2学期の中間テストが終わり、大きな解放感と、そして少しの緊張感が入り混じる放課後。
俺は一目散に地学教室へ向かった。
地学の補習を受けるのかって? 違うね。バンドの練習をするためだ。この肩にかけているギターケースがその証拠。
新メンバーがそろっての練習は、今日が初めてである。
バンドにとってメンバーの脱退や新加入、解散・再結成は珍しいことではない。
俺は未来のロックスターになるために軽音部に入り、ロックで世界と戦うためにバンドを結成していた。しかし俺以外のメンバーが脱退することになり解散、今回新たなメンバーと新バンドを組んだのだ。
メンバーの脱退でへこんでいるかだって?
まったく、俺を見くびってもらっちゃ困るぜ。俺はロックを愛し、ロックに愛される男だ。
それにロックは絶えず転がり続け、変化していくもの。
そう、ライク・ア・ローリング・ストーンズ。先人は良い言葉を残してくれたぜ。もっとも、過去の偉人が言ってなきゃ俺が言ってるんだけどね。
いちいち立ち止まってなんかいられない。俺はロックを背負って未来へ向かって爆走している。
「ジン、遅いぞ」
教室に入ると、ひとりの女子が声をかけてくる。
机の上に膝を立てて座る行儀のよろしいとは言えない姿はロックならば許容範囲だ。
スカートからパンツが見えそうだったので俺は慌てて視線を逸らす。ロックスターが女子のパンツの一枚や二枚で動揺するわけにはいかない。パンツなどロックな俺の前ではただの繊維。
俺は軽く口笛を吹き、余裕の態度で「おう、早いな」と返す。
彼女の名は、
俺のバンドに新しく入ったボーカルだ。
ロックの女神に魂を売ったようなハイトーンな歌声に定評があり、その声ですべての観客の心を一発でえぐる。
ショートカットの髪型に、攻撃的な目が、まるでカミソリのように俺の心を切り裂いてくるようだ。
しかしお世辞にも大きいとは言えない胸に、どこかコンプレックスを持っているようで、俺はその完璧ではない姿にロックを感じるのであった。
おっぱいを大きさだけですべてを図るような奴はロックではない。これ、俺の名言。
彼女の制服を大胆に着崩すスタイルは校則なんてクソくらえの意思表示だろう。
こいつも反体制のロックにやられてしまっている。頼もしい奴だぜ、まったくよ。
「待ちくたびれたわよ、森村君。遅刻じゃないかしら?」
今度は窓際で、カールした茶色い髪を風に揺らしている女子が、俺に話しかける。ロックスターにとって遅刻は美談なんだぜ? そこんとこよろしく。
彼女の名は、
同じく新メンバーで、ベース担当だ。
すらっとしたスタイルに、ロングヘア。凛とした佇まいは、幼いころからしっかりと躾がされてきたと思わせる上品さがある。
一見優等生にも見える彼女のどこからあんな分厚いグルーヴが生まれるのか、俺は不思議で仕方がない。現に、家は大金持ちらしく、楽器のクオリティもすごく高い。
そしてはちきれんばかりのその巨乳にはロックの未来が詰まっていると言っても過言ではない。いつか俺の手で弾けさせてやりたいものだ。
おっぱいは大きさだけではないとさっき言ったところだが、勘違いしないでほしい。大きさは普遍的な正義でもある。大きければ大きいほど、夢と希望の目安になる。
そんな豊満なバストと華奢な指で縦横無尽にはじかれる4弦のベースに、俺は嫉妬すら覚える。まったく、とんだお嬢様ロックだぜ。
「マジおせーし。逃げたのかと思ったじゃん」
もう一人、教室の後方で柔軟体操をしながら、俺を生意気に挑発してくるジャージ姿の女子がいる。
彼女の名は、
ドラマーだ。
床の上で股を180度に広げ、上半身を倒すその柔軟性が、あのトリッキーでおてんばなドラミングに繋がっているのだろう。
ツインテールの髪型と整った顔は蠱惑的に男のハートを打ち抜く。
女子メン三人の中では最大の巨乳を持つ彼女、もはや爆乳女子。そのボリュームは並の男では扱いきれないだろう。ジャージの下のおっぱいは、今はただ不遜に眠っているようだが、一旦解放されると、世の男子はすべて羨望と狂気と欲望で前かがみになるに違いない。
伏せた龍、鳳の雛、とはよく言ったものだが、隠れた爆乳の破壊力こそ未来への希望である。
あの激しいドラミングと共に揺れる胸はまさにフリーダム。彼女にならばあのスティックでしばかれてもいい。
俺はそんな不埒なことを考えてしまいそうになる。俺のハートまでぶち抜きやがるぜ、まったく。
「すまんな。お前らもやる気満々じゃないか。俺のロックに、ついてこれるのか?」
そして俺の名は、
ギタリストだ。
ヴルストというバンドを組んでいたが音楽性の違いにより解散、俺一人だけになってしまった。そして新メンバーを募ったところ、軽音部に所属しながらもフリーであったこの三人のロックに取りつかれた女子たちが、新たに加わってくれたのだ。
そしてネオ・ヴルストと名を新たにし、今日が始動初日であった。
彼女らのテクニックやロックに対する気持ち、そしておっぱいは、俺も認めている。
なぜこんな実力を持った奴らがバンドも組まずにフリーだったのか疑問も残るが、逆に言えば俺は頼もしいおっぱい、否、新メンバーを手に入れることができたのだ。
ロックにはタイミングや運も重要だ。すべてのロックは出会いから始まるのである。ちなみにおっぱいも。
「さっそく曲を作ってきたんですけど、聞いてくれます?」
お嬢様ベースの天雷猫子が携帯音楽プレイヤーと、譜面を鞄から出した。
今日の午前中までテストだったにもかかわらず曲を作ってくるなんて、なんともロックに毒された女だぜ。
「私も詞を書いてきたぜ。世の中の腐った男どもへのレクイエムだ」
さらにはカミソリボーカルの千葉優雨が、世の男へ対するファッキンな気持ちをテーマに歌詞を書いてきたらしい。お前もロックからは逃れられないってことか。頼もしい奴だぜ。
「私も富士山のふもとでオールナイトライブをやり切れる体力をつけてきたんだけど。私なら中途半端な休憩なんかもなしで朝まで叩き続けられるし」
おてんばドラマーの月岡希依が、自信満々に長渕にケンカを売った。自分が一番じゃなきゃ我慢ならねえって気概、ロックだぜ。
「お前らもなかなかロックじゃねえか。よし、さっそく始めようか。俺たち4人、ネオ・ヴルストの門出だぜ!」
俺はギターを頭上に掲げた。
これから俺のロックは再び転がりだす。こいつら3人の新メンバーと共に、俺はロックスターになる。
ギター・森村陣。
ボーカル・千葉優雨。
ベース・天雷猫子。
ドラム・月岡希依。
これがネオ・ヴルストのメンバーだ。
俺たちがロックの頂点に立つ。いや、ロックの価値をさらなる高みへ押しあげてやる。
未来は明るい。俺たちがいる限り、この世界のロックは輝き続けるのさ!
――と、このときの俺は真剣にそう考えていた。
それが間違いだったと気付くのは、もう少しあとのことである。ロックにも勘違いはつきものであるが、今回はちょっと事情が異なっていた。
俺はまだ知らなかったのだ。
この新メンバーの中に、変態がいることを……。