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第7話 ロックと変態⑥

「俺はこの世界でロックの頂点に立つ。それが夢だ。そのためにハイスクフェスを踏み台にするつもりだ。まあ、夢を諦めたお前には関係のない話だがな」


 攻守交替、今度は俺が千葉を攻める。


 俺にとっても新メンバーがいなければその踏み台に立つことさえできないのは分かっている。


 もし、もしもだ。この千葉という女が、本当にハイスクフェスを目指す夢を掲げ、本気でロックする可能性があるならば、メンバーとしてふさわしいならば……!


「私は……」


 俯き、口ごもる千葉を、俺も、そして天雷や部長もじっと見守る。


 千葉の夢はまだ消えていない。

 俺が彼女のハートに火をつけてやる。


「優雨ちゃん。私は森村君と、バンド組んでもいいよ。一緒にハイスクフェスを目指そうよ!」


 天雷が待ちきれず、新メンバーに名乗り出た。まったく、着火点の早い奴だぜ。俺のロックがそうさせたんだけどな。


「俺はこんなところで止まらないぜ。ドラムがいないだって? ないものは探せばいい。与えられなければ、奪えばいい。それがロックじゃないのか?」


 千葉と天雷。正直この二人がどんな歌を歌い、どんなベースを弾くのか、俺は知らない。


 しかしここで出会い、夢を語ったならば、それはすなわちロックではないだろうか。ロックの始まりとは、そういうもんだ。これが運命。ベートーベンもそう名付けるだろうよ。


「お前らのハートにロックが灯っているならば、俺は大歓迎だぜ」


 奥歯を噛みしめるような苦悶の表情を浮かべる千葉。吐いた唾を飲み込めないでいるのだろう。ここは俺が折れるしかない。まったく、ロックの特効薬は思いやりなんだぜ?


「千葉優雨。俺とバンドを組もう。そして、ハイスクフェスを、いや、ハイスクフェスの先にあるロックを目指そう」


 俺は千葉に右手を差し出す。


 千葉は俺の要求に応え、そっと、しかし力強く俺の手を握り返した。その表情にはもう迷いも諦めも、微塵も見えなかった。


「私も!」


 そう言うと天雷も俺の空いた左腕を掴み、握手をしてくる。


 こうして俺は新たなメンバーと出会ったのだ。


 ボーカル、千葉優雨。


 ヤンキーみたいに目つきが悪く挑発的な態度を崩さないが、どこか熱いものを持っている女だ。貧乳だが、すらっとした手足は非常に艶めかしく、むしろ貧乳であることを誇りに思えるスタイルであった。


 ベース、天雷猫子。


 お嬢様のような清楚で上品な風格と隠れ巨乳を持つ女だ。さっき握手したとき、俺は見逃さなかった。彼女の左手の指先の皮膚が固くなっていることを。これは毎日ベースを弾き続けている証拠である。この巨乳を揺らしながら弾くベースのグルーヴに俺はクラクラしそうだ。


 そして俺。ギター、森村陣。


 メンバー脱退の危機を乗り越え、ロックの頂点に立つという夢を叶えようとする高校二年。


 こうして新メンバーを迎え、新しいバンドででハイスクールロックフェスを目指すつもりだ。


 ロックに二言はない。俺のハートはいつも燃えている。


「よかった。森村君と、千葉さんに天雷さん。すごいバンドになりそうね!」


 おっと、真理部長を忘れちゃいけない。


 俺とこの二人を結び付けてくれた張本人である。まるでプロデューサーだ。


「部長、ありがとうございます。まだ音も出していないですけど、なんとかバンド、続けられそうです」


 俺は部長に向かって頭を下げた。


 すると教室の中からまばらな拍手が起こった。


「でも、ドラムはどうしましょう? 打ち込みで作るしかないかしら?」


 天雷がそんな俺に、いきなりバンドの問題を突き付けてきた。


 そうだ。俺たちのバンドにはドラムがいないのだ。天雷の言う打ち込みとは、コンピューターでドラムの音を作るということだ。


「できれば俺は生音にこだわりたいんだが、ドラムが見つかるまではそうするしかないか」


 ハイスクフェスにエントリーするにあたって、ドラムを打ち込みにするのはどこか不利なような気がする。やはりバンドと言うものは生音、その場で音を鳴らしてなんぼだという意識が俺の中にはあった。


