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第8話 オフ会の誘い

 結局はネット投稿した小説を書籍化をするために一番必要なのはPV数、そして評価ポイントなのだ。


 出版社も何万とあるネット投稿作品の中から、良い作品を見つけるためのひとつの目安にしているのは確実で、ブックマークがついていればそれだけ固定読者がいる、すなわち書籍化した際にどれくらい売れるかの目安になるということだ。


 ちらっと聞いたところによると、書籍化したならば大体ブックマークの半数くらいは売り上げが見込めると算段している出版社もあるらしい。


 そうするとブックマークが一万あれば五千冊の初版売り上げが見込めるということだが、ブクマ一万はかなりの高い壁である。あとは評価ポイントなどで話題になり、ランキングに食い込めるかがカギである。


 最近のラノベは初版刷りはだいたい多くて一万冊くらい。そうなるとやはり最低でもブックマークは五千は稼がないと、書籍化案件の俎上にすら上がれるわけがないのだ。


 そんな俺の「異世界ハーレム戦記」の現在のブックマークは41。


 お話にならないのだが、これは俺の宣伝力が弱いということではなかろうか。読まれれば確実に面白いのは、作者である俺の折り紙つきである。いかにこれを読ませるか、これが俺の喫緊の課題である。


 そしてこのブックマークを一気に爆発させるには、まず隗より始めよ、という言葉通り、地道にPV数を稼いでいくしかないと思われた。


 そして今日、最高に悪い意味で俺の作品がクラスで話題になった。

 俺がKAZMAという名でネット作家をしていることがバレ、そして作品もクラスメイトを凌辱しているとまで揶揄された。


 実際に俺の小説を読んだクソビッチの吉岡が、ヒロインのミナを自分をモデルにして書かれていると勘違いし、俺にクレームをしてきた。なんて自意識過剰で高慢ちきな女だろうと思ったが、バカはそういった思い込みで行動するものだ。いちいち反論する必要はない。争いは同じレベルでしか起こらないので、放っておけばいい。


「よし、書くぞ!」


 パソコンに向かい、気合を入れる。

 俺はこの土日で、来週更新の三話分を一気に書き上げてやろうと考えた。


 できるのか、俺? もはやテスト勉強のことなど、意識ははるか虚空の果てである。書籍化、そしてもっとその先の未来を目指し、まずは確実なブックマーク増で地盤を固めるには、とにかく書き続けるしかない。そのとき。


――ブブブ。


 スマホが震えた。

 どうせ宣伝リツイート爆撃のお礼かなんかだろうと確認したら、DMが届いていた。


 その相手とは、先日フォローしたばかりであり、忘れもしないが見たくもないあの名前、山本雄太であった。


『KAZMA殿、ていうか橋って言った方がいいか? あのさ、明日、暇? ネット作家のオフ会があるんだけど、一人欠員が出たみたいで、よかったら来ないか? 同じ学校のネット作家同士、積もる話もあるし。よかったら連絡ください。山本雄太』


 オフ会!


 その催しは名前だけは聞いていたが都市伝説かと思っていた。


 なろう作家はこうやって時に集まり、情報交換及び親睦を深めるというが、そんな会が本当に存在したとは。しかもその会に山本が堂々と出席していたなんて。


 これはとんで火にいる夏のオフ会である。俺は急ぎ、返信をする。


 しかし山本の誘いに喜んで浮足立っていると思われると癪なので、できるだけテンションは低めに、そしてオフ会なんて何も珍しいことではない、みたいな雰囲気を出さねばならない。あの山本にオフ会まで先輩ヅラされてはかなわない。


『山本殿。オフ会いいですね。僕も何度か誘われたことがあるのですが、都合がつかず行けていませんでした。しかし明日なら珍しく予定が開いているので、行ってもいいです。』


