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第3話 記念撮影

 二人で学校を出た私と夜月は、そのまま走ってケーキ屋まで向かうと、お店の中へと入り店員さんに案内されて窓際の席へと座る。


「はぁ〜、涼しい〜」


「ほんと、涼しい」


 ここまで走ってきたせいで、私たちは夏の暑さに耐えきれず汗をかき、シャツの胸元をパタパタと扇ぎながら店内の涼しさを堪能する。


「それで?新作ってどのケーキなの?」


「これなんだけど……」


「なになに?桃とマンゴーとパイナップルを使った夏限定のケーキ。夏のトロピカル大三角形?なんじゃこりゃ」


「多分、果物を夏の大三角形に見立ててるんだと思う」


「夏の大三角形って何だっけ?」


「夏だけに見れる星たちを線で結ぶと、三角形に見えるやつだよ」


「あぁ。確かアルベルト、ベラ、デボラだっけ?」


「違う。アルタイル、ベガ、デネブね。それぞれを線で結んだ時に大きな三角形になるから、夏の大三角形って呼ばれてるの」


「そうそう。そんな名前だったね。じゃあ、このケーキを食べるっていうことでいいよね?すいませーん」


 店員さんを呼んで注文を済ませると、私は夜月の方を向いてニッコリと笑う。


「ねぇ〜、夜月〜」


「な、なに」


 私が笑いながら彼女のことを呼んだせいか、夜月は警戒したような視線を私の方に向けてくる。


「そんな警戒しないでよ。ただ輝璃って呼んでいいか聞きたかっただけだから」


「え、名前で?」


「うん。せっかくこうしてケーキを食べにくる仲になれたんだし、名前で呼んでもいいよね?」


「ここへはあなたが強引に連れてきたような気もするんだけど」


「あはは。細かいことは気にしない気にしない。それで?名前で呼んでもいい?」


「別に、それくらいならいいけど」


「ありがと!なら、私のことも月華って呼んでよ。これからもよろしくね、輝璃」


「うん。よろし…え、これから?」


「あ、ケーキが来たよ」


 輝璃は私が言ったこれからという言葉が引っ掛かったようだけど、私にとってそんな疑問はどうでもいい。


 何なら、そんな疑問を抱く暇も無いほどに押していくつもりだ。


 なんせ、せっかく見つけた私の特別な絵の具を、そう簡単に手放すつもりはないからね。


 私の世界を彩ってくれる絵の具。そんな素敵なものをあっさりと手放すなんて勿体ないじゃん。


 それに、輝璃には彼女がいるのだから、私たちは間違ってもそんな関係になるはずが無いし、いろいろと丁度良いのだ。


「さて、ケーキ食べよう」


「う、うん」


 未だ困惑気味の輝璃にそう言うと、私たちはフォークを使ってケーキを一口食べてみる。


「おぉー、美味しい」


「確かに、すごく美味しい」


「あ、大事なこと忘れてた」


「なに?」


 私は隣に座っていた輝璃との距離を詰めると、スマホを片手に持って写真アプリを開く。


「何してるの?」


「写真撮るんだよ。撮りたかったんでしょ?」


「それは柚とで、月華とじゃない」


「細かいことは気にしない気にしない。知り合った記念に撮ろうよ。ほら!笑ってー」


 輝璃は何を言っても私にやめる気がないことを察したのか、諦めたようにスマホのカメラに目を向ける。


「よしっと…って、あはは!輝璃の笑顔ぎこちなさすぎ。ほっぺとか少し引き攣ってるじゃん!」


「う、うるさい!慣れてないんだから仕方ないでしょ!」


 輝璃はよほど恥ずかしかったのか、顔を赤くしながら写真を消せとか撮り直そうと言ってくるけど、私はこの写真の方が面白かったし気に入ったので、彼女のお願いは全て却下した。


