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第7話 お友達

「うぅ。全然わかんにゃい」


 ダメでした。頑張れませんでした。


 いや、正確には今のところ授業を一つもサボってはいないため頑張ってはいるんだけど、ほら、何事も日々の積み重ねっていうじゃん?


 あれって、目標を達成するために使われることが多い言葉だと思ってたんだけど、悪い意味にも当てはまるんだねぇ。


 だって、今まで授業をサボってきたっていう積み重ねのせいで、私は今こんなにも苦しんでいるんだからさ。


「ほんと、日本語って意味が深いなぁ」


「何言ってんのさ、月華」


「んぁ~?なんだ、伊織か」


 久しぶりに受ける長時間の授業にすっかり疲れてしまった私は、まだ二時間目しか終わっていないというのに怠さに負けて机を枕にしながら日本語の奥深さに感心していると、突然声を掛けられ顔を向ければ、そこには昨日私に変な味の飴を渡してきた伊織が立っていた。


「なんだとはなによ。失礼な」


「あいた」


 輝璃じゃないから少し残念がったら、なんか叩かれました。


 ひん。


「突然叩くなんてひどぉ~い。馬鹿になったらどうしてくれるのさぁ」


「あんたは元々馬鹿でしょ。だから、これ以上失うものも無いんだから気にしなくていいと思うよ」


「それはちょっと酷くないかなぁ」


「事実でしょ」


「むぅ。なんかデジャブ」


 さっき輝璃に対しても同じようなことを言ったような気がするけど、まさかここで自分に返ってくるとは思わず、何とも言えない気持ちになる。


「それより、伊織また髪の色変えたの?前は水色のメッシュだったじゃん。今回はピンクのインナーにしたの?」


「そう。どーぉ?可愛いでしょ?」


「まぁ確かに可愛いね」


「でしょ!どう?月華もお揃いにしない?」


「お揃いかぁ」


 伊織は小柄でボブが似合う小動物のように可愛い子なんだけど、私とは違った意味の問題児で、いつも派手に髪は染めてるし、髪で隠れてはいるけど耳にも結構エグいくらいにピアスを付けている。


 あと、舌にもピアスを付けているから、チラチラと見えるのがちょっとエッチだったりもする。


 それでも先生たちが伊織に強く言えない理由は、単に彼女の成績が学年でもトップ5に入るほど優秀だからで、どんな格好をしていようとも結果を残しているため、先生たちも何も言えないのだ。


 先生を実力で黙らせるとか、ちょっとカッコいいよね。


「でも私、次何かしたら留年らしいんだよね。だから、今日もしんどいのを我慢して朝から来てるわけで」


「あは。マジ?めっちゃうける。じゃあ、夏休みの間だけとかどう?」


「まぁそれくらいなら。でも、私に似合うかなぁ。伊織みたいに私は可愛くないし」


「はぁ?それ本気で言ってるの?」


「うん?本気だけど」


 私、何か変なことでも言ったかな。


 なんか、伊織が凄い目で私のことを見てくるんだけど。


「はぁ。ほんと、月華って色んなことに無頓着だよね」


「そうかな?」


「そうだよ。あんたは自覚ないみたいだけど、お母さん譲りの青みがかった瞳と整った容姿に、お父さん譲りの黒髪。まるでファンタジー小説に出てくる深窓の令嬢みたいじゃん」


 確かに私は、ドイツ人のお母さんに似て瞳は少し青いけど、それ以外は割と普通だと思っていた。


 けど、伊織が言うには私もそれなりに容姿が整っているようで、彼女には私がファンタジー小説に出てくる令嬢のように見えるらしい。


「でも私、そこまで身長も高くないし、胸もそんなにないよ?告白だってされたこともないし」


「身長とか胸が綺麗な容姿とどう関係するわけ?身長は身長、胸は胸でしょ。綺麗な容姿とは関係ないじゃん。それに、あんたが告白されたことないのは単に月華が学校にあんまり来ないからだよ。まぁ、あとは月華の独特な雰囲気のせいもあると思うけど」


「雰囲気?」


「そう。何に対しても興味がなさそうって言うか、まるで月華だけが別の世界を生きてるみたいに儚くて、近寄り難い雰囲気があんたにはあるんだもん」


「ほぉ〜。初めて知ったよ。周りからそんな風に見られてたなんて、ちょっと驚いちゃった」


「それは私のセリフだよ。最初は気難しい子なのかと思ったら、こんなポワポワしたマイペースちゃんだったなんて知ってどれだけ驚いたことか」


「そんなことないと思うけどなぁ。でも、容姿を褒められたのは嬉しかったから、あのクソマズな飴を渡してきたことだけは許してあげるよ」


 これまで自分の容姿なんて褒められたことなかったから、本当はあの草と土の味がする飴を私に渡してきたことを許すつもりはなかったけど、今回だけは許してあげることにしよう。


「はぁ?あの飴、美味しかったからあげたんだけど、不味かったわけ?」


「いや、それ本気で言ってる?めっちゃ不味かったんだけど。もしかして、舌にピアスを開けた副作用で味覚が馬鹿になったの?」


「あんたに馬鹿とか言われたくない」


「あいた」


 あれを美味しいとかいう伊織の味覚が信じられなくて馬鹿と言っただけなのに、また叩かれました。


 事実を言っただけなのに少し酷くないかな?


