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第12話 三人の馬鹿

──互いの武器がぶつかり合う甲高くも鈍い音が響く中で、私の存在が俺へと塗り替えられていく。

戦うのが怖いという感情が、目の前の敵を倒せと言う逆さまの敵意で訴えかけてくる。

そして……【泥霧の魔術師】と呼ばれる由来となった負の感情が、魔術として実体化して形を成す。


「あぁもう、ちょこまかとめんどくさいっすねぇ!」

「あんたこそ、そんな事言いながらうちの影から出て来たり、そんな物騒な獲物振り回して、何考えてんの!」


 肉体に魔力を通して身体能力を上げて戦う戦士のケイと、魔力で五感と脚力を強化した立ち回る斥候のコルクの戦いは一見、彼の有利に見えるけど……実際は、魔術と身体強化を巧みに使い分けて、付かず離れず距離を維持し続けて拮抗した状態になっている。


「これじゃ割り込もうにもな……」


 影を渡る魔術と同時に肉体強化を使用するだけじゃない、武器にも魔力を流して一撃の重さを爆発的に上げているケイの攻撃を、紙一重で見切って避けるコルクの姿を見ると、割り込むタイミングを間違えたら怪我をするどころでは済みそうにない。


「あんたさぁ、そんなデカい武器使ってるのに、どうして首しか狙って来ないの?態とだったりする?」

「態とじゃないっすよ?ほら、大剣を使った暗殺術ってすっごいかっこいいじゃないっすか!こう……闇夜に紛れて相手の首を確実に切り落とす……超クールじゃないっすか?」


 彼の戦い方に暗殺者としての誇りを感じたけれど、そうじゃない……あれはただ、かっこつけたいだけの馬鹿だ。

これは確かにアキも頭を抱えるのも分かる、声はでかいし、態度もデカい……これじゃあ幾ら栄えある栄花騎士団と言えど、たかが知れると思われてもしょうがないってもんだろ。

とはいえ、何時までも見ている訳にもいかねぇ……これ以上、面倒な事になる前に止めないと……。


「あんたさ……うちの事を探しに来たんやろ?悪いけどね、昔の仲間の元に戻る気はないんよ」

「いや、それは別に……ついでだから良いんすけどね?」

「……ついでって、そんなどうでもいい理由で、ダーに近づいてそんな物騒なもん、首に当てて脅したんか!」


 感情のままに振るわれる短剣を、器用に大剣で防ぐと衝撃を利用して回転を身体ごと周りながら、鋭く薙ぎ払う。

けれど、その動きを予め予測していたのか、コルクが大剣の腹を蹴り後ろに大きく飛ぶことで距離を取り、互いに次の行動を警戒して静かににらみ合いを始める。


(……狙うならここしかねぇな)


 二人に気取られないように手を後ろに隠して、指先に魔力の光を灯すと、二人を囲うように空間を切り裂き、その場から動けないように壁を作って拘束する。


「……ダーっ!これはどういう事やっ!」

「あぁ……これはやられたっすねぇ、影に入ろうにも空間が切り取られてるせいで、入れないっす」

「どういう事も何も、おめぇら人の家の前で殺し合いしてないで落ち着けよ!」

「落ち着けって何言うとん!先に手ぇ出して来たんはあっちやんか!」

「コーちゃんからしたらそう見えるかもだけど、まずは武器を抜く前に冷静に話し合いをしろって、脳まで筋肉の脳筋じゃねぇんだから!」


 言葉を荒げなら近づくと、空間魔法を解いて力任せに二人の頭をぶん殴る。


「……あだっ!」

「いったい……すね」

「……くぅ!?」


 まさか殴られると思っていなかったのか、驚いたような表情を浮かべて見つめてくるけど、今はそんな事を気にするより……殴った手が思いの外痛くて、それどころじゃない。

どうして、殴った俺の方が明らかにダメージが大きくて、殴られた方はぴんぴんしているのかと思うと、余りの理不尽さに怒りがこみ上げて来る。


「コーちゃんさぁ……俺達は開拓に関する大事な話をしてたんだよ」

「話し合いをしてたって……あの状況で、そんなん分かるわけないやん」

「それは、俺が余計な事をしたせいで……この馬鹿を警戒させちまってよ」

「はぁ……?ならあんたはどうして、うちと武器を構えてやり合うなんて馬鹿な事したんよ」

「あぁ……そりゃあ、元Bランク冒険者の今の実力が知りたかったのもあるっすねぇ、ほら、あれこれ君は何が出来るんですかって確認するよりも、実際にやり合った方がわかる事の方が多いっすからね」

