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第3話 ロックと変態②

 ハイスクール・ロック・フェスティバル。通称HRFともハイスクフェスとも言う。


 全国の高校生バンドによる登竜門的コンテストであり、毎年8月の最終日曜日に開催されるロックフェスだ。


 コンテストの最終審査も兼ねており、その舞台に上がれるのはたった10組。その中からたった一組の最優秀バンドが決められる。


 もちろん優勝するに越したことはないが、ハイスクフェスの舞台に立つということは、メジャーデビューへの道が開かれることと同意であり、高校生バンドにとっての最高の目標でもあった。


 その舞台に立つまでには三度の審査をくぐり抜ける必要がある。


 まずはデモテープ審査。バンドのオリジナル音源を録音し、これをエントリー。その中から毎年100組ほどが一次審査を突破し、二次審査ではスタジオ審査、三次審査ではライブハウス審査が行われる。


 この三度の狭き門を突破した10組だけが、最終審査であるハイスクフェスの舞台に上がることができるのだ。


 俺たち四人、森村陣、万座孝太郎、瓜生博、田頭康太はヴルストというバンドを組み、そんな夢の舞台に上がるために活動していたのだ。


 なのに、どうして、こんなことに?


 俺はたったひとり、いつも練習している地学教室に残されたまま途方に暮れていた。三人の「元」メンバーが出ていった扉をじっと見つめ、事態の把握に努めた。


 メンバーが脱退してヴルストは俺一人になってしまった。


 これは解散を意味するのだろうか? それとも俺はひとりでヴルストの看板を背負っていくのだろうか? 西川貴教のTMレボリューションのように、森村陣のヴルストとしてやっていく?


 しかしそれには限界がある。俺はギタリストであり、ベースは触れてもドラムは叩けない。一人でロックをやるには、今の俺では荷が重い。西川さん、マジリスペクトだわ。


 それにハイスクフェスの一次審査であるデモテープ審査の締め切りは12月末。あと三か月しかない。


 にも関わらず、俺以外のメンバーは脱退し、バンドは空中分解。


 やはりこれは解散ということになるのだろう。


「俺の夢は、終わりなのか?」


 そんな芝居がかった独り言は、グラウンドを走っている野球部の掛け声でかき消される。それは俺の夢と、俺の存在自体までも否定されたようでつらかった。


 俺はスターになって、この世界のロックの頂点に立ってやる。それが幼いころからの夢だった。


 ジン・モリムラ。この名前を世界に轟かせようと考えていた。


 中三のときにお年玉を貯めて買った初心者用ギター。


 高校生になって軽音部に入り、あいつらとバンドを組んだ。


 高3の夏に行われるハイスクフェスに出るため、俺は必死でロックと向き合った。


三度の飯よりギターを弾くことに命を賭けた。腹は減ってもロックへの探求心はいつもそれ以上に腹ペコだった。


 なのに、信じていたメンバーに逃げられた。


「俺のロックは、こんなことで終わってたまるか!」


 今度は野球部にかき消されないように、大声で叫んだ。


 魂の咆哮。ロックとはいつも、不条理への抵抗である。


 俺はまだロックの扉さえも開けていない。俺のロックはこんなところで終わるわけにはいかない。


 見ている未来は、まだまだもっと向こう。


 この空の、海の、時代のもっと向こうだ。


「俺は絶対、ロックスターになってやる!」


 俺は窓の外に手を伸ばした。この手にすべてをつかみ取るため、世界のロックを手に入れるため。決してすしざんまいの社長ではない。あしからず。


 そのためには、新メンバーを見つけなくてはならない。


俺とロックを共にする仲間を探そう。そして新たなバンドを組むのだ!


「こうしちゃいられない!」


 俺はギターケースを担ぎ、地学教室を飛び出した。俺と同じ夢を見られる仲間を探すために、新たなソウルメイトを見つけるために。


 未来と可能性は無限大。終わりは始まり。


ロックは俺を裏切らないのに、俺が諦めてどうする!



――こうして俺、森村陣のロック第二章が始まることになる。


 それが地獄の道のりになるとは、このときはまだ少しも考えていなかった。


 新メンバーが巻き起こす騒動により、俺がロックで迷子になってしまうのは、もう少し先の話である。

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