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第4話 もう一つの出会い

◇◇◇


 月華と別れて家に帰ってきた私は、部屋に入ると制服のままベッドへの横になる。


「はぁ。今日はなんかすごく疲れた」


 私は疲れから目を閉じると、瞼の奥に浮かんでくるのは先ほどまで月華と遊んでいた時のことばかりで、その分だけ柚と遊べなかったことが私の胸を苦しめる。


「柚…ん?」


 このまま眠ってしまおうかと思った時、スマホに通知があり、私は眩しいのを我慢してスマホを開く。


「柚からだ。どうせいつも通りでしょ」


 やはりメッセージを送ってきたの私の恋人である柚で、私とのデートに行けなくなった時、彼女が送ってくるメッセージはいつも同じであるため、トーク画面を開かなくても内容が分かってしまう。


「はぁ。またごめん……か」


 これまでもずっと、柚の都合でデートが無くなった時、彼女はこうして謝罪をしてくれる。


 ごめん、また今度行こうと言ってくれるが、私としては予定を立てたその日に行きたいのだ。


 デートだからと数週間前から前日まで肌や髪のケアにも力を入れているし、休日なんかは彼女の好きな香りの香水を準備したりもしてる。


 最初は慣れないことばかりだったけど、少しでも柚といて恥ずかしくないように、彼女に可愛いと思ってもらえるように頑張っているのだ。


 それなのに、ドタキャンなんてされてしまえばその努力は意味が無くなってしまうし、何より柚が他の女の子と一緒にいると思うだけで胸が締め付けられるように辛いのだ。


「私、本当にめんどくさいね……」


 私は柚から送られてきたメッセージに大丈夫とだけ返すと、いつものように付き合ったばかりの幸せだった日々を思い返しながら、ゆっくりと目を閉じるのであった。





 突然だが、私は周りから完璧な人間だと思われている。


 ただ、それも自意識過剰というわけではなく、私は小さい頃から物覚えがよく、運動神経も良かった私は何をしても完璧だった。


 そのせいか、私のことを遠巻きに見てくる人はいても親しくなろうとする人はおらず、憧れという壁が私とその他の人の間にどうしようもない溝を作っていた。


「はぁ。せめて友達が欲しい…」


 欲を言えば恋人にも憧れはあるが、まずは他の子たちみたいに放課後は遊びに行ったり、休日は遊園地や買い物に行ったりしてみたい。


 そんな気持ちを抱きながら高校に入学したばかりの頃、中学の先輩に助けて欲しいと言われ、私はバスケ部に助っ人として参加することになった。


 昔から体を動かすことは好きだったし、スポーツをしている時だけは周りの人たちとも距離が少しだけ近くなるので、私としてもこうして声をかけてもらえたのは嬉しかった。


「初めまして。一年の夜月輝璃です。しばらくの間お世話になります」


「夜月は私の中学の後輩で、当時から部活の助っ人をしてもらってたんだ。実力は私が保証するし、みんなで次の大会に向けて頑張ろう」


 うちの高校は部活動よりも勉強に力を入れている生徒の方が多く、バスケ部はあまり人数が多くないため、たまに他の生徒にも助っ人をお願いしているらしい。


 それからは私も放課後は部活に参加するようになり、紅白戦や練習をみんなで頑張っていた。


「あたしはあんたのこと認めないから」


 そんなある日、いつものように練習が終わり後片付けをしていると、一人の女子生徒にそんな言葉をかけられ、振り返るとそこには同じ学年の唯依柚奈が立っていた。


「認めないってどういうこと?」


「そのまんまの意味。あたしはバスケを小さい頃からやってきて、いつも本気なんだ。それなのに、あんたみたいな助っ人でしかバスケをやらないような人、絶対に認めないから」


 そう語る柚奈からは本当にバスケが好きだという感情が伝わってくるが、それと同時に一つの疑問を感じてしまう。


(どうしてこんなにバスケが好きな人が、この学校に来たんだろう)