「……とりあえず、あんたらが馬鹿なのは分かったわ、全くいい加減にせぇよ?」


 その理屈だと、確認もせずにケイと戦ったコルクも馬鹿って事になるから、つまり……ここには馬鹿がちょうど三人いるって事になる。


「……ダー、あんた変な事考えてへん?」

「ん、あぁ……何も考えてねぇぞ?」

「……ならいいけど、とりあえずあんたはアレを解きな」

「ん、そうする」


 何て言うか精神的に疲れたから……コルクの言うように暗示の魔術を解いて、元の俺に戻ろう。

指先に魔力の光を灯して、ゆっくりと魔術を解いていく……昂っていた気持ちが徐々に収まって行き、思考が元に戻って行く感覚に……何故かいつもとは違う違和感を覚える。

まるで私ではない何かが、心の中に居て強引に主導権を握って、身体を支配しようとしているような……まるで、今の私が完全に塗り替えられて、別の何かに変わってしまうような。

そんな、言葉にするのが難しい不快感に、思わず眉をひそめそうになる。


「ケイさん、それにコーちゃん、私のせいで喧嘩するような事になってしまって……ごめんなさい!」


 けど、何とか顔に出さないように耐えていると、少しずつ楽になって来たから、たまたま今回がそうだっただけで、多分大丈夫だろう。


「さっきまでと違って本当に違うっすねぇ、戦いになるとここまで人が変わるなんて……まるで二重人格っていうんすよね?そういうのみたいで面白いっすね」

「面白いってあんた……」

「あぁ、いや……言い方が悪かったっすね、とりあえず俺は楽しかったから謝罪はいらないっすよ?それに……二人の実力はある程度分かって満足できたんで、今日は帰るっすかね」

「帰るってあんた……うちの事はついでって言うてたけど、連れて行かなくてもええの?」

「こんな辺境にいるって事は、何か訳有なんすよね?さすがに……冒険者を引退した人をどうこうする権利とか、さすがの栄花騎士団と言えど持ってないっすし、俺の仕事じゃないんで……別にどうでもいいっすよ」


 そう言葉にしながら私達に背を向けると。


「じゃあ、用件は済んだんで、とりあえず三日後に村の入り口で合流って事でよろしくっす、待ってるからちゃんと来てくださいよ?」


 手を振りながら自身の影の中に一瞬で沈んで消えてしまう。

せめて、私の返事を聞いてから帰ればいいのにとは思うけど、彼にそういうのは期待しない方が良いのかもしれない。


「なんなんあいつ、うちさぁ……あいつ嫌いやわぁ」

「……えっと、コーちゃん、面倒事に巻き込んじゃってごめんね?」

「ん?面倒事って、別に……うちが勝手に勘違いして、ダーを守ろうとしただけだから、謝らんでえぇよ?けど……それより、暗示の魔術つこうた見たいやけど、大丈夫なん?」

「……うん」


 必要だと思ったから使ったけれど、冷静になって改めて考えてみると……別に暗示の魔術に頼らなくても良かったかもしれない。


「……あんさ、昨日もうち言うたけど、ダーはもう暗示の魔術を使わなくてもええんよ?まぁ……今回はしゃーないとしても、少しずつ普段の状態でも戦えるようにならんとねぇ」

「うん……でも、戦うのって凄い怖いし……」

「でもも、だってもじゃないんよ、あんたの事が心配で言うてるんやからさ……あぁ、でもそっかぁ、もしかして……うちじゃなくてぇ、レースに心配して貰いたいとかそんな感じ?」