「ほら、もう諦めてケーキ食べよう」


「くぅ。絶対にあとで消させるから」


「あはは、諦めなー。ん〜!美味しー!」


 私がケーキを堪能している間も輝璃は私のことを何度か睨んでくるけど、私にはそんな輝璃の反応も面白くて、見てて本当に楽しくて堪らなかった。


「ふぅ。美味しかったね」


「うん。すごく美味しかった」


 ケーキを食べ終えてお店を出た後、私たちは家に帰るため最寄りの駅に向かって歩いていた。


「どう?少しは気分が晴れた?」


「どうだろう。確かに楽しかったしケーキも美味しかったけど、こうして来てみるとやっぱり柚と来たかったなって思う。やっぱり私には柚しか……」


 先ほどまではそこそこ楽しそうにしていた輝璃だったけど、彼女さんのことを考えたせいか明らかに寂しそうな表情へと変わってしまう。


「うーん。多分だけど、輝璃が人と遊ぶことに慣れてないからそう思うんじゃないかな」


「どういうこと?」


「確かに、友達と遊んだ時や恋人とデートをした時を比較すると、デートの方が幸せで楽しいんだろうなぁとは思うけど、それでも友達と遊んだ時にしか味わえない気楽さとか別の楽しみがあると思うんだよね。


 でも、輝璃には友達と遊んだりした経験があんまり無いんじゃない?


 だから彼女さんだけが好きーってなって、彼女さんとじゃないと嫌だーってなるんだと思うよ?まぁ、私は恋人なんていたことないからわからないけどさ」


「そう…なのかな」


 人間は誰しも意識的にも無意識にも何かと何か、誰かと誰かを比較してしまうものだ。


 あそこのケーキは美味しかったけど、ここはあんまりだったなとか、あの人といるのは楽しいけど、この人といるのは楽しくないみたいに、そのつもりがなくても人は心のどこかで比較してしまうもの。


 けれど、輝璃はこれまで憧れや理想を押し付けられてきたせいで、友人と呼べるような人もあまりいなかったのだろう。


 そんな彼女だからこそ、比較対象が無くて一方的な感情で動いてしまうのも仕方がないのかもしれない。


「だから、私が友達になってあげるよ」


「え?」


「私と遊んでいろんなことを経験すれば、その経験を参考に彼女さんと比較できるんじゃない?そうすれば、一方的に感情を押し付けるんじゃなくて、広く物事を考えられるようになると思うよ」


「……月華って、何も考えてないのかと思ったけど、意外と考えてるんだね」


「意外とってなにさ。失礼だなぁ。それで?私と友達になる?」


「……なる」


 輝璃は少し恥ずかしかったのか、視線を逸らして小声でそう呟くけど、隠しきれていない耳は夕日のせいじゃないと分かるくらいに赤かった。


「なら、今日から私たちは友達だね!まずは連絡先を交換しようよ!SNSはやってるよね?」


「やってるけど…どうやって交換するの?」


「え。知らないの?彼女さんとはどうやって連絡取ってるのさ」


「それは柚がやってくれた。他のグループ?とかも招待されたりして入ってたから、自分からやる方法はわからない」


「えぇー、それは現代人としてどうなんだろうか。もしかして輝璃って、連絡のやり取りは伝書鳩とか矢文でやる人?それともモールス信号とか?トン、ツー、ツー」


「そんなに昔の人間じゃない。ただ自分から交換する機会がなかっただけだから」


「ふーん。なら、そういうことにしておこう。ほら、スマホ貸して。私がやってあげるから、ついでに見ながら覚えるといいよ」


 輝璃からスマホを借りると、私は慣れた手つきで輝璃に自分の連絡先を登録し、ついでにお気に入り登録までしておく。


「ちょっと、お気に入りってなに?」


 スマホを受け取った輝璃はお気に入り欄にいる私の名前を見つけると、少し不機嫌そうに私のことを睨む。


「そのままの意味だよ。私は輝璃のお気に入りー。連絡したら無視せず返してね」


「絶対返さない」


「にひひ。それじゃ、帰ったら連絡するから楽しみに待っててね。ばいばーい」


 いつも電車に乗っている駅に着いた私は、悪戯に成功した楽しさから思わず笑みが溢れ、そのまま輝璃に別れを告げて改札を通る。


「さぁーて、これから楽しくなりそうだなぁ」


 私はこれからの事を考えただけで楽しくなり、思わずスキップでもしたくなる気持ちを抑えながら、急いで家へと帰るのであった。







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