ハイスクール・ロック・フェスティバル。通称HRFともハイスクフェスとも言う。
全国の高校生バンドによる登竜門的コンテストであり、毎年8月の最終日曜日に開催されるロックフェスだ。
コンテストの最終審査も兼ねており、その舞台に上がれるのはたった10組。その中からたった一組の最優秀バンドが決められる。
もちろん優勝するに越したことはないが、ハイスクフェスの舞台に立つということは、メジャーデビューへの道が開かれることと同意であり、高校生バンドにとっての最高の目標でもあった。
その舞台に立つまでには三度の審査をくぐり抜ける必要がある。
まずはデモテープ審査。バンドのオリジナル音源を録音し、これをエントリー。その中から毎年100組ほどが一次審査を突破し、二次審査ではスタジオ審査、三次審査ではライブハウス審査が行われる。
この三度の狭き門を突破した10組だけが、最終審査であるハイスクフェスの舞台に上がることができるのだ。
俺たち四人、森村陣、万座孝太郎、瓜生博、田頭康太はヴルストというバンドを組み、そんな夢の舞台に上がるために活動していたのだ。
なのに、どうして、こんなことに?
俺はたったひとり、いつも練習している地学教室に残されたまま途方に暮れていた。三人の「元」メンバーが出ていった扉をじっと見つめ、事態の把握に努めた。
メンバーが脱退してヴルストは俺一人になってしまった。
これは解散を意味するのだろうか? それとも俺はひとりでヴルストの看板を背負っていくのだろうか? 西川貴教のTMレボリューションのように、森村陣のヴルストとしてやっていく?
しかしそれには限界がある。俺はギタリストであり、ベースは触れてもドラムは叩けない。一人でロックをやるには、今の俺では荷が重い。西川さん、マジリスペクトだわ。
それにハイスクフェスの一次審査であるデモテープ審査の締め切りは12月末。あと三か月しかない。
にも関わらず、俺以外のメンバーは脱退し、バンドは空中分解。
やはりこれは解散ということになるのだろう。
「俺の夢は、終わりなのか?」
そんな芝居がかった独り言は、グラウンドを走っている野球部の掛け声でかき消される。それは俺の夢と、俺の存在自体までも否定されたようでつらかった。
俺はスターになって、この世界のロックの頂点に立ってやる。それが幼いころからの夢だった。
ジン・モリムラ。この名前を世界に轟かせようと考えていた。
中三のときにお年玉を貯めて買った初心者用ギター。
高校生になって軽音部に入り、あいつらとバンドを組んだ。
高3の夏に行われるハイスクフェスに出るため、俺は必死でロックと向き合った。
三度の飯よりギターを弾くことに命を賭けた。腹は減ってもロックへの探求心はいつもそれ以上に腹ペコだった。
なのに、信じていたメンバーに逃げられた。
「俺のロックは、こんなことで終わってたまるか!」
今度は野球部にかき消されないように、大声で叫んだ。
魂の咆哮。ロックとはいつも、不条理への抵抗である。
俺はまだロックの扉さえも開けていない。俺のロックはこんなところで終わるわけにはいかない。
見ている未来は、まだまだもっと向こう。
この空の、海の、時代のもっと向こうだ。
「俺は絶対、ロックスターになってやる!」
俺は窓の外に手を伸ばした。この手にすべてをつかみ取るため、世界のロックを手に入れるため。決してすしざんまいの社長ではない。あしからず。
そのためには、新メンバーを見つけなくてはならない。
俺とロックを共にする仲間を探そう。そして新たなバンドを組むのだ!
「こうしちゃいられない!」
俺はギターケースを担ぎ、地学教室を飛び出した。俺と同じ夢を見られる仲間を探すために、新たなソウルメイトを見つけるために。
未来と可能性は無限大。終わりは始まり。
ロックは俺を裏切らないのに、俺が諦めてどうする!
――こうして俺、森村陣のロック第二章が始まることになる。
それが地獄の道のりになるとは、このときはまだ少しも考えていなかった。
新メンバーが巻き起こす騒動により、俺がロックで迷子になってしまうのは、もう少し先の話である。