ロックにとって出会いは運命と嘯いていたが、今のところ俺はこの二人とバンドを結成し、一緒に音を鳴らすイメージが沸いてこなかった。
訝しんだ目で睨んでくる千葉と、申し訳なさそうな天雷。俺も訝った眼で様子を窺う。
どうやらお互いのファーストインプレッションは良いものではないのは肌で感じる。
「彼は森村君。実はバンドメンバーを探しているの。それで、彼女が
真理部長も俺たちの不穏な空気を察知したのか、間に立ってお互いを紹介した。
「どうも、森村です」
同じ高2だとは聞いていたが、まずは敬語で接することにする。ロックにも礼儀は必要だ。
「バンドメンバーを? 確か森村君はヴルストってバンドを組んでたんじゃ?」
ほう、どうやらこの美乳のお嬢様系女子の天雷猫子は俺のことを知っているらしい。まったく、俺という存在はすでに校内でも知れ渡っていたのか。ロックを背負っている俺は罪な男だぜ。
「ヴルスト? ああ、あのぬるいロックをやってるバンドか」
と、今度は千葉優雨という微乳ヤンキー女子が、俺のロックをぬるいと揶揄してきた。お酒はぬるめの燗が良いとは聞くが、ロックはアツアツ志向の俺は黙っていられない。
「なに? ぬるいロックだと?」
大人げないと思ったが俺は、千葉を見下ろす。
制服にスカーフが巻かれていないラフな格好なので、そのセーラー服の胸元がちらりと見えそうになっている。
――見えるのか、見えないのか?
この千葉という女子の制服の向こう側にあるふたつのおっぱいロックが気になって、俺は目が泳ぎそうになる。小さくてもおっぱいはおっぱい。おっぱいがそこにあれば、俺はいつだってその存在を無闇に扱わない。きっと俺のような男をおっぱい紳士というのだろう。イギリスに行けば爵位をもらえるはず。サーおっぱい。
「ああ、ぬるいって言ってんだよ。特にあのボーカル、猫が鳴いてるのかと思ったよ」
おっぱい紳士の俺に向かって、この千葉という女は挑発してきたようだ。
ヴルストのボーカルは、もちろん俺。
ケンカを売られた俺はひとまず煩悩を封印し、がっつり千葉と視線を交える。今はおっぱいよりも、俺のロックを守らねばならぬ。紳士協定はここまでだ。
「猫だと? それはどういうことだ?」
「その言葉通りさ。盛りの付いた猫の方がまだロックだぜ」
俺はそもそもギタリストであり、仕方なくボーカルもやっていただけだ。万座も瓜生も田頭も歌いたがらなかったため、バンドの編成上で仕方なかったこと。
しかしそんな言い訳をして、この千葉という女に愛想を振りまくわけにはいかない。ロックとは売られたケンカに尻尾を振るわけにはいかないのだ。ましてや俺は猫なんじゃない。
俺と千葉は額を擦りつけるように睨み合う。あ、なんかいい匂い。
「やめてよ、優雨ちゃん! 誰彼構わずケンカ売るようなことしないの!」
「森村君も落ち着いて!」
天雷と部長が、それぞれ俺と千葉を引き離す。
一触即発とはこのことである。部室の中はいつの間にかしんと静まり返り、俺と千葉の動向を見守る態勢になっている。
そんな空気を察し、俺は冷静さを取り戻した。
何もこの女とバンドを組むことが決まったわけでもなく、そもそも決定権は俺の方にあるのだ。最初から音楽性の合わない奴とメンバーを組んで、うまくいくわけがない。
「部長、どうやら当てが外れたようです」
どうやら熱くなりすぎたようだ。この女に熱くなる価値はないと判断した俺は、この千葉という女から視線を外し、部長に詫びた。
「はん、根性のない奴だな。そんなもんでロックを語るんじゃねえよ」
千葉は最後に吠えて、そのまま軽く机を蹴った。俺にはその姿が負け惜しみにしか見えなかった。俺は千葉のロックにもおっぱいにも見事勝ったのだ。
「猫子、行こうぜ」
千葉は俺にも部長にも興味を失ったかのように、天雷猫子の肩を叩いた。
「ちょっと待って、優雨ちゃん」
しかし天雷は流されることなく、俺の目の前に立っている。
俺は眉間に皺を寄せ、目の前のお嬢様系女子の肢体を観察する。
(ま、まさか……!)
なるほどどうして、まさかこの俺は一杯食わされていたようだ。
天雷猫子の、きちんと着こなされた制服、その下に隠された胸。その整った形までは読み切れていたのだが、大きさをBカップと読んだのは見込み違いだったようだ。
この女、隠れ巨乳だ!
