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第8話 生徒会長サイジョウとの対決

 体育祭の混乱も(主に俺の心の中で)ようやく収束したものの、俺、佐倉 律の日常は、もはやエイリアンお嬢様を中心に回っていると言っても過言ではない。

 エリー・アンの奇行は相変わらず。そのたびに俺が必死にフォローするという、不毛なルーティンがすっかり定着しつつあった。


 イチカは、体育祭の一件以来、エリー・アンに対しては苦手意識を抱きつつも、ストレートすぎる(そして的外れな)好意表現や、時折見せる頼りにしてくる態度(利用されているとも言う)に、なんだかんだ世話を焼いてしまうという、複雑な混合状態に陥っている。

 結局は、イチカは世話好き気質だから仕方がない。


「エリーちゃん! また、余所様に迷惑かけてっ!」

「別に、なにもしておりませんわ。ただ、新しいサンプルを採取したくて」

「それが迷惑だって言ってんでしょうがっ!」


 おかげでちょっと俺が楽になった。すまん、イチカ。幼馴染の友情に感謝。

 拓郎は、まあ、いつも通りだ。相変わらず全ての奇行を「エリーちゃん、すげー!」で片付けてくれる。


「はー、相変わらず、すげーなあ。きっと、カリフォルニアっておおらかな場所なんだな。俺も行ってみたいな、カリフォルニア!」

「たぶん、お前ほどじゃないと思うぞ、拓郎。というか、カリフォルニアに謝れ」


 でも、お前だけはそのままでいろ、拓郎。俺のオアシス。


 そんなある日の放課後。

 俺たちが所属する2年A組の教室に、珍しい来訪者があった。


「失礼しますわ、天上院エリー・アンさんはいらっしゃいますかしら?」


 凛とした声と共に現れたのは、3年生にして生徒会長を務める、最丈 靖穂さいじょう やすほその人だった。


 肩まである黒髪のストレートロングを揺らし、隙のない制服の着こなし。

 知的な微笑みをたたえているが、瞳の奥には並々ならぬプライドが宿っているのが見て取れる。まさに絵に描いたような優等生だ。

 だが、実家は八百屋だ。気さくなご夫婦がやっている。誰がどう聞いても庶民派なご家庭。


(たまに買い物に行くと、よくサービスしてくれるのだよなあ。おじさんたち)


 にもかかわらず、この絵に描いたような完璧お嬢様(風)スタイルを貫いているのだから、その精神力たるや、尊敬に値する。わりと、俺は真剣に会長を尊敬している。


「あら、天上院さん。それに佐倉くんも。随分と…熱心にお昼休みを過ごしていらっしゃるのね」


 言葉には、どこか探るような響きがあった。

 まずい、生徒会長に目をつけられるのは避けたい……っ! めんどくさいことこの上ない。

 俺がどう取り繕うか逡巡する間もなく、エリー・アンが顔を上げた。


「これは、サイジョウ・ヤスホ。現時点における本学園の序列トップ、メス群れのリーダー格個体と認識しておりますわ」

「……め、めす群れ? リーダー格個体…?」

「あら……翻訳上何か問題でもあったかしら。わたくしの言葉が通じておりませんの?」


 最丈会長の顔が、ピクッと引きつった。

 やめてくれええええええ!! サル山的な煽りにしか聞こえねえええぇっ!!


「最丈会長っ! 天上院は、意外と日本語が不自由なんです。そう、ニュアンスがいまいちで。えっと、女子生徒のなかで一番、会長がすごいって言いたかったんだよな?」

「……わたくし、それならイチカさんの方が」

「なっ! そうだよな!」


 圧を掛けて黙らせようとすると、さすがに何かを察したらしい。エリー・アンは続きを言うのを止めて、違う内容を口にした。


「それで、サイジョウ会長さん。わたくしに何かご用件ですの?」


 エリー・アンは、マイペースに席を立つ。二人の美少女が対峙する姿は、なかなかに絵になる光景だ。その中身を知らなければな! かたやエイリアンお嬢様で、かたや庶民派お嬢様風だからな!

 クラスの注目が、一気に二人に集まる。


「ええ、少しお話が。よろしければ、生徒会室までご足労願えませんか?」

「かしこまりましたわ」


 嫌な予感しかしない。


「会長、俺も行きます」

「……佐倉くんも? なぜ?」

「あ、いや。天上院はたまに言葉が不自由だから……さっきみたいに」

「そう? ……なら、仕方ないか。いいわよ、ついて来なさい」


 ファサッと髪をなびかせて、優雅に歩き出す最丈会長。

 俺は、二人の後を追った。頼むから、揉め事だけは勘弁してくれ。


 生徒会室。

 革張りの立派な椅子に腰かけた最丈会長は、俺たちにも着席を促した。


「天上院エリー・アンさん。いえ、アンはミドルネームだから、エリー・アン・天上院のほうがよいのかしら?」

「呼びやすい方でよいですわよ、サイジョウ会長さん」

「では……ひとまず天上院さん、と。あなたのことは、噂でかねがね。転入早々、あらゆる面でパーフェクトだと。実際に体育祭でのご活躍は、この目で見させていただきました。……驚嘆すべき身体能力でしたね」

「お褒めに預かり光栄ですわ。カリフォルニアでは、『最新のスポーツ科学に基づいたトレーニング』を受けておりましたので」


 出た! 俺がいつも使ってる苦しい言い訳! エリー・アン、まさか学習したのか!? 一応、俺の話聞いてたんだな!

 だが、最丈会長は眉一つ動かさない。


「興味深いですね、最新スポーツ科学に基づいたトレーニング。素晴らしい才能をお持ちみたいで」

「あれは才能というよりは、効率的な学習と身体制御の結果に過ぎませんけれど。あくまで人間の範疇、みなさんと同程度の能力で行えることですわ」


 いや、アレは無理だろ。どんだけ人間の動作を極限に研ぎ澄ましたら、同じことが出来るんだよ。


「今回、天上院さんをお呼びしたのは……私のところにたびたび、あなたが問題行動を起こしているという話が届いていまして。構内の樹木をへし折ったとか、プールや池の水を採取していたとか、色んな部活動の生徒を質問攻めにした部活妨害したとか」

「なっ!?」


 俺は思わず小さな声を漏らしてしまった。まじかよ、エリー・アン!いつの間にそんなことを!


「先生方からも注意は受けていると思うのだけど、一応、生徒会の方にも報告が来るものだから」

「あら、でもわたくし、学びたいことがたくさんありますのよ。でも、ここにはルールがたくさんありすぎて、よくわかりませんの」

「はあ、まあ……悪気はないように見えますね、確かに」


 考えこむ素振りを見せる、会長。どう扱っていいか困っているように見えた。


「実際、あなたの授業態度は破天荒ながらも真面目で、成績も良好だとか。中間テストでは、物理と数学において満点を叩きだした、と。それもカリフォルニアの特別な教育によるものですか?」

「わたくしのパフォーマンスからすれば、当然の結果ですけれど」

「……当然?」

「出題範囲が明確であり、解かれるように作られているテストなのですから、すべてに答えられて当然なのではないでしょうか? わたくし、逆になぜ解けない問題があるのか理解に苦しみますわ」


 エリー・アンは、悪びれる様子もなく、むしろ不思議そうに首を傾げた。

 おい、その煽りスキル、どこで学んだ!?

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