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生徒会室を出たエリアーナとアンは、書庫室に向かった。
傾いた太陽が、世界をオレンジ色に染めている。
広々とした室内も、橙色の水の中にすっぽり浸かるようだ。
──魔術学園に通っていること。それを隠していたこと。旦那様は、きっと……物凄く怒っている。
昨日はアレクシスが初めて笑顔を向けてくれた。
着飾った自分を初めて「綺麗だった」とほめてくれた。
そして──初めて、名前を呼んでくれた。
そのことが嬉しくて。
嫁入りしてから初めて、幸せな気持ちで目覚められたのに。
昨日の優しい笑顔とはかけ離れた、冷淡な眼差しを思うと身震いする。
まるで以前の彼に戻ってしまったかのよう。
エリアーナの硝子の心は、アレクシスを失望させたことで無惨に砕けた。
「……ねぇ、生徒会室にいた騎士様、素敵だったと思わない?」
エリアーナの心中を知る由もなく、アンはふにゃりと頬を緩める。
「瞳も髪色も神秘的で……銀色の狼みたいで綺麗だった。稀に見るイケメンよ? 生徒会メンバーもイケメン揃いだし、会長の周りってなんで美形ばかり集まるの? イケメン収集能力? はぁ……一度でいいから、あんな綺麗な
頭の中は黒い霧に覆われ、返事をする気力も沸かなかった。
──彼が私の旦那様だなんて、打ち明けられない……。
「でもさ」と、切り返し、アンは宙を睨む。
「私たちに《世話をしてくれ》だなんて、生徒会長も編入生ひとりに過保護すぎない?」
「……色々と
「問題って? だったらエリーだって編入生じゃない。性悪なジゼルに絡まれてるのも立派ないじめよ。むしろこっちを心配してもらいたいくらいだわ」
会長からの依頼は、編入して間もない下級生の面倒を見てほしいというものだった。
エリアーナと同じ編入生──気が合うかも知れない、と。
けれど彼女は相当なトラブルメーカーらしい。
今のエリアーナには、他人の面倒を見る余裕はなかった。
「広い書庫室だけど……
一階も二階も見渡すかぎり本棚が連なり、自習机に座る男子生徒が数人いるだけ。
「私は二階を探す! エリーは一階ね。長い黒髪にルビーレッドの瞳の女の子よっ」
「ちょっと、アン……?!」
呼び止める間もなく、アンは階段を駆け上がって行った。
小さくため息をつき、本棚沿いに歩いていると──
「エリー・ロワイエ?」
すぐ後ろから、聞き覚えのある声が届く。
振り返った途端、誰かの
「おっと。倒れるなよ?」
エリアーナの肩を支えたレオン・ナイトレイが、澄んだ
慌てて後退る──けれど、棚が並ぶ狭い空間では距離が取れない。
「本を探しに?」
「いいえ……人を」
「誰を?」
「……あなたこそ、こんな時間まで書庫室で何を?」
「本を二十三冊。会長命令でね。残り三冊が見つからないが……」
一呼吸置いて、彼の唇が悪戯めいた。
「代わりにおまえを見つけた」
意味深な微笑みに、エリアーナは息を詰める。
──やはり揶揄われているのだろう。
「私の眼鏡を……返して」
蒼い瞳を見上げ、強く訴える。
レオンは短く息を吸い、悪戯な表情に戻った。
「嫌だね」
次の瞬間、後頭部の髪がふわりとほどけ、宙に舞った。
長い髪がはらはらと落ちていく。
彼の手には、花の形を模した髪留めが。
「何するの、返して! それに眼鏡もっ……」
「どっちも返さない、と言ったら?」
「なぜこんなことを……ひどいわ」
髪留めを取ろうと手を伸ばすが、届く寸前でかわされる。
レオンは目を細め、形良い唇の端を上げた。
「どうしてって? このほうが似合うから」
「勝手な事ばかり……あなたに私の事情なんてわからない……!」
アレクシスとの遭遇から引き摺る混乱と悲しみが込み上げ、目頭が熱くなる。だがレオンは構わず続けた。
「ああ。
長い指先が頬をかすめ、銀糸の髪をひとすじすくい上げた。
見せつけるように、それを鼻先へと持っていく。
──ひとつの、事実……?
意味深な言葉に小さく息を呑むエリアーナ。
視線を絡めたまま、レオンは静かに告げた。
「一目でおまえに惚れた」
エリアーナの丸い両目が見開かれる。
夕陽を映し取った蒼色が、きらりと揺れた。
「それが、俺の事実」