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なろう作家は静かに死ぬ
なろう作家は静かに死ぬ
ハマカズシ
現実世界現代ドラマ
2025年06月08日
公開日
2.5万字
連載中
ネットで小説を書く主人公の夢は書籍化作家。 つらい現実から目を背け、自分の信じた小説を書き続ける日々に、ついに夢への扉が開く。 それは、書籍化——。 なろう作家がたどり着いた未来は果たして天国か、地獄か。

第1話 なろう作家KAZMA

「知ってる? 隣のクラスの山本、小説書いてるらしいよ?」


 昼休み。昼食はパン二個とカフェラテで済ます俺の耳に、そんな声が届いた。

 いつも通りさっさと昼食を終えて、教室を出ていこうと思っていた俺は、後ろで車座になって弁当を食べている女子たちの会話によって縛りつけられた。


「小説家ってこと? 本でも出るの?」


「違う違う。『小説家になるぜ』っていうサイトで小説書いてるんだって」


「なにそれ? ブログみたいなこと?」


「そうそう。ネットで小説を投稿するサイトなんだって。本にもなってないのに『俺は作家だからさぁ』なんて偉そうに言いふらしてるみたい。誰があいつの書いた小説なんか読むんだよって。ねぇ?」


 ギャハハハと、女子らしくない下品な笑い声が教室に響いた。

 俺はその女子たちの話を興味ないように装いながら、パンを急いで腹の中に収め、教室を飛び出した。

 教室の中ではすでに違う話題で盛り上がっている女子たちの笑い声を背中に浴びながら、まるで自分が笑われているような背徳感から逃げるように。


 隣のクラスの前を通るとき、そっと横目で教室の中を覗き見た。

 さっき女子が嘲笑していた山本が、窓際で焼きそばパンを齧っていた。小太りで眼鏡をかけて、まだ夏にはほど遠いのに額には汗が見える。焦るようにパンをむさぼる山本はひとりぼっちだった。


 まるで自分を見ているようで、それ以上は見ないように廊下を駆け抜けた。

 げた箱で靴を履き替え、人気のないほうへと、誰にも気づかれないように小走りになる。


 グラウンドではヤンキーたちがサッカーをしている。キーパーをやらされているのは、いつもいじめられている下級生だ。俺は気付かないふりをして、校舎の裏へ向かった。

 校舎の裏、そこにはペンキが剥げて木目が露になっているベンチが放置されており、俺だけの昼休みの特等席となっていた。


「はぁ」


 俺は誰に遠慮することもなく、教室でためていた息を大きく吐いた。ここならば誰の目も、笑い声も、気にすることはない


 こんなところには誰も来ないし、何より静かでいい。俺だけの聖地。誰にも邪魔されない。

 さっそく鞄からノートを出し、膝の上に広げた。


『異世界ハーレム戦記』


 俺が今、「KAZMA」というペンネームで『小説家になるぜ』に連載している小説のネタ本だった。

 さっき隣のクラスの山本も、俺と同じくネットで連載しているというのは初耳だった。まさかこんなに近くに同志がいたとは。

 この『異世界ハーレム戦記』は、異世界に転移してしまった主人公のカズマが、争いに巻き込まれ、ひょんなことからひとつの事件を解決してしまう。それがきっかけにカズマは力に目覚め、数々のヒロインたちから求められつつ、世界を救うために成り上がっていくというストーリーだ。


 もちろん主人公のカズマという名前は、俺の名前からとっている。いわば分身だ。


 毎週3話更新を目標にして、早3か月。すでに30話近く続けている。

PV数も開始当初は苦戦したが、更新した日は平均して50PVを稼げるようになった。

 まだまだブックマークと感想が少ないのが悩みの種ではあるが、ひとりでも俺の作品を読んでくれる人がいるだけで、執筆する甲斐があるというものだ。


 もちろん、目標は書籍化。いつか俺の『異世界ハーレム戦記』が出版社の担当様の目にかかり、書籍化の打診が来ないかと、いつもドキドキしている。


 Twitterでは「○○ブックス様より書籍化が決定しました!」とか「○○賞で特別賞いただきました!」とかめでたい報告が躍っている。それを見ながら、いつかは俺も書籍化して、さらにはアニメ化、グッズ化と、果てしない夢を見ているのだ。


