目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 ロックと変態③

 俺はメンバーの三人に逃げられたが、やはりバンドとしてハイスクフェスにエントリーする必要があったのだ。即ち新メンバーを入れて新しいバンドを立ち上げようと考えていたのだった。


 一週間後に二学期の中間テストを控え、放課後の校内はまばらであった。


学校の雰囲気はテスト前の焦燥感で満ち溢れており、どこか生徒たちは不安に駆られてそわそわしているようであった。


 そんな中、メンバーに去られた俺は軽音部の部室である視聴覚室に向かっていた。


 明日からテスト期間に入ってクラブ活動が禁止されることもあり、軽音部の部員をまとめて捕まえるには今日しかチャンスがなかったのである。


 できれば今日中に、新メンバーの目星をつけておきたかったのだ。


 正直、テスト勉強なんかするつもりもなかったが、このまま二週間もバンドが空中分解したままほったらかしにできるほど、俺は気が長い方ではない。


 ロックスターとはカップラーメンが出来上がる三分でさえ待てない生き物である。カレーが辛すぎたり、シャワーが熱いだけで家に帰ってしまうような人たちである。


 ……まったく、ロックとは厄介な存在だぜ。



「あれ、森村君?」


 地学教室から軽音部の部室に使っている視聴覚室に向かうために渡り廊下を走っていると、その先でひとりの女子が俺に気付き、振り返った。


 軽音部の部長であり三年生の満村真理みつむらまりであった。


「部長!」


 真理部長は長い髪を後ろで束ね、制服を校則通りきちんと着こなしていた。いわゆる優等生であり、成績も学年ではトップクラスと聞く。それゆえ生徒会長に推薦されたほどだったが、本人はそれを拒否したという。理由は分からないが、目立つ立場は苦手らしかった。


 それでも軽音部の部長を引き受けてくれたのは、彼女が大の音楽好きだということが影響している。本人も幼少のころからピアノを弾いており、その腕前はそのままリスペクトに繋がっている。


 こんなスマートでクレバーな見た目とは裏腹に、実はヘビメタをこよなく愛するという音楽的嗜好を持っており、そのギャップに俺も魅かれるところがあるのだ。


 ロックとラブコメにはギャップが必須である。これマジ。


「ヴルストの練習は終わったの?」


 真理部長はもちろん部員たちがどのような音楽活動をしているのか把握している。俺がヴルストというバンドを組んでいて、毎日地学室で練習していることも承知の上だ。


「いや、あの、部室に行こうと思って」


 俺はヴルストが解散して練習どころではないことを、とりあえず黙っておいた。


 メンバーに逃げられたことを、部長に知られたくなかったというのが本音である。すぐにバレるだろうが、こんな往来で気軽に話せることでもない。できればどこか喫茶店で二人きりで相談したいものだが、そんな大胆なことをする余裕も甲斐性もない。俺ってばピュア。


「そう。私もこれから行くところなの。一緒に行きましょう」


 真理部長は部員に対しても上級生ぶったところもなく、人望も厚かった。


 部員たちの意見を尊重し、自由に活動させてくれているのだし、美人の部長と話せることは何より嬉しかった。


 それに割と巨乳でもある。俺のスカウターによるとDカップ。デスメタルのDだ。


「明日からテスト期間に入って活動禁止になるでしょ。だからみんなに連絡だけしておこうと思って。うちの部、テスト前だからって関係なく活動しちゃうから先生に目を付けられてるのよ」


 うちの富士六高校ではテストの一週間前になるとクラブ活動は全面的に禁止される。野球部もサッカー部も、もちろん軽音部も例外ではない。


 しかし俺たちはそんな学校に決められたことなど守るつもりもなく、いつだって音を鳴らしているような音楽バカばかりだった。


 だって、校則に黙って従うのはロックじゃないだろう? ロックというやつはいつ何時も俺を縛らないのだ。


「そうだったんですか。反省します」


 しかし部長が先生に怒られるのならば、俺も自粛しなければならない。といっても、一緒に音を鳴らすメンバーはもういないのだが。


 真理部長は手に譜面を持ち、しゃなりしゃなりと華麗に歩く。部長自身はピアノをやっていることもあり、その歩様も音色と同様に色気を感じてしまう。


 俺もその官能的で穏やかなスピードに合わせるように、小幅で歩く。


 こうやって二人で並んで歩いていると、すれ違う生徒と目が合う。


 俺と真理部長のことをどう思っているのだろうか。もしかして放課後の恋人たちと勘違いされただろうか。まるで甘ったるいラブソングの世界。好みじゃないが、憧れはある。


 俺は思わず内股になってもじもじしてしまい、窓ガラスに映った自分のかっこ悪い顔を見て正気に戻る。


 ……まったく、恋にときめくなんてロックじゃないぜ。


「そういえば、万座君たちは? 今日は一緒じゃないの?」


 痛いところをつかれて、俺は現実に戻された。


「あの、実はですね……」


 隠してもすぐにバレてしまうことだ。俺は覚悟を決め、ついさっき起こったヴルストの痴態劇を部長に説明することにした。


 俺がメンバーたちに一方的に捨てられたという悲観的な現実は伏せつつ、音楽性の違いでの解散ということを前面に出すことで俺は気持ちの整理を図った。


「そう。うまくやってると思ったのにねぇ」


 真理部長は口を押え、ヴルストの解散を惜しんでくれた。


「ごめんなさい。部長として気づいてあげられなくて」


 ヴルストが解散したことに、部長はひとつも悪くないのに謝ってくる姿を見て、俺は心が痛んだ。


「部長は何も悪くないです! 悪いのは……」


 悪いのは誰なのだろうか? 