 ひぃん。


「じゃあ、髪のインナーを夏休みに染めるのは決定ね」


「あ、決定なんだ」


「当然!月華とお揃い〜」


 伊織とは高校に入学してからの付き合いだけど、この子のは何かと私とお揃いにするのが好きみたいで、今の髪の色の話から始まり、前はキーホルダーやスマホケースとかもあったし、最初なんてお揃いのピアスを付けようとも言われた。


 さすがに出会って日も浅い頃に言われたからその時は断ったけど、今言われたら勢いで押されて同じピアスを付けることになってしまうかもしれない。


 あ、ちなみに私もピアスは開けてるよ。


 お母さんが外人さんってのもあるけど、中学の時に興味本位で開けちゃったんだよね。


 その後は何となくそのままって感じ。


「そうだ!それより、月華に聞きたいことがあったんだけど!」


「聞きたいこと?」


「そう!朝のあれについて!!」


「朝のあれって?」


 そんな事を考えていると、伊織が如何にも大事なことを今思い出したといった感じで机を叩きながら詰め寄ってきて、至近距離で私の目を覗き込んでくる。


 ち、近くて怖いんだけど……


「あれよ!月華が夜月さんと話してたあれ!」


「あー、あれかぁ。いや、別に普通に話しただけじゃん?そんな詰め寄るほどのことでもなくない?」


「いやいや、詰め寄るようなことでしょ!成績優秀でスポーツ万能で容姿端麗なあの夜月さんと、容姿以外は褒められるようなところがなくて、いつも授業をサボってばかりのマイペースで猫のようなダメ月華が会話したんだよ!大事件でしょ!」


「いや、私に対しての評価だけ酷くない?」


「事実だし」


 輝璃に対する評価についてはまだ理解できるけど、私に対してはちょっと辛辣すぎないかな?


 容姿以外はマイペースなダメ猫ってどんな評価なのさ。


 いくら他人からの評価に興味がない月華ちゃんでも、そろそろ泣いちゃうよ?


「とにかく!何があったのか話して!」


「何がって、別にそれほど大した何かがあったわけじゃないよ。昨日の帰りにたまたま出会って、私から話しかけたら友達になれたって感じ」


 まさか、馬鹿正直に校舎裏に行ったら輝璃が一人で泣いてて、しかもその理由が彼女と上手くいってないからだなんて言えるわけないため、適当に話をして誤魔化しておく。


 伊織には何度も馬鹿だと言われたけど、さすがに人が隠したいと思っていることを話すほど無神経で馬鹿じゃない。


「はぁ?月華から話しかけたの?」


「そうだけど。なんか変だった?」


「まーねぇ。だって、私ですら月華から話しかけてもらった回数は十回にも満たないのに、そんな月華が自分から話しかけたって言うんだよ?しかも、今日の朝も。明日は空から猫でも降るんじゃない?」


「それは普通に可愛いなぁ。天国じゃん」


「馬鹿。それほどありえないって話だよ」


「それくらい知ってるよ。あと、正しくは雨だってこともね」


 夏は雨が降るとジメジメして嫌なので、降るなら伊織の言う通り猫がいいなと思っていると、そのタイミングで次の授業が始まるチャイムが鳴る。


「あ、まだ大事なことを聞けてないのに。とにかく!また後で詳しく聞くから、どこにも行かないでよ!」


「はいは~い」


 伊織は捨て台詞のように最後にそう言い残すと、先生が来る前に自分の席へと座り、教科書などもしっかりと準備して姿勢を正す。


「ほんと、何度見ても見た目とのギャップがすごいなぁ。ん?なんか視線を感じる」


 派手な見た目とは違い、授業の時は真面目ちゃんモードになる伊織は何度見ても見慣れないけど、そんな彼女を見ているとどこからか視線を感じて振り向いてみたら、私のことをじっと見ていた輝璃と目が合う。


「わぁ~。何か見てる……ありゃ。無視されちゃった」


 そんな輝璃になんとなく手を振ってみるが、まるで何も見ていないかのように無視された挙げ句、最後にはそれが教室に入ってきた先生にバレてしまい、私は今日初めての注意を受けてしまうのであった。







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