「ふん。仕方がないさ。今はそれよりも曲を作ることを優先したほうがいいな。デモテープ審査まで三か月もないんだぞ」


 さっきまでバンドに入ることを渋っていた千葉が、今はもうハイスクフェスのことしか考えられないといったように急かしてきやがる。まったく、早漏な性格は他人事に思えないぜ。


「ああ、確かに。とりあえずドラムの音はパソコンで作って、メンバーが見つかり次第合わせてもらうことにしよう。オリジナル曲を作るだけなら、俺たち三人でもなんとかなるはずだ」


 デモテープ審査は既存の曲を演奏してもよかったが、やはりオリジナル曲でエントリーしたほうが有利なのは過去の結果を見ても明らかであった。


 ハイスクフェスに出るバンドはみな、プロデビューを目指している。コピーバンドでは意識が高いとは言えない。


「私は作曲できますし、優雨ちゃんは詞が書けるわよね? とりあえずはなんとかなりそうね」


 天雷が気丈に提案してくる。


 これまでヴルストでは作詞作曲は俺ひとりでやっていた。これからは分担できるようで、少し俺も肩の荷が下りたようだ。


「そうだな。とりあえず、ドラムが見つかるまでは三人で曲を作っていこうか。部長、もしドラムができる部員が見つかったら……」


「ええ。すぐ森村君に連絡するわ」


 真理部長も承諾してくれた。部員の動向に一番敏感なのは部長なので、助かる。


 しかしそう簡単にドラムができる部員が見つかるとは思えなかった。ギターやベースに比べてドラマーというのは絶対数が少ないのだ。高校生という立場で、ドラムをするには敷居が高すぎるのだ。


「校外から探すことも考えた方がいいかもしれないな」


「そうね。高校生ドラマーは絶対数が少ないから」


 千葉と天雷も、俺と同じことを危惧しているようだ。


 しかし校外からメンバーを入れるとなると、練習する場所や機会が合わないことも多々あり、俺はできるだけ同じ学校で見つけたいというのが本音だった。


「まあ、最初からすべてがうまくいくわけもないさ」


 俺は強がって見せた。


「ああ、そうだな」


「焦らず行きましょう」


 千葉と天雷も同意してくれる。


 とりあえずボーカルとベースが見つかっただけでも良しとしなくてはいけない。


 贅沢は言ってはいけないと、俺たちが思ったそのときであった。


 大きな音を鳴らせて部室の扉が開けられた。


「面白そうな話をしてんじゃん」


 扉の向こうから入ってきたのは、ジャージ姿の小柄な女子だった。


 俺はそのジャージの左胸に書かれた名前を確認しようとして、それどころではないことに気付き、思わず息を飲んだ。


(こいつ、とんでもない爆乳だ!)


 その濃紺の学校指定のジャージがはちきれんばかりに隆起しているのだ。


 俺は思わず赤と青の3D眼鏡をかけているのかと錯覚してしまった。それほどその女のバストが、俺の視界に飛び込んできやがる。


 Eカップ? いや、Fカップまであるぞ。こいつはファンクロックのFまである!


「月岡さん?」


 いきなり現れた爆乳に呆然とする俺の横で、そう叫んだのは真理部長であった。


 たしかにその豊満な胸には「月岡」という名前が刺しゅうされているが、今の俺にはそんな名前などどうでもいい。EかFか、それが問題なのである。部長といえど口出し無用だ。おっぱい鑑定士の異名を持つ俺を甘く見てもらっては困る。ついさっきも天雷の隠れ巨乳を見抜いたところだ。おっぱいのことなら、おいどんに任せんしゃい!


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