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第2話 ロックと変態①

 とりあえず俺がヴルストを解散し、女子三人とネオ・ヴルストを組むことになった経緯を語っておくべきだろう。過去にこだわらないのがロックではあるが、ロックに歴史はつきものだ。しばし付き合っていただきたい。


 俺は富士六ふじろく高校の軽音部に入り、ヴルストというロックバンドを立ち上げ、活動していたのは周知のとおり。そしてそのバンドが終結する日の出来事から、始めようか。


 ロックにおいて終わりは始まりでもあり、バンドの終結こそ新たな道への第一歩である。なんら悲観することなく、むしろ新メンバーを加えることに俺は新しい可能性を見出していたのだ。


 しかしその日が俺のロック史に刻まれた伝説的な一日になったのだ。


「脱退? 一体どういうことなんだよ、万座まんざ?」


 九月末。放課後。地学教室。


 開け放たれた窓からは夏の余韻を残した生暖かい風が吹き込み、白いカーテンを揺らしている。俺はその風を背中に受けながら、三人のメンバーと対面していた。


 三対一の構図で、なんだか俺一人が責められているような気持ちになるが、俺は正義とロックを胸に立ちはだかっている。


「俺たち、ヴルストから脱退することに決めたんだ」


 俺の対面に立つ三人の真ん中の眼鏡の男、万座孝太郎が悪びれた様子もなくそうはっきりと俺に告げる。


 こいつは音楽に対する意識だけ高く、そのテクニックは赤子に毛が生えたようなものである。巨乳ならばすべて許されると思い、女子力をまったく磨かない女のようなもの。いわば偽女子力であり、偽ロックだ。


「俺たちって、瓜生うりゅう田頭たがしらもか? おいおい、冗談言うなよ」


 俺はメンバー三人を見渡し、思わず両手を広げた。「冗談にしても面白くないぞ」という欧米的な意思表示だったが、すしざんまいの社長みたいな格好だと気付き、なんだか恥ずかしくなってすぐやめた。すしざんまいの社長は別の意味でロックであるが、この場にはそぐわない。


「悪いな、もうお前にはついていけねーよ」


 黒髪をツンツンにワックスで固めている瓜生が、俺とは目を合わせずにそう言った。


 こいつは外見から入るタイプで、ファッションでロックをやっているような男だ。バストのカップ数を誤魔化すために必死で背中から肉をおっぱいに寄せてあげている女のようなもの。いわば偽おっぱいであり、こいつも偽ロックだ。


「音楽性の違い、ってことにしとこうや」


 小太りで額にうっすら汗をにじませている田頭が、俺を納得させるような口ぶりで嘯く。


 こいつはモテるためにバンドを組んだが、中身も外見もロックに追いついていない奴だ。貧乳なのに下着にも気を遣わない女のようなもの。偽カップであり、すなわち偽ロック。


「そういうことだよ。みんな、お前以外は脱退に納得してるんだ。ヴルストを解散してもいいし、お前ひとりでやっていくかは勝手に決めてくれ。森村」


 万座が最後に念を押し、「行こうぜ」と瓜生と田頭を促す。


 それを合図に、三人は面倒ごとをすべて終わらせたかのように颯爽と教室から去ろうとした。


「ちょ、待てよ! お前ら、これからどうするんだ? ハイスクフェスに出るためにみんなでがんばってきたじゃないか! それなのに、どうして?」


 俺の言葉に合わせて、窓から強めの風が吹きこんで来た。


 さっきはまだ夏の名残が感じられたが、今はその風がとてつもなく冷たくて、俺の体温と感情を一気に冷やす。


 その風が教室を出ていこうとしていた三人を立ち止まらせたのか、真ん中の万座がくるりと振り返った。眉根を下げ、どこか寂しそうな表情を一瞬見せる。


 口ごもる万座に、俺は思いをぶつける。


 偽ロックと揶揄してしまったが、こいつらは俺のバンドメンバーなのだ。


「万座。俺たちは同じ夢を見て、バンドを組んでたんじゃないか? 一緒にロックの頂点に立とうって、そう言ってたじゃないか。なあ、瓜生、田頭? 俺は納得いかねーよ!」


 ――夢。


 俺たち四人は軽音部に所属し、ヴルストというバンドを組んでいた。


高校生によるバンドコンテスト、ハイスクール・ロック・フェスティバルに出場するため、ずっと練習してきたのだ。


 その先の目標はもちろんメジャーデビュー。


 大それた目標なんて思ったこともない。俺は俺を信じて、ロックをやっている。


 昨日も、そして今日もこれからアイデアを出し合って曲を作る予定だった。


 なのに――。


「もうロックなんて古いんだよ。俺たち三人で、新しくバンド組むんだ」


 万座は俯き加減で、準備していたのであろうセリフを吐いた。


 その言葉は俺への絶縁状であり、これまで一緒に作ってきた音楽への拒絶であった。


「悪く思わないでくれ、森村。俺や瓜生、田頭も、新しい音楽を見つけただけだ。俺たちはEDMを始めるんだ」


 EDM――。


 それは「Electronic Dance Music」と呼ばれる、シンセサイザーやシーケンサーを使った、いわゆるダンスミュージックのジャンルである。簡単に言うと、ピコピコした音楽、と理解していただければ幸いである。


 すなわちそれは俺たちが今までやってきた生音重視のロックとはまったく異なる方向性の楽器を持たない音楽であり、すなわちバンドを否定するものであった。


「行こうぜ」


 瓜生が万座の肩を叩き、田頭はすでに教室の扉を開けて待っている。


 万座はもう後ろ髪をひかれることなく、三人は出ていった。


 俺はバンドメンバー全員に三下り半を突き付けられ、俺たちのバンド、ヴルストは事実上の解散となった。


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