 彼女がバスケの強豪校とも呼べないこの学校に来た理由が分からないため少し気にはなったが、そんなことを話し合う仲でもないため笑顔で返す。


「そっか。でも、次の大会までは一緒に頑張らないといけないから、よろしくね」


 それからも柚奈は事あるごとに私に絡んでくるようになって、紅白戦をやるたびに私たちはお互いに競い合っていた。


 けど、私は小さい頃からスポーツが得意で、中でもバスケは中学時代から助っ人で何度も経験してきたため、結局勝ってしまうのはいつも私の方だった。


 柚奈は私に負けるたびに悔しそうな表情をしていたが、そんな思いをさせている私が声をかければより関係が悪化してしまうと思い、私は彼女に声をかけることができなかった。


 そんな関係が続き、夏のインターハイに向けた地区予選。


 私たちは善戦したものの、やはり私一人が加わったところで総合的な戦力が上がるわけでもなく、結果的に私たちは予選で敗退に終わってしまった。


 ただ、先輩たちは負けることに慣れてしまっているのか、仕方ないと笑いながら私にありがとうと言ってくる。


「まぁ、こんなものだよね」


 これは練習の雰囲気からも分かっていたことだが、この部活にはそもそも真剣に勝ちに行こうとしている人がほとんどいない。


 先輩たちも、恐らくは中学の頃からやっていたからとか、勉強の息抜きにとか、運動不足の解消にとか、そんな軽い気持ちでやってる雰囲気が練習の最中から薄っすらと感じてはいた。


 だから私も、負けたことに対して特に責任を感じることはなかったし、悔しいと感じることもなかった。


 そんな中、一人だけ私の気を引いたのは悔しそうに唇を噛み締めている柚奈で、彼女だけは本気で負けたことを悲しみ、そして悔しがっているのが伝わってきた。


「羨ましい」


 それは、私が無意識に口にしてしまった言葉だった。


 私自身、それを口にしたことに少し驚いたが、考えてみればそれが私の本音であることに納得がいった。


 これまでの私は、勉強も運動も、少しやれば大抵のことはすぐにできてしまった。


 そのせいで一つのことに熱中することができなかったし、何をやっても退屈だと心のどこかで思ってしまっていた。


 だからかもしれない。


 あそこまで一つのことに本気で挑み、上手くいかなかったら本気で泣いて悔しがる。


 そんな私には無い感情を持っている柚奈に興味が湧いたし、彼女のことをもっと知りたいと思うようになった。


 ただ、残念ながら私にはもうそんな機会は無いだろう。


 私がバスケ部に参加するのは今回の大会までの約束だったし、今後はもう一度先輩に誘われでもしない限り、バスケ部に顔を出すこともないだろうから。


 だから、彼女と関わることはあまり無いはず。


 そう思っていたのに……


「夜月。練習に付き合って」


「え?」


 まさかの誘いだった。


 大会も終わり、三日ほど経った頃。


 バスケ部の助っ人も終わったので、いつも通り帰りの準備をしていると、いつの間にか私の横に立っていた柚奈にそう声をかけられたのだ。


「なに?」


「いや、びっくりして。まさか唯依さんから声をかけられるとは思ってなかったから」


「あぁ、なるほど。確かにあたしは、あんたをバスケ部の仲間としては認めてなかった。でも、実力は認めてる。だから、あたしがもっと上手くなるために、あんたには練習に付き合って欲しい。そして、絶対に夜月にも勝つから」


 なんとも上から目線なお願いだなとは思ったものの、こうして面と向かって私に勝負を挑んでくる人なんてこれまで一人もいなかったため、私はそれが少しだけ嬉しかった。


「いいよ」


 だから私も、彼女の挑戦を快く受け入れた。


 それからの私の学園生活は、以前よりも充実したものへと変わった。


 日中は相変わらずではあったが、昼休みや柚奈の部活が休みの日は、二人で体育館の空きスペースを使ったりしながら何度も勝負をした。


 柚奈は勝負をする度に上手くなっていったが、それは私も同じで、結果的に私と柚奈の差は埋まることはなく、勝ち数も私の方が多かった。


 そんなある日の放課後。


 何となく体育館の前を通った私は、中からボールの弾む音が聞こえて中を覗いてみると、そこには一人で練習をしている柚奈の姿があった。


「あれ?そう言えば今日って、部活休みだよね」


 いつもなら、部活が休みの日は私の教室を尋ねてきて体育館に移動したあと、彼女が満足するまで勝負をする流れだったのだが、この日は柚奈が私の教室を尋ねてくることはなかった。