 俺だって、夢を見るくらいはいいだろう。現実はさえない高校二年生でぼっち生活を送っているんだから、いつか報われたって罰は当たらない。


 俺はそんな妄想もほどほどに、ペンをノートの上に落とし、ストーリーの構想を考え始めた。

 毎週土日に3話分書き上げ、月水金の18時に予約投稿しておくのがルーティンなのだが、先週は親の買い物に付き合わされたおかげで、まだ2話分しか書けていなかった。


 ヒロインが魔王にさらわれ、それを助けに行くところを、嫉妬したもうひとりのヒロインに止められるという場面である。


「どうしよっかな……」


 いまいち良いセリフが思いつかず、悩んでいるのだった。

 主人公のカズマは、現実の世界では俺と同じく冴えない高校生。夢も希望もなく、進路に迷っていたカズマはセンター試験に向かう途中に事故に遭い、異世界に転移してしまう。


 成績だけは良かったカズマは、高校生の知識を生かし、異世界で大活躍。次第に女たちにモテモテになり、ハーレムを築きながら異世界を救っていくという斬新なストーリーだ。

 言わずもがな、この主人公カズマのモデルは俺である。ちなみに俺の名前は橋和馬はしかずま。作中のカズマの活躍は俺の理想を投影させたものである。


『だって、カズマが死ぬんじゃないかって、心配で……!』


 戦いに向かうカズマを心配するヒロイン、ミナのセリフを書き留める。

 俺も現実でクラスの女子たちからこんなことを言われてみたいものだ。なかなか現実では自分の思い通りに生きることは難しい。学校でも人と違うことをしていると、すぐに変人というレッテルを貼られ、疎外されてしまう。

 協調性とか空気を読むとか、そういったスキルが現実では非常に重要で、目立つということがマイナスに働くことが多々ある。


 嫌われるリスクをできるだけ排除しようとすると、それはみんなと同じことをして、いつも普通であることを心がけなくてはならない。


 みんなと一緒の考え、みんなと一緒の行動、みんなと一緒のタイミングで笑い、みんなと一緒に右に倣え。決して目立ってはいけないのだ。


 その結果、俺はクラスではぼっちになっているが、後悔はしていない。無理やりキャラを作ってクラスの空気に合わさっても、それは空しいだけだ。少しでも目立ったことをして、一瞬でも嫌われるようなことがあったら、それはぼっちどころではなく、いじめられてしまう。


 そう、さっきヤンキー相手にキーパーをやらされていたあの子みたいに。


 俺はそんな風になりたくない。決して目立ってはいけない。教室の隅でひとり、誰にも構われなくてもいい。静かに、溶け込んでいたかった。


「ダメだ。今日は調子が悪いな」


 いろんなことを考えすぎて、なんだか今日は執筆するテンションが維持できなかった。ストーリーの展開はある程度頭の中に描けているのだが、筆が進まない。

 ふと、さっき教室で女子たちが話していたことが頭の中に残っていた。


「山本……、雄太」


 山本のことは体育の授業が一緒なので名前と顔は一致するのだが、もちろん話したことはない。小太りで、汗っかきで、いつも後頭部に寝癖が残っている。


 確か体育が苦手で、走ってもダントツの最下位、球技でも足を引っ張り続けているような男で、なかなか印象に残っている。俺も山本がいる限り、体育の授業では目立たずにいられると安心できるくらいだった。


 どこかで俺は無意識のうち二山本を下に見ていたのだ。きっと山本も現状に不満を持ちながら、自分はこんなものじゃないと思っているはずだ。その気持ちを小説に吹き込み、バランスを取っているのだろう。あいつも自分の小説の中ではきっとヒーローなのだろう。

 俺は山本のことを何も知らないのに、さっき教室でひとり焼きそばパンを食べていた姿だけを見て、憐れみと、少しの仲間意識を感じていた。


 まさかこんな近く、教室の壁一枚隔てたところに同じネット作家がいたなんて。

山本は小太りでどんくさいかもしれないが、同じ目標を持つ同志のようなものだ。機会があれば仲良くしてやってもいいとすら、俺は思っていた。


「あいつはどんな小説を書いてるんだろう……」


 この昼休みは書くことを諦めた俺は、山本のことが気になっている。

 ネット作家としてはライバル関係でもある。俺は俺の作品に自信があり、今はブックマークや評価は少ないが、一番面白いと思っている。『異世界ハーレム戦記』は俺にしか書けない、俺だから書ける作品だと自負している。


 鞄からスマホを取り出し、『小説家になるぜ』のサイトにアクセスする。 

 まさかとは思ったが、とりあえず「山本雄太」という本名で検索してみる。


 ちなみに俺の「KAZMA」というペンネームも本名の和馬から来ているのだが、高校で俺のことを下の名前で呼ぶ奴はいないので、誰かに見つかることはない。


「あった! こいつ、本名で登録してるのか?」


 そのまさか。山本雄太、という名前で登録があった。

 作品名は「異世界で始めるエリート生活」というものが連載中だった。


 こういったサイトに本名で登録しているケースは非常に少ないと思われる。それは登録者の名前をざっと眺めるだけでそれは分かる。そもそも苗字+名前という形をしていない名前も多く、カタカナであったり、記号であったり、何かのキャラのパロディのような登録名ばかりなのである。その中で、山本雄太という普通の名前は逆に目立っていた。


