」
「そうだね、それはごめん……けど、何時から起きてたの?」
「いつからって、今起きたばっかりだけど?」
「いや……さすがに、その言い訳には無理があるよ」
「……だよね」
観念したように笑う彼女を見て、何とも言えない気恥ずかしさを覚えるけれど、今はそれよりもダートがいつから起きていたかの方が気になる。
「えっと、コーちゃんとレースが、私の人格を暗示の魔術で上書きしてるって話をしだしたところから……」
あぁ……これは、殆ど全部聞かれたと思った方がいいのかもしれない。
「……具体的にはどこらへんから?」
「コーちゃんが私を起こしに来て目薬を渡して来たかと思ったら、そのまま姿が消えて……」
「あぁ……」
これは……コルクにやられた。
彼女は冒険者時代、優秀な斥候として有名だったのもあるし、二つ名に【幻鏡】という言葉がついているように、幻を見せる魔術にも秀でている。
「……やられた」
「やられたって……どうしたの?」
「いや……うん、大丈夫」
ぼくと話している最中に、気配を消して魔術で生みだした分身と入れ替わり、ダートの様子を見に行って起こしたのだろう。
目薬は多分、意識を完全に覚醒させる為のものだろうけど、さすがにこれはやり過ぎだ。
「じゃあ、ぼくが君の秘密を知った事は分かって……るんだよね?」
「うん、だから暗示の魔術を掛け直す必要が無いかなって……」
本当にそれでいいのだろうかと思ったけど、ぼくが彼女と同じ立場だったらきっと同じ事をするだろう。
「ダート、ぼくを見て貰ってもいいかな」
「え?」
それに、彼女の秘密を知った以上、ぼくも……自分の秘密をダートに伝えるべきだ。
その方がお互いに対等な関係でいられると思うだろうし、何より安心できるだろう。
「驚くかもしれないけど……」
そう言葉にしながら、服の下に隠している【偽装】の魔術が付与された首飾り型の魔導具を取り出してテーブルの上に置く。
暫くして、身体に流れていた魔術の効果が切れ黒い髪が白へと変わって行き……
「君が今まで見て来たぼくの姿は、魔導具の力が変えたものなんだ」
この世界の髪色は、その人が最も得意とする属性を表していて、基本的には、火水土風と光に、闇の六属性で、適正が高ければ高い程、鮮やかな色になる。
特に闇は特殊な属性で、事象が解明されていない魔術を一緒くたにまとめたものが、闇属性としてカテゴリー分けされる。
例えば、ダートが使う空間魔術や呪術もそうだし、ぼくの使う【雪の魔術】もそうだ。
「驚かないけど……どうして、髪の色を変えているの?」
「それは、師匠の元から離れる際に、ぼくがあの人の弟子だってバレないように変えているだけだよ」
「……そうなんだ?」
ぼくの話を聞いて、どう反応すればいいのか分からなくなってしまったのか、突然黙り込んでしまった彼女を見て、少しばかり不安な気持ちになる。
けど、これに関してはしょうがないと思う、共に暮らしている相手が実は今まで自分の姿を偽ってましたとか、いきなり言われたら当然の反応だし、その結果、信用を失っても文句は言えない。
「あのね?私も、暗示の魔術で人格を変えている事以外にも、秘密にしている事があって、本当はその事に関しても話さなきゃいけないって分かってるんだけど、伝えたらどうなってしまうんだろうって思うと凄い怖くて……」
「それは別にいいんじゃないかな、ほら……この村は君も知ってるとは思うけど、訳有の人が多いからさ、ダートが話そうって思わない限りは誰も人の事情には深入りしないし、興味があっても聞こうとはしないと思うよ?」
「……本当に?」
「うん、これに関しては、誰にでも人に言えない秘密はあって当然だと思うし、ぼくに対しても怖いなら無理して、言わなくてもいいと思う」
異世界から、この世界に来た事を伝える事を怖がっているのだと思うから、本人が伝えても問題ないと思うまでは、無理に聞く気は無い。
そもそも……出会ってたった一ヵ月の人間に対して、そこまで全てを話せるくらいに信頼を寄せられていたら、彼女に対する距離感が分からなくなってしまっていただろう。
「なら、暗示の魔術の事だけ話すね?」
「……わかった」
「あのね?私の生家は魔術の名家でね?特に空間魔術や呪術の適性が高くて……ある時、色んな事情から一人で暮らさなきゃいけなくなったんだけど」
「……うん」
「それでね?仕事を探すって言っても、冒険者になるしかできる事が無くて、いざ働くってなったら……モンスターや野党の討伐とかの荒事ばかりで怖くて……どうすればいいのか分からなくなっちゃった時に、カルディアさんとマスカレイドさんの二人に相談したら、暗示の魔術を教えて貰ったの」
冒険者は過酷な職業だと以前、コルクから聞いた事がある。
そう思うと彼女が本来の人格のままだった場合、耐える事は出来なかったと思うし、生きる為には必要な事だったのだろう。
「それで、何とか頑張ってAランクにまで上り詰めたんだけど、それも二人が指名依頼を出して助けてくれたからで……」
「……とりあえず事情は分かったから、これ以上は話さなくてもいいよ」
「え?……あ、うん」
何故、暗示の魔術だなんて危険な物を師匠とマスカレイドが教えたのか、二人のやっている事に疑問が浮かぶけれど、これに関しては師匠が来た時に聞こう。
ただ……今はそれより、何時までも家主が不在の家でゆっくりとしている訳にはいかない。
それに……コルクが帰って来たら、またあれこれふざけ始めて面倒な事になるだろうし、今日はこれ以上精神的な疲労を溜め込みたくないから、直ぐにでも家でゆっくりと休みたい。
「とりあえず、この村にいる間は……いや、ぼく達の前では暗示の魔術を使わなくていいよ」
「……いいの?」
「その方が、ダートも気が楽だろうし、何よりも……無理はしない方がいいからね」
「えっと……じゃあ、そうするね?」
「うん、じゃあ……今日はもうぼく達の家に帰ろうか、とりあえず……君も色々と疲れてると思うし、家まで背負っていくよ」
そう言いながら偽装の魔導具を付け直すと、彼女の返事を聞かずに腕を取って背負うとコルクの家を出る。
「ちょっと!重いと思うから降ろして!それに……誰かに見られたら恥ずかしいから!」
背中越しに、何やら騒がしい声が聞こえるけれど、ぼくがこうしたいと思って行動している以上、降ろす気は無い。
「ねぇ、聞いてる!?ちょっと!」
彼女が使って来た暗示の魔術、あの危険性を考えると出来れば使って欲しくない。
けど……冒険者をダートがこれからも続けていくのなら、使わないように強制する事は出来ないし、彼女の人生は彼女のものであって、ぼくにどうこうするような権利もない。
「ねぇ、ほんと……皆見てるから、降ろして?ね?」
それにしても、すれ違う人々がぼく達を見て、指を指して何か言っていたり……面白いものを見るような顔をしているけれど、いったいぼくが何をしたというのか。
もしかして、変に注目を集めるような事をしてしまっているのかもしれない、そう思いながら歩き続けて、家に帰った頃には完全に体力を使いはたし、息を切らしながらダートを背から降ろすと、膝をついてしまう。
「……無理して歩くくらいなら、やらなきゃいいのに」
呆れた声でそう文句を言うダートの困ったような表情を見て、思わず苦笑いがこぼれた。