「っ!!」


 しばらく柚奈の練習を眺めていると、汗で滑ったのか彼女は転んでしまい、その時に足を捻ったようで痛みに耐えるような声が漏れ聞こえてくる。


「柚奈!!」


 心配になった私は、気づけば柚奈のそばに駆け寄っており、まずは保健室に連れて行こうと手を差し伸べる。


「輝璃?」


「柚奈、大丈夫?捕まって」


「いい」


「でも……」


「いいって言ってるでしょ!」


 柚奈は怒りに満ちた声と共に私の手を振り払うと、しばらくの間体育館は静寂に包まれ、振り払われた手からはジンジンとした痛みが伝わってくる。


「どうしたの?柚奈。早く行かないと怪我が酷くなるよ」


「いいから、あたしのことはほっといて!」


 柚奈がどうして私を拒むのかは分からないが、それでもこのままにはしておけないと思った私は、とりあえず持っていたカバンからタオルを取り出して彼女の足に巻く。


「何してんのさ!ほっといてって言ったでしょ!」


「黙って。今固定してるところだから。無理に動かすと後に響くよ」


 私が真剣な声でそう言うと、柚奈もようやく落ち着いて来たのか、それ以上は何も言わずに応急処置を受ける。


「これで終わったよ」


「…………」


 応急処置を終えた私は、そう言って柚奈の方に顔を向けるが、彼女は私と顔を合わせたく無いのか視線を逸らしてしまう。


「ねぇ。何があったの」


「輝璃には関係ない」


「関係無いわけないでしょ。ここまで私のことを拒絶してるのに、私が無関係なわけない。私、柚奈に何かした?何かしたなら謝るから、お願いだから話して」


 本当はこんなに強く言うつもりはなかったけど、初めてできた友人が私に隠し事をしているのが嫌で、思わず口調が責めるようになってしまった。


「……ないんだ」


「え?」


「もうどうしたらいいのか分からないだ」


「分からない?」


「そう。輝璃には負けたく無いのに、どんなに練習しても全然差を埋められる気がしない。ずっと小さい頃からバスケを頑張ってきたのに、あんたには負けてばっかりで。正直言って、結構辛い」


「それは……」


 柚奈がそう聞かせてくれた本心は、私が何度も聞かされてきた言葉だった。


『輝璃ちゃんと一緒にいるとつまんない!全部輝璃ちゃんがやっちゃうんだもん!』


『夜月さんは凄いよね。私たちがどれだけ頑張ってやったことでもすぐにできちゃうんだから。なんか真面目にやるだけ無駄な感じがしてくる』


『夜月さんは遠くから見てるだけで十分だよ。正直、近くにいすぎると自分が惨めに思えてくるからさ。ほら、芸能人とは適切な距離を保つ的な?』


 小学校も中学校も、そして高校に入ってからも。


 結局私は、こうしてなんでもできてしまうが故に他人を傷つけ惨めにさせ、その心を折ってしまう。


 それでも今回だけは、柚奈だけは違うと思っていたのに、それも所詮は私の願望にすぎなかったようだ。


「ごめんね、柚奈。私のせいで、本当にごめ……」


「違う!輝璃が悪いんじゃない!」


「え?」


 こんな状況に慣れていた私は、感情を顔に出さないよう気をつけながら謝ろうとするが、柚奈は勢い良く私の肩を掴むとその言葉を遮った。


「ごめん、強く言って」


「それは大丈夫だけど、どうして柚奈が謝るの?」


「そう、だよね。輝璃が不思議に思うのも当然だよね。さっきの言い方だと、あたしが輝璃を責めているみたいだったし」


 柚奈はそう言って珍しく言葉を濁すと、ゆっくりと自分の心境について話し始めた。


「はぁ。さっきも言ったけど、本当は分かってるんだ。あたしが輝璃との勝負に勝てないのは、あんたが悪いんじゃなくて自分の実力不足だって。でも、感情が言うことを聞いてくれない。お前に負けるたびに悔しくなって、勝手に実力の差に絶望しちゃう」


「そんなこと……」


「ううん、そんなことある。実際、輝璃の技術は本当にすごいと思う。長い間バスケを続けてきたあたしでもできないことだって普通にできちゃうし、フォームやバランスだっていい。確かにあたしよりもバスケをやってないあんたに嫉妬したのは事実だけど、その分認めてもいるんだ。輝璃はいつだって、どんなことだって真剣にやってる。それに、断ってもいいのにあたしとの勝負も毎回受けてくれてるでしょ?」


