「えっと……」
「あ、質問が多すぎた?なら一つずつ聞いていくね」
どうやら私が浮かれて一気に質問しすぎたみたいで、夜月は困惑したまま動かなくなる。
「えっとー。やっぱりまずは二人の馴れ初めから聞きたいな。いつから付き合い始めたの?」
「あ、それは一年生の夏休みが始まる少し前ごろだけど」
「おぉ、ならちょうどこれくらいの時期だね。おめでと〜」
「ありがとう……いや、まって、何にか他に言うことはないの?」
「何が?」
夜月は様子を窺うようにチラッと見てくるけど、私としては本当に言うことなんてないんだよね。
寧ろ面白そうな話に心が躍ってるくらいだもん。
「いや、あるでしょ。女同士で気持ち悪いとか、ありえないとか……」
「んー?特に無いかな」
「無いって、本当に言ってるの?」
「無い無い。私そういうのよく分からないって言ったじゃん?何が正しくて何が間違ってるかなんてその人たち次第だし、別に好きなら性別とか関係なく、好きな人と付き合えば良くない?って感じ」
「すごいね」
「えへへ〜、褒められても飴ちゃんしか出ないよ。はい、どうぞー」
私はそう言ってポケットから伊織にもらったクソマズな飴を夜月に押しつ……あげると、話を変えるように次の質問をする。
「じゃあ次は、二人はいつ知り合ったの?付き合うことになった経緯は?」
「はぁ、もういいや。知り合ったのは一年生の初め頃。私がバスケ部の助っ人に呼ばれて、練習とかに参加してたのがきっかけ」
「そんな前から助っ人なんてやってたんだ。それで?付き合うことになった経緯は?」
「グイグイくるね。んーっと、まず私たちって、最初はそんなに仲が良くなかったんだ」
「そうなの?」
「うん。柚はバスケが好きで小さい頃から頑張ってきたみたいなんだけど、そこに部員でもない私が突然部活に現れたものだから気に食わなかったみたい」
「あー、動物が勝手に縄張りに入られて怒った感じか」
「あはは。確かに似てるかも。まぁそんな感じで、最初の頃の柚は私のことを敵視してたんだよね。大会が終わった後も、時間があればいつも勝負を挑んできたりもしたし」
「ほうほう。それで?」
「まぁ、勝負はいつも私が勝ってたんだけど、それが彼女のプライドを傷つけてしまったみたいで、柚は以前にも増して練習するようになってね。そんなある日、一人で体育館で練習をしていた彼女は、無理をしすぎて怪我をしちゃったんだ」
「あらら、それは可哀想に」
「うん。それで、たまたま彼女を見かけた私はすぐに手を貸そうとしたんだけど断られてさ。さらには感情的になった柚に怒られちゃった」
「うわー、八つ当たりってやつじゃん」
「まぁ、でも彼女の気持ちもわかるんだ。小さい頃から頑張ってきたのに、真面目にやってない私なんかに負けてばかり。鬱憤が溜まるのも仕方ないと思う」
「そうなんだね〜」
ここまでの話を聞く限りだと、二人が付き合う未来なんて想像することもできないから、果たして二人にどんなドラマがあったのか気になって胸が高鳴ってくる。
「それでそれで?どっちが先に好きになったの?」
「それは私」
「お〜!意外だね!てっきり彼女さんの方かと思ってた!夜月は彼女さんのどこに惚れたのかな?」
「私のことをライバルとしてみてくれたところかな」
「うん?」
「ほら、私って自分で言うのもあれだけど、みんなに憧れの対象として見られてるでしょ?私が言ってるんだから間違いない、私が相手だから負けて当然なんて言われることばかりで、ライバルとして私を見てくれる人……これまでいなかったんだよね」
夜月は少しだけ寂しそうな表情でそう言ったが、すぐに幸せそうな表情へと変わり微笑む。
「だから、そんな私のことを初めてライバルとして見てくれたことが嬉しくて、そんな柚に惹かれたんだ」
「なるほどねー。完璧である夜月ゆえの悩みかぁ。私には理解できないけど、そんな悩みもあるんだね」
