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第18話 増殖する変態③

 昼休みに地学教室に来たら、真っ裸でベースを弾いている天雷がいた。


「ちょっと待て、天雷。お前、さっきからここで何してたんだ?」


 俺は恐る恐る天雷猫子の事情聴取を行うことにした。はっきりさせなくてはならないことがある。


「だから、作曲してたのよ。放課後のバンド練習までに一曲できればいいなと思って。あと三か月以内にオリジナル曲を作ってハイスクフェスにエントリーするんでしょ?」


「それはそうだ。その通りだ」


「もう、森村君たら。当たり前じゃないの」


 天雷は、空は青い、水は冷たい、くらいの常識を教えるように優しく答えてくれたが、俺が聞きたいのはそんなことではない。


「それはそうなんだが、なんで裸だったのかを聞いてるんだ」


 俺は何を聞いているのだろうかという恥ずかしさが胸を襲った。女子に「お前はなぜ裸なんだ?」と聞くようなことが現実に訪れるとは。


「プレイスタイルってさっきも言ったでしょ」


「プレイスタイル?」


「そう」


 目の前にいるお嬢様系女子は何を言っているのだろう。上級階級しか分からない言葉なのだろうか?


「天雷。お前は裸でベースを弾くのが好きな子なのか?」


「好きっていうか、裸でしか弾けないというか。そんな感じ?」


 裸でしかベースが弾けない?


「それは、どういうことだ? お前はベースを弾くときはいつも服を脱がねばならんということか?」


 俺は危惧していたことに衝突する思いだった。


「音楽ってやっぱり楽器と自分がどれだけシンクロできるかにかかっていると思うの。私とこのベースが一体化するには、こんな服なんて邪魔でしかないでしょう? 私の魂を直接このベースに届けることによって、降りてくるメロディやロックがある。森村君だったら分かるでしょ?」


 まったく分からねえ。


 天雷は裸でベースを弾くことがさも当然のロック魂であるかのように宣うが、傍から見るとやはりそれは変態そのものだ。


「いや、でも、人前でベースを弾くときはどうするんだ?」


「もちろん、裸よ。それがベースに対する礼儀でもあり、私の流儀」


 天雷は威風堂々、そう宣言する。これ、情熱大陸? 発言がかっこいいんだけど。


「前のバンドではこのプレイスタイルが受け入れられなくって、仕方なく脱退することになったのよ。この国ってロックを突き通すには不自由よね」


 日本だけの問題じゃねーし。


「や、うちのバンドでもそれは大問題だ。百歩譲って音源を作ったりレコーディングはそれで構わないとしても、ライブはどうするんだ?」


 俺たちの夢は最終的にハイスクール・ロック・フェスティバルの舞台に立つことだ。もちろん裸でそんな大舞台に立つことなどできるはずがないし、ライブハウスですら出ることはできないだろう。この世界は猥褻物を陳列することに関してはめっぽう厳しいんだぜ。


「それは安心して。すでに私、前のバンドのときにここらへんのライブハウスには出禁食らってるから!」


 すでに出禁! 


 ていうか裸でライブしたんだ? クソ、観客としてもっと早く出会っていたかったぜ! 映像班! 映像班はいるのか? そのときのビデオを見せてくれ!


 なるほど、こんな圧倒的なテクニックを持つ天雷がどこのバンドにも所属せずにフリーでいたことに合点がいった。


 こいつがバンドにいると、ライブができないのだ。理由は、脱ぐから。


「つ、つまり、お前がいる以上、ライブはできないということか?」


「私はまったく問題ないんだけどね。ほんと、世界は窮屈よね」


 俺はがっくりと両肩が外れて落ちそうな気持ちになった。


 このままではメンバーがそろっていても、ライブができないということだ。


 千葉のドMという変態ならばなんとか内々に処理することはできる。


 しかしこの第二の変態に至っては、クセが強すぎる。裸でしかベースを弾けないとくりゃあ、まったく俺だってお手上げだぜ?