 俺はできるだけフォーマルな文章を心がけたが、送ってからこれでよかったかと、悩ましかった。というのも山本からの返信がそれからまったく来なかったからだ。


 それにしてもオフ会とは、やはり作家同士の横のつながりというのはバカにはできない。


 大手出版社の新人賞受賞者なんかは毎年授賞式には出席するためそのレーベルの作家が集まるみたいだし、中には作家で勉強会を開いているレーベルもあると聞く。


 俺も勉強会などに出席して、作家様たちと親睦を深めてみたいが、そんなツテもあるわけなく、そういった「受賞」作家と「なろう」作家の間にはどこか埋まることのない溝があるように思える。


 ネットを主戦場にしている作家にとってそういった大手レーベルで書いている作家様たちはいわばメジャーであり、俺たちネット作家はマイナー、というような感覚が俺にはある。


 しかし、ネットからベストセラー作家になった人もいっぱいいるし、メジャーより売れている人がたくさんいる。


 デビューのきっかけなど、ネットから書籍化するのも新人賞の受賞でも、その後にどう結果を残すかが重要だ。俺はそういったメジャーヅラしている作家なんかにも負けているはずがないのだ。なにも卑屈になる必要はない。


「よし、運が向いてきたぞ」


 今回のオフ会はネット作家中心というが、決して無駄ではない。お互い面識が出来れば、リツイートやブックマークなども捗るではないか。


 山本もなかなか使える奴だ。こうして良い話を持ってくるとは、まだまだ捨てたものじゃない。


「いや、待てよ」


 しかし、気付く。俺は山本と話をしたこともないのだ。もちろんオフ会に来る作家さんたちのことも知らない。


 山本はこれまでも何度も出席していて、作家さんたちと既知の仲だとしたら、どうしても新参者の俺だけが浮いてしまうことになる。そんなとき誰かに助けを求めようとも、山本ともそんな関係だし、オフ会においてもぼっちが発動して、疎外される可能性が高い。


 俺はあくまでオフ会にミーハー心で舞い上がっているわけではない。あくまでこれは作家さんたちとつながり、宣伝目的で訪れるのだ。今回ばかりはぼっちになってしまうとその目的が果たされないことになる。


 俺はこういった場合、準備で90%まではなんとかなると考えていた。すなわち対策をきっちり立てた上でオフ会に臨み、万事うまいことやるということである。


「備えあれば憂いなし、だ」


 まず、出席者を知ることである。これはあらかじめ山本に確認せねばなるまい。


 基本的になろう作家はペンネームが主で、山本のような本名で活動している者は稀である。どういった作家がオフ会に来るのかを知らなければ、新参者の俺は失礼をしてしまう可能性がある。


 というのも、俺は新参者である上に、ネットではまだまだ駆け出しの立場であることは自覚している。


 なので参加者の作品、できればあらすじくらいはざっと読んでおくべきだと考えた。


 もし大物作家さんが参加するとなれば、これはあらすじだけではなく作品本体にも目を通しておく必要がある。これはPV数を確認し、上位数名は作品を読むことにしよう。


 それから一応山本に誘われた手前、あいつの「異世界で始めるエリート生活」もひと通り読んでおいた方がよかろう。


 あとはネットで「オフ会 なろう作家」でググって、対策を立てておこう。


 そうと決まれば山本から情報を引き出さねばならないとDMを送る。


『失礼に当たるといけないから出席者の名前を教えてほしい。というのも、知らずに失礼なことをしてはいけないから。山本殿は参加したことがあるのか? 教えてほしいです』


 送ってから、文章が無茶苦茶になっていることに気づいたが、言いたいことは伝わっただろう。するとさっそく山本から返信が来た。


 そこには出席者の名前の一覧。ありがたい。


『俺も初めての参加だ。緊張して今も眠れないよw じゃあ明日、○○駅に14時で』


 なんだ、あいつも初めてか。ならば俺もびびることはない。


 続けて出席者のリストが送られてきた。


『まあそんなに緊張することじゃないよ。ネット作家ならよくあることだしね。こういった場にも慣れていかなくちゃな』


 とアドバイスを送っておいた。あいつに緊張されては、俺もやりにくいからな。


 さあ、出席者は6名。このネット作家たちを検索し、俺は作品を吟味し始めた。


「今日は徹夜だな!」


 有意義な明日を迎えるための準備は、怠るつもりはなかった。


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