「それは…私も別に嫌じゃ無かったし、楽しかったから」


「はは。わかってる。輝璃があたしとの勝負を楽しんでくれてたことは。でも、だからこそ辛かった。あんたはあたしとの勝負を純粋に楽しんでくれてるのに、あたしは輝璃との実力の差に勝手に絶望して、嫉妬した。自分から勝負を挑んで負けてるくせに、何言ってんだって思うよね」


「…………」


 私はそこまで柚奈の思いを聞いて、思わず黙ってしまった。


 本当はここで黙るなんて良くないことだと分かっていたけど、何も言うことができなかった。


 だって、嬉しかったから。


 真剣に私との勝負に悩んでくれて、何度負けても私に挑もうとしてくれている柚奈の行動が。


 悔しいのに…辛いのに…それでも私のせいにせず、自分が悪いのだと、自分の実力不足なのだと言ってくれるその言葉が。


 その全てが私は嬉しくて、そして愛おしかった。


「ほんと、あたしって自分勝手だよね。最初はただ、上手いのに助っ人なんかでバスケをやってる輝璃がムカついた。せっかく才能があるのに、それを無駄にしてるあんたが嫌いだった。でも、バスケを通して一緒にいる時間が増えて、なんでもできてしまう輝璃が、本当はその全てを楽しめていないことを知った。だから、バスケだけでもあたしが輝璃に勝って、上には上がいるんだって、お前は凄いけど、それよりもあたしの方がもっと凄いんだって教えてあげたかった」


「柚奈……」


「でも、ダメだった。確かに何度か勝つことができて、お前も楽しそうに笑ってくれることが増えたけど、あたしは負けるたびに辛くなってしまった。挙げ句の果てに、無理して怪我なんかして、手当てをしてくれた輝璃にも八つ当たりまでしてしまって。あたしって、ほんとダメだね」


 柚奈はそう言って笑って見せるが、彼女の顔は今にも泣いてしまいそうなほど辛そうで、私は思わずそんな彼女を抱きしめる。


「輝璃?」


「そんなことないよ」


「え?」


「そんなことない。私、すごく嬉しかった。柚奈が何度も私に勝負を挑んでくれて、負けても諦めずに練習をしては新しい何かを見せてくれて嬉しかった。私、ずっと凄いって、敵わないって距離を取られてばっかりで、柚奈みたいに歩み寄ってくれる人がこれまでいなかったんだ。でも、柚奈だけは違った。私に何度負けても諦めずに挑んでくれた。それが、本当に嬉しかったんだ」


 これは、他の人からしてみれば贅沢な悩みなのかも知れない。


 でも、ただ人より少し優れてるからって勝手に距離を取られ、仲良くしたくても遠慮され続ける私の気持ちを、その他の人たちは理解できるだろうか。


 向こうからは近づいてくるくせに、私から近づこうとした瞬間に離れていかれる人の気持ちを、その他の人たちは理解できているのだろうか。


 どうせ距離を取るなら近づかないで欲しい。


 どうせ一人にするのならほっといて欲しい。


 そんな行動の一つ一つが、何度私の心を傷つけ、孤独を与え、私に涙を流させたことか。


 その他の人たちはきっと、誰一人として知らないのだろう。


「輝璃」


 できない人に悩みがあるように、できる人にもそれなりの悩みが存在する。


 人はそれを贅沢な悩みだというが、誰かと競い合うこともできず、勝ち負けに一喜一憂して誰かと感情を共有することもできない。


 一体それの何が贅沢だと言うんだろうか。


 少なくとも私は、誰かと競い合って成長したかったし、勝ったら友人たちと喜びを分かち合い、負けたら涙を流して次は勝とうと励まし合う。


 そんな普通でありふれた経験がしたかった。


「輝璃、ごめん。あたしが間違ってた。あたしが辛かったように、輝璃もいろいろと我慢してたんだね」


「ううん。気にしないで。私はこうやって柚奈と本音を話し合えて、すごく嬉しいよ」


「あたしも。前より輝璃のことを知れてよかったよ」


 そう言って笑った柚奈の顔は、どこか憑き物が落ちたようにスッキリとしており、私にはそんな彼女の笑顔が輝いて見えた。


 --ドクン


「あれ?」


「どうかした?」


「あ、ううん。なんでもない」


 私はそう言って柚奈の話を誤魔化したが、何故か先ほどから胸の鼓動が早く、頬や耳もいつもより熱い気がした。


(熱でもあるのかな)


 最初、私はそれが何を意味するものなのか分からなかったが、私は柚奈に、と思うのであった。







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