 そして何より俺を驚かせたのは、この「異世界で始めるエリート生活」はファンタジー部門で日間ランキング7位にランクインしていたことだった。


「嘘だろ? 7位だって?」


 特にファンタジーというジャンルは激戦区で、トップ10に入れば書籍化の打診が来てもおかしくないという実績である。現に10位内には山本を除く書籍化作家の名前が軒を連ねていた。


「信じられない……」


 俺は山本がネット作家だということは、さっきクラスの女子の噂話を横聞きして初めて知ったことだ。彼の体育の授業の無様な姿を思い出しては、否定したくなった。


 俺が「KAZMA」というペンネームを使っているのも、やはり自分がインターネット上で小説を書いているということが知られたくないという気持ちがあるからだ。自分の作品に自信はあるものの、どこか後ろめたく感じるところがある。オタクと思われるのを避けたい気持ちは少なからずあった。


 俺が書いている「異世界ハーレム戦記」でも、主人公のカズマがヒロインのミナとキスをする場面がある。俺は真夜中にドキドキしながらこのシーンを書いたのだが、俺自身はこれまでキスなんてしたこともない。異性と付き合ったこともない。なのに、そんな官能的なラブシーンを書いていると誰かに知られてしまうのは怖かったのだ。

 もし俺がかわいい女の子とのキスシーンなんて書いていることがクラスの誰かに知られたら、それはもう恥ずかしいという感情を通り越して、恐怖でしかない。


 こういった匿名性は「小説家になるぜ」だけに限ったことではないと思う。世の中にはTwitterをはじめ、数多くのSNSが存在する。しかしそれらに本名で登録している人はなかなか少ないのではなかろうか。Facebookのような本名登録が必須のものを除くと、まだまだ日本では本名を隠して活動している人が多い。


 それはなぜか? 名前を隠し、特定されることを避けることによって、自分とは別人格を作ってようやく、本音を吐き出せるようになるのだ。

 本音を隠したいというのは、敵を作りたくない、否定されたくないという本能からの行動で、それは自分が「人と違う」ということを指摘されたくないからだ。


 俺がクラスで心がけていることと同様で、本名を隠すことによって、「普通じゃない」自分をも隠しているのだ。誰もが自分を普通の範囲内にとどめておきたいのだ。


「きっと別人だ。山本の小説がこんなに人気があるわけがない」


 俺は必死で、スマホに映っている情報を否定しようとした。

 山本もペンネームで活動している可能性が高く、この山本雄太という作者もまるで見当はずれの別人に決まっている。


 あのどんくさくて小太りで汗っかきの山本が、こんな人気がある小説を書けるはずがないじゃないか。日間7位なんて実績、あいつにはふさわしくない。俺の作品よりも評価が高いわけがない。


 しかし、さっきの女子の話だと、どうやら山本本人は自らネット作家として投稿してることを吹聴しているらしかった。それが本当だとすると、山本の自己アピール具合からいって、本名で登録している可能性は高まってしまう。

 俺は広げていた自分のノートを閉じ、スマホで山本雄太の「異世界で始めるエリート生活」を読むことにした。


 日間ランキングはPV数によるもので、それが多いからといって作品の面白さとは単純に比例しないのだ。

 俺もPV数を稼ぐためによくやる手だが、Twitterでワナビ作家たちの作品URLが載っている固定ツイートをリツイートしまくるのだ。そうするとリツイートされた相手はお礼として、俺のツイートもリツイートしてくれる。こうしてワナビ作家の間で作品の宣伝をリツイートし合う「互助会」が形成され、芋づる式に俺の作品が宣伝されていくこととなるのだ。


 ネットで投稿をする『小説家になるぜ』もこの宣伝が非常に重要で、人気が出るまではこういった陰の活動がPV数を伸ばす手っ取り早い手段となるのだ。

 ズルでもなんでもない。これはネット作家にとっての合法的な作戦だ。


 この山本雄太もそういった見せかけのPV稼ぎで得た一過性の日間ランキングに違いないと、俺は斜に構えてこの「異世界で始めるエリート生活」を読み始めた。


 俺の作品よりも面白いわけがない。


 サイトには異世界モノが溢れまくっており、そこにオリジナリティを出すのは至難の業である。人とは違うものを模索するあまり、キャラに突拍子もない設定を加えたり、ストーリーが破たんしてしまっているものも今まで何度も読んできた。


 あの山本が、そういった独自のストーリーを考えられるわけがないじゃないか。

 ありきたりのキャラであってくれ。クソみたいなストーリーであってくれ。それは俺のわがままな希望であった。


 しかし、俺の希望は大きく裏切られた。


 日間7位の実力を思い知らされたのは、第一部を読み終えたときであった。

 この山本雄太の「異世界で始めるエリート生活」を読む手が止められず、昼休み終了のチャイムにも気づかなかった。我に返り、時計を見るとすでに五時間目の授業も半分が終わっていた。

 俺は校舎の裏のベンチで、人生で初めて授業をサボってしまったのだ。


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