天雷の制服の胸元はパツパツに突っ張っており、その下で「疾く解放せよ!」とばかりに窮屈に嘆いているかのようなバストに、俺は刮目したのだ。
地味な女ほど、自分の武器に気付いていないケースが多々あるのだ。
そのひとつが、巨乳。
巨乳とは世のビッチにとっては強力な武器であり、男の視線を自分の胸に引き寄せるような罠を仕掛けてくることが多い。あえて谷間を見せるような服を着る女こそ、その典型的な例だ。男はまんまとその罠にかかり、おっぱいに視線を釘付けにし、本能と性欲を捕縛されてしまうのだ。蓋し悲しいことである。
しかしこの天雷猫子という女子――。
彼女はその無限大に広がる武器をまるで活用する気概を見せず、校則通りの制服により隠そうとしている。これは自分の魅力に気づいていないという迂闊さだと甘く見てはいけない。
考えてもみたまえ。俺たち男は想像力という自由すぎるビジョンを持っている。いわゆる妄想。
あの制服の下にはどんな宇宙が広がっているのかという妄想こそ男の本懐。バレバレの罠にかかるよりも、見えないことによりかきたてられるイマジネーション。それがおっぱい。
訂正させてほしい。天雷の胸をさっきはBカップと見立てたが、これは脱いだらすごいパターンのEカップだ。エモーショナルロックのE。ファイナルアンサーだ!
これまでの常識を打ち破り地動説を閃いたコペルニクスのような俺の偉業である。これをモリムラ的転回と名付けよう。
「まさか猫子、そいつの話を聞こうってんじゃないだろうな?」
俺が天雷猫子のおっぱいをイマジンしているにも関わらず、千葉がAカップのくせに再び俺を睨み付ける。
賢明なる読者諸君よ、俺は微乳を批判しているわけではない。世の中には貧乳マニアという一定の層も確実にいるし、そのアーティスティックな嗜好は巨乳と一概に比較できるものではない。おっぱいの大きさなどひとつの物差しに過ぎない。
しかし俺はいかんせんよくばりの腹ペコであり、常にお腹いっぱいおっぱいを感じたいのである。
いくらあっても邪魔にならないのはお金とおっぱい。俺はそう思う。これは好みの問題であり、決して千葉の微乳を否定しているわけではないことをここに補足しておくのでヨロシク。うどんも好きだがそばのほうが好き、というハイレベルな観点である。ついてこれる奴だけ、俺についてこい!
「優雨ちゃん、バンドで歌いたいって言ってたじゃない? 今軽音部でフリーなのは私と優雨ちゃんだけだよ? このままだったら来年のハイスクフェスに間に合わないよ」
(ハイスクフェス!)
天雷の口からその単語が飛び出し、俺はつい反応してしまった。彼女らもハイスクフェス出場を狙っている?
そして千葉も同じように動揺を隠しきれず、図星を突かれたことを隠すかのように小さく舌打ちをした。
「……もう仕方ねえよ。今からバンド組んで、曲作ってたら間に合わねえ。そいつがギターだとして、猫子がベース。私がボーカル。ドラムがいないバンドなんて、ありえねえよ」
千葉が俺が肩にかけているギターバッグをチラ見して、そう呟く。諦めとも言えるそのつぶやきに、俺は黙っていられなくなる。
「おい、諦めるのか?」
「あん?」
俺の言葉に、千葉が鷹揚に振り向く。
「お前もハイスクフェスに出るのが夢なんだろ? それを、諦めるのか?」
「は? お前に何が分かるってんだよ。口出すんじゃねえよ」
俺と千葉の攻防に、部長と天雷はおろか、部屋にいる部員全員が固唾を飲んで見守っている。
「お前の夢はずいぶんと簡単に諦められるものなんだな。そういうのは夢って言わないぜ。寝言っていうんだよ。覚えとけ」
「なんだと? てめえ、なんて言った?」
千葉が俺の胸倉をつかみ、ぐっと顔を近づける。あ、やっぱいい匂い。
彼女の眉間には皺が寄り、鬼子のような目つきで俺を睨んでくる。思わずお漏らししそうになるが、その間近で見る千葉の肌は透き通るようで、なるほどどうして、綺麗な肌してやがるじゃねえか。失禁しそうになった股が今度はキュンと引き締まる。
「夢っていうのはな、寝ても醒めても自分の胸の中で燃えているもんなんだよ。諦めようと思ってもなかなか消えてくれない。そんな厄介なものなんだ」
俺もほんの小一時間前、その夢が瓦解しかけたのだ。メンバーが全員脱退して、バンドが解散した。
それでも俺は諦めるということは一度も考えなかった。
俺の夢、俺のロックはいつまでも、このキュンとしている股間と共に熱く燃えているからだ。
「お前の夢は、もう消えちまったのかい?」
俺の会心の一言に千葉がふと目を逸らした。
彼女の拳は太ももの横で固く握られていた。それは諦めとか後悔じゃなく、決心の意志に見えた。
彼女のハートは、まだ燃え尽きていない!