「うん。それで、色々あって距離が離れたりもしたけど、結果的にはこうして付き合うことができたんだよね」
「そうなんだね。よかったじゃん!」
好きな人と結ばれる喜びなんて、人を好きになったこともない私には分からないけれど、きっと幸せなことなんだろうなと思う。
「じゃあ、それからは毎日幸せな日々が続いているわけだ」
「はは。そう……だね。確かに最初は幸せだったかな」
「あれ?今は違うの?」
先ほどまで幸せそうに語っていた夜月の表情が一転して暗くなると、声のトーンも少しだけ寂しそうなものへと変わる。
「付き合ってみて初めて分かったんだけど、私って結構愛が重いタイプみたいなんだよね。だから、部活や友達も大切にしている柚に対して、どうしても自分だけを見て欲しいって思っちゃって。それに、彼女は意外と人目を気にするタイプみたいで、デートをしても手を繋いだりもしてくれないし、写真もあまり撮らせてくれないんだ」
「ふーん?つまり、夜月と彼女さんの間で恋愛に対する気持ちの入り方が違うって感じかな?」
「そんな感じ。私は柚だけが好きだけど、柚は部活も友達も私も好き。どれか一つを決めることなんてできないんだと思う。私ってめんどくさい女だよね」
「あはは。確かにめんどいかもね。自分だけを好きになってー、なんて、私でも重くて面倒だと思うもん」
「それ、本人の前で言うんだ……。でも、仕方ないじゃん。私は本当の自分を見てくれる誰かと一緒にいたいだけだし、それが好きな人なら尚のことそうじゃない?」
「いや、でも事実だしなぁ。それで?そのことは彼女さんに言ったの?」
「言ってない」
「まぁ、言えるわけもないよね。私だけを見てー、なんて。どう思われるかわからないもん。なら、なんでこんなところで一人で泣いてたの?」
抱えてる思いを打ち明けて拒絶されたのなら、こんなところで人目を避けて一人で泣いていたのも理解できるけど、その思いを伝えていないのならなぜ泣いていたのか理由が分からない。
「実は今日ね。本当は二人でこの後、新作のケーキを食べにいく約束をしてたんだけど、急に後輩に部活のことで教えて欲しいことがあるとか言われたらしくて、行けなくなったってさっき連絡が来たんだ」
「つまり、ドタキャンされてメンタルがヘラった感じか」
「うん。ただ、こういうの初めてじゃないんだ。前にも何回かあってさ。もうなんか、私何してるんだろって思っちゃって。気づいたらここに来て一人で泣いてた」
夜月はそう言うと、また涙で瞳を潤ませながら笑う。
「よし!なら、私と行こうか」
「え?行くってどこへ?」
「新作のケーキを食べにだよ!食べたいんでしょ?」
「食べ…たいけど。でも、それは誰とでもってわけじゃなくて……」
「でも、彼女さんは夜月じゃなくても誰とでも遊びに行くんでしょ?それなのに、夜月だけが待ってるのって馬鹿みたいじゃない?」
「それは……」
「それに、もしかしたら彼女さんも誰かに誘われたらその人とケーキを食べに行くかもよ?それなのに待ち続ける意味ってある?」
「……そう、だね。わかった。行こう」
「そうこなくっちゃ!」
「わっ?!ちょっと!」
私は夜月の手を取って立ち上がらせると、手を引いてそのまま走り出す。
「あはは!ほら、早く行くよ!私、暑いの嫌いなんだ!」
「そんなに引っ張ったら転ぶよ!」
夜月はまだ迷っているようだけど、そんなのは関係ない。私が手を引いて走れば、彼女は嫌でも付いてくることになる。
それに、こんなに面白いものを見つけたんだもん。簡単に手放すなんて勿体ないじゃん?
いつも同じことの繰り返しでつまらなかった私の日常に、夜月という新しい絵の具が与えられたんだ。
なら、その絵の具を使ってつまらなかった世界をどう彩ろおうと、それは私の勝手だ。
彼女との出会いがどうであれ、彼女と行き着く未来が何であれ、私は今が楽しければそれでいい。
だって私の世界は、ずっとずっとつまらなかったのだから。