視聴覚室は防音のために扉が二つある。第一の扉を開けた先にはげた箱が並んだスペースがあり、ここで靴を脱ぎ、第二の扉を抜けて室内に入るという具合だ。
教室の鍵が開いているということは、誰かがすでにいるということだ。部室である視聴覚室の鍵は二つあり、ひとつは真理部長が常備、もうひとつは職員室に保管されている。そっちのほうを持って来れば部員なら誰でも教室には入れるのだ。
「おつかれさま」
真理部長がふたつの扉を開けて教室の中に入ると、そこには何人かの生徒が、それぞれの楽器を手にして自由に過ごしていた。
アコギをつま弾いている生徒、ヘッドホンをつけてエレキギターを弾いている生徒、譜面を眺めながらなにやら独り言を言う生徒、スティックで並べられたクッションを叩いている生徒などなど。
彼らは教室に入ってきた真理部長を認めると、会釈をしたり、「おつかれっす」と返してみたり、まったく無視をして自分の音楽の世界に浸っている者もいる。
これが軽音部の自由さの所以であった。
俺はこの中に未来のメンバーがいるかもしれないと、教室内を見渡すのであった。
ひとつ助かったのは、さっき非業の別離を迎えた元メンバーである万座、瓜生、田頭の三人がいないことであった。あいつらも解散の報告を部長にしに来ている可能性もあったからだ。俺としてはできればまだ会うのは避けたい。
「みんな、知ってると思うけど、明日からはテスト前で活動禁止だからね」
ここにいるのが軽音部員全員であるわけがなく、今もどこかで独自に活動をしている者たちがいるはずである。この部長のアナウンスがどこまで部員に対して有効かは正直よくわからない。
「でも部長、ここなら音も外に漏れないし、練習する分には自己責任でオッケーっしょ? これまでもそうでしたし」
ヘッドホンをしながらギターを弾いていた男子が、暗黙の了解を主張し出した。悪気は全くなさそうで、彼のピックさばきを見るに、どうやらヘビメタの速弾きを練習しているようだ。
さっきも言った通り、この視聴覚教室は二重扉にもなっているので音漏れは気にしなくていい。
「今まではそうだったけど、先生にきつく言われてるのよ。ですので明日からこの部屋には出入り禁止。職員室の鍵も持ち出せないようにしとくからね」
部長の強硬手段に部屋の中から「えー」という声がこだました。
音楽をやる者たちにとって、学校による強制と支配はいつだって反抗したいものである。それはロックもポップも演歌も関係ない。自由を求める本能である。
「視聴覚室が使えないからって、他でギター弾いたりしちゃダメだからね。テスト終わるまで、部活は禁止です」
あくまで校内では、ということである。
俺もギターの練習を二週間もサボるわけにはいかない。ギターを触らないでいると、その腕はみるみるうちになまってしまう。俺も家ではこっそり練習するつもりだし、みんなきっとそうだろう。みんな音楽を愛し毒されているバカばかりなのは、俺もよく知っている。
部長に対しブーイングが出たが、本心でないことは誰もが理解している。真理部長も軽音部ではカリスマなのだ。ミューズなのだ。心の恋人なのだ。
いかんいかん、俺は真理部長のすばらしさを再確認するために部室に来たわけではない。新メンバーを探しに来たのだった。
「部長、それより、フリーの部員は……?」
俺は小声で真理部長に尋ねる。あまりヴルストが解散したことを吹聴したくないという、保身のためである。
やっぱバンドのメンバーに逃げられたとなると、中には「だっせ」とか「恥ね」とか「ロックを語るな」とか心ない意見が出てくる可能性がある。できれば俺もそんな声を聞いて遺憾な心を抱きたくはない。ロックスターとは孤独でセンチメンタルなのだ。
「あ、そうだったわ。千葉さん、それに天雷さん!」
真理部長は部屋の中にいる二人に呼び掛けた。
女子とは聞いていたが、その声に反応した二人を見て、俺は少し驚いた。
「なんか用すか、部長」
千葉と呼ばれた女子はぶっきらぼうに言いながら、立ち上がる。ショートカットで目つきが鋭く、そしてスカーフすら巻いていないアウトローな制服の着こなしをしていた。
まるでヤンキー。俺は第一印象でそう感じざるを得なかった。
というのも、俺を睨み付けてくるのだ。ロック魂を根幹に感じるその態度は褒めてやりたいが、俺はちょっとびびってしまう。初対面ですよ?
それに胸は小さく、巨乳の部長と並ぶとその物足りなさが際立つ。俺の見立てではAカップ。オルタナティブロックのAだ。態度も野性的で、ぴったりと言わざるを得ない。
そしてもうひとり、天雷と呼ばれた女子。
彼女は読んでいた譜面をファイルに綴じ、「お疲れ様です」とぺこりと頭を下げた。
さっきの千葉という女子とは対照的に上品な雰囲気を纏っており、俺も思わず会釈を返す。
話しやすそうな雰囲気であった。お嬢様系というかおっとりしているというか、そのカールした髪は品を感じる。ただしそれが俺の求めるバンドのメンバーとして、ロックにふさわしいかは疑問である。
そしてその彼女の胸。やはりその雰囲気に飲まれるようにおっぱいも上品なようだ。俺の見立てではBカップ。まだ成長の余地ありとは見るが、ブルースロックのBといったところか。
しかし形は良さそうで、制服の下にはお椀型の美乳が潜んでいるに違いなかった。運勢と乳首は上向きが良いとは俺の談。
千葉と天雷。微乳と美乳。甲乙つけがたいが、どちらが優れているという評価をするのは野暮ってもんだ。「おっぱいいっぱいすべて良い」が俺のモットーである。俺が死んだら墓標に刻んでくれよな。
「森村君のこと知ってる?」
真理部長の前にやってきた微乳の方が、「知らないっすね」と慇懃に首を横に振る。
知られていないことに少し残念に思ったが、それはお互い様である。
「部長、こいつがどうしたんですか」
と、面識がないにもかかわらず「こいつ」呼ばわりする千葉というヤンキー女。
「優雨ちゃん、失礼よ。ごめんなさい」
もうひとりのおっとり系の女子、天雷が千葉に代わり頭を下げる。
やはり真理部長はこのふたりの女子を俺のバンドメンバーに紹介しようとしているらしい。