「え?いや……ちが、そうじゃなくて……」

「照れんな照れんなぁ、いやぁ……かわいいやっちゃねぇ、察するのが遅れてごめんなぁ?」


 彼女にどう言葉を返せばいいのか、戸惑っている私の頬を両手で摘まむと


「ここかぁ?かわいいダーはここかぁ?うりうり~」


 とコーちゃんが笑顔で、左右に引っ張って来る。

別に……レースに心配して貰いたいからとかそんなんじゃなくて、でも誰かに心配して貰えるのは、私って大事にされてるんだなって感じて凄い嬉しい。


「……ふぅ、満足したわ」

「コーちゃん……」

「ん?強く引っ張り過ぎて痛かったりした?」

「……うん」

「それはごめんなぁ?ダーを見てると、妹が居たらこんなに可愛いんだろうなぁって思って、ついつい虐めたくなってしもうてな?」


 妹みたい……そう思ってくれるのは嬉しいけど、こういう時に余計な事を口にすると、さらに弄られそうだから何も言わずに黙ってコーちゃんを見つめる。


「もう、無言じゃなくて、何か言うてよぉ……ごめん、ごーめんなーさーいー!調子に乗ってやり過ぎました、謝るんで黙らんと何か喋ってよぉ!」

「ふふ、だめでーす、ゆるしませーん!」

「まじで、ほんま……ごめんってー!」

「ふふ、しょうがないなー、許してあげるー」


 つい先ほどまであった事が、まるで最初から無かったかのように二人で笑い合う。

どんな状況でも、こうやって直ぐに場の空気を変えて、楽しい気持ちにさせてくれるコーちゃんの事が私は大好きだ。

だって、こういう優しさが凄い嬉しいし、何よりも自然体でいさせてくれるから。


「なぁダー?ところでさ、あんなに暴れたのに、レースは何やっとんの?」

「あぁ……二日も寝ないで新術の開発をしてたから、今はゆっくり寝かせて休ませてるの」

「かぁーっ!ほんっとあの研究馬鹿は、無理して徹夜して人に心配かけされるのはやめなさいっての、あんな?あいつは昔から、誰かが面倒見てやらんと、倒れるまでずっと集中し続けるから世話が焼けるんよね」


 何だか、コーちゃんの言葉を聞いていると、私よりも彼の事を分かっていると言っているように感じて、何だか複雑な気持ちになる。

何で、こんな気持ちになるのか分からないけれど、私よりも長い付き合いなのだから、彼女の方がレースの事を理解しているのは当然なのに……


「ほら、押しかけて一緒に暮らしてる以上、私も彼に色々と迷惑かけちゃってるし、こういうのってお互い様だと思うの」

「はぇぇ……ダーはええ子やなぁ、うちならそんな考えできへんよ、なぁ……ダー?良かったらレースとじゃなくて、うちと一緒に暮らさん?今なら美味しいもん、たぁくさん食べさせたるよ?」

「気持ちは嬉しいけど、レースの事が心配だからごめんね?それに、そろそろ起きるかもだから、家に帰らないとだし……」

「なぁんかその言い方、妙に人妻みたいに感じてやっばいなぁ、まるで……押し掛け女房みたいやん、こう……人妻的な魅力を感じるわぁ」


 人妻的な魅力って何だろう。

この世界では様々な種族がいるおかげで、結婚するのに年齢制限が無いから……同意さえあれば直ぐに結婚出来るけど、私とレースはそんなんじゃないし、勘違いするような事を言わないで欲しい。


「まぁ、そんな可愛い幼な妻のダーを一人で寂しくするのも良くないから、ここはコルクお姉ちゃんが、レースが起きるまで一緒にいてあげよう!ほら、いくよ?新婚さ……いだっ!痛いって!何で腕をつねるん!?まじ、いった!」


 そんな事を思いながら、尚もまくし立てるように笑顔で人の事を弄ってくるコーちゃんの腕をつねると、二人で家に入る。

──それにしても先程から顔が凄く熱いし、頭の中で新婚や押しかけ女房という言葉がぐるぐると回って、気持ちが落ち着かない。

何だか熱っぽいような感じもするし……もしかして、いや……これは多分、きっそとうだ、風邪を引き始めているのかもしれない。

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