 俺はまだその答えを見つけられていない。ロックという音楽に責任を押し付けるほど、俺は愚かではない。


「誰も悪くありません。これ以上は輝けないと思ったから……」


 俺は無理やりロックでかっこいい解散理由をでっちあげ、ちらっと部長を横目で見た。


「そう。残念ね。でも、森村君ならもっと輝けるはずよ」


 そう言って、真理部長はじっと俺の目を見つめてきた。


 またちくりと胸が痛んだが、俺は部長のためにももっともっと輝いてロックに生きると決めた。


「それで、新しいメンバーを見つけようと思って。今軽音部にフリーな奴っていますかね?」


 部員の状況を把握している部長だ。解散を告白した以上は部室に着くまでにある程度メンバーの目星はつけておきたかった。


「そうねぇ。今は一年生たちもみんなバンドを組んでしまったみたいだし、今年はソロでやってる子も少ないのよね……」


 部長は頬に手を当て、ひとりひとり部員を思い出しているようだった。


 考える女子、というのはいつも男を魅了する。


 こうやって悩む真理部長の姿は、今すぐにでも彫刻にしてしまいたいほど魅力的だった。ロダン、分かるぞお前の気持ち。お前もきっと彫刻ではおっぱいの柔らかさの表現ができないので悩んだことだろう。


 そんなことはさておき、正直、俺は軽音部が全員で何人いるかも把握していなかった。


 というのも、軽音部自体が全員で顔を合わせる機会などほとんどなかったからだ。チームスポーツでもなく、それぞれの部員がそれぞれの音楽活動をする。その所属先というだけの存在、それが軽音部なのであった。


 現に俺のヴルストも空き教室である地学教室で練習しており、部室にはまったく近寄っていなかった。


 中にはソロで弾き語りをしている奴もいるし、パソコンで音楽を作っている奴もいる。きっとそいつらも部室に行く理由などないはずで、文化祭のライブで初めて軽音部の部員を知ることもよくあるのだった。


「でも、確か、二年生で何人かいたような気がするわ」


 真理部長は心当たりがあったかのように呟いた。

 俺と同じ二年生ならば気も使わないでいい。


 しかし部長の表情が一瞬曇ったのを、俺は見逃さなかった。


「男ですか?」


「いえ、女子なんだけど……」


 俺のバンドに女子が入ることを懸念しているのか、部長の真意は分からなかった。


 最近では男女混合バンドも増えてきている。むしろドラムやベースのリズム隊は女子の方が優れているという声も聞こえている。


 しかしフリーな人間がいるとしても、バンドを組むとなるとそれぞれのパートがある。極端な話、ドラマーばかりが余っていてもどうしようもない。


「森村君がギターでしょ? あとはベースとドラムが必要よね」


 さすが真理部長は話が早く、俺の不安にしているところを一瞬で汲んでくれた。


 ヴルストでは俺がギターボーカルとして、歌も歌っていた。


 しかしそれはメンバーが誰も歌いたがらなかったことが原因で、俺はできればギターに専念したいのである。ボーカルの才能はお世辞にもあるとは言えなかった。


「できれば、ボーカルもできる人がいればいいんですけど」


 贅沢な話とは思いつつも、俺自身ボーカルを続ける覚悟はできていた。何しろこんな状況だ。パートがぴったり当てはまる可能性は極めて低い。


「ボーカル、ベース、ドラムかぁ。うん、何人か紹介できると思う。その子たちもバンドを組みたいって言ってた気がするの」


「本当ですか?」


 なんとかなるかもしれない。

 俺は部長の言葉に淡い期待を抱いた。


 しかし、バンドを組むのはトランプの相手を探すように簡単なものではなく、一筋縄ではいかない。何しろ担当のパートの問題もそうだし、音楽性の違いがある。


 フォークをやりたい奴をロックバンドに誘うわけにもいかないのだ。メタリカでギターを速弾きするさだまさしなんて想像もつかないでしょう? 俺はちょっと見てみたいけど。


「でも、どうかしら?」


 真理部長はどこか乗り気でないようだ。

 やはり俺が女子とバンドを組むことに対して嫉妬しているのか? それならば俺は嬉しくもあり、複雑な気分だ。

 ロックスターにとって酒と女とドラッグは欠かせない要素である。


 いかんせん俺は未成年なので酒は飲めないし、ドラッグもバファリンくらいしか飲まないし、あとは女でやんちゃするしかないのは事実である。


 ロックのためなら女房も泣かすくらいでないと、スターにはなれないのだ。


 ロックスターとはかくも罪作りな存在である。ロックスターに憧れる女子たちは、今一度考え直してほしい。ロックな男なんて、俺以外はろくでないな野郎たちだよ。


 なので俺に憧れる女子がいるのならば決して拒まないし、できるだけ優しくしようと心がける。ロックの半分は優しさでできているところもあるので、安心して俺の元へ来てほしい。


 中でも俺の優しさはロック界随一であると自負しているので、要約すると、俺も彼女が欲しいということであり、真理部長のような巨乳で思いやりのある女子ならば泣かすことなく一生一緒にいる所存でもある。関白宣言なんてもう古いですよね。


 えっと、何の話だっけ?


 そんなこんな無駄な心配をしているうちに、俺たちは軽音部の部室である視聴覚室に到着していた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?