「曲を作るのは裸でいいとして、服を着たまま演奏はできないのか? せめてライブをする間だけでも」


「森村君。あなた、目を開けたまま眠ることができて? パンツをはいたまま排泄ができて?」


「いえ、できません」


「なら、そういうことよ。無茶を言わないで」


 無茶なんですか? 服を着てベースを弾くことが無茶なんですか?


「でも天雷、俺たちの目的はハイスクフェスに出ることなんだぞ? さすがに裸でステージに上がるわけにはいかないだろう?」


 裸ベースでライブをするなんて、SODの企画モノじゃあるまいし。ていうかこの企画、いけるんじゃないか? 今すぐAVの企画書持ち込みたさある。


「森村君の言いたいことは分かります。でもそのステージに立つためにはまずはオリジナル曲を作らなきゃいけないのよ? 私は最高の曲を作るために、こうして全力を出そうとしているの。それはそのときに考えればいいじゃないの。あまり先を急ぎすぎると、すぐに躓いちゃうわよ?」


 ごもっともな意見だが、俺も簡単に首を縦に振るわけにもいかない。かといって、天雷以外にベーシストの当てがあるわけでもなく、強く出られない理由もある。


「千葉や月岡にはなんて言うんだ? その、練習だからって裸でやるわけにはいかんだろう。それに俺は一応男子だしごにょごにょ……」


 俺としては天雷が裸で練習することは吝かではないのだが、世間はそれを許してくれないような気がする。


「うーん、確かに、優雨ちゃんや希依ちゃんに変態扱いされるのも困るわね。あの手紙のこともあるし、私が変態だと思われるのは避けたいわね」


 ていうか変態の自覚はなかったんですか?


「じゃあとりあえず練習だけはなんとか服を着たままやってみるわ。でもそれが私の実力だとは勘違いしないで。私、脱いだらすごいんだから」


 天雷はぐっと拳を握り、よく分からないアピールをしてくる。


「そうか。そりゃよかった……」


 俺は安堵していいのか、ただ問題を先送りにしただけなのかは分からないが、とりあえず胸を撫で下ろした。


「だけど、いずれは裸でライブができる環境を整えてほしいわ。ステージで全力を出せないのは私としても不本意だし、ロックじゃないでしょ?」


 裸でライブできる環境? この日本でそんな天国のような環境があるだろうか?


 もはや俺が政治家になって法律を変えるしかないが、数十年待ってもらえるの?


 しかし今はネオ・ヴルストのリーダーとして、天雷の意向に沿えるようなんとか努力はするということにしておこう。


「分かった。それは俺がなんとか考えてみよう」


「お願いね」


 とんでもない宿題を渡されてしまった。むしろ練習ならば天雷の裸を俺が独占できるので役得というか超ラッキーなのだが、ことライブに裸でプレイさせるわけにはいかない。


 しかし今はいろんなことが起きすぎて思考がストップしているので余計なことは考えられず、つい天雷にいい返事をしてしまった。安請け合いとはこのことだが、なんとか善後策を考えよう。


「じゃあ、私はもうちょっと作曲を続けようと思うけど、森村君はどうする?」


 そう言うのが早いか、再び制服に手をかけるのが早いか、天雷はスルスルッとスカートを脱ぎ始めた。どんだけ脱ぎたがりなんだよ。


「いや、俺はもう教室に戻る。だから、せめて教室に鍵だけはかけておいてくれ!」


 ギターケースを手に取り、俺は逃げるように地学教室を退出した。

 もう変態はお腹いっぱいだ。


「もう、ウブなんだから」


 そんな天雷の声と共に、内側から鍵がかかる音がして、すぐさま爆音で野太いベースの音が響き渡った。


 その音を背に、俺は結局練習することなく教室に戻ることになってしまった。


「まさか、俺のバンドに変態が二人もいるとは……。なんてこった」


 解決したと思っていた問題が再び浮き上がってきた現状に、俺は悩める羊である。


「ドMの千葉、露出狂の天雷……。俺はこのバンドをやっていけるだろうか?」


 そんな悩みを抱えながら、とぼとぼと歩く俺はロックの神様に見放されたのかもしれない。


 俺の未来はどっちだ?

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