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第10話 孤立

今日現在、『小説家になるぜ』のサイトに登録しているユーザー数は百万人を超えている。


 もちろんこの登録者全員が小説を投稿しているわけではなく、読み専ユーザーも多くいる。作品数にすると五十万作品が、投稿されているのだ。


 一人で何作品も投稿しているので、のべ数になるのだが、この世界には五十万人のネット作家が存在していることになる。この全員が、自分で小説を書いて、あわよくば書籍化デビューを狙っているということになる。


 これまでにネット発で書籍化されている作品は千作品ほどとされている。全作品数に対してこの数をどう見るかは個人の自由だが、俺は限りなく門戸は狭いと考えている。


 それに書籍化しても、その一冊で消えてしまう作家がどれだけいるか。


 面白ければ書籍化する、というよりは評価ポイントが高ければそれだけ出版社様の目に留まりやすく、書籍化の打診が来やすいということだ。


 反面、俺の「異世界ハーレム戦記」のように、面白いのにポイントが低ければ、決して書籍化されない。チャンスが少ない、ということになる。


 山本の「異世界で始めるエリート生活」なんかは、うまいことポイントを稼いで書籍化にありつけたという例だろう。


 俺も読んだが、決してつまらないと批判するつもりはない。ネット小説の中でも及第点だろう。しかしポイントは俺の作品の百倍くらいあるのだ。


 しかし山本はオフ会なんかに出入りして、作家同士の慣れ合いに傾注し、面白い小説を書くという本来の目的を疎かにしたブタ野郎だ。


 俺のようにオフ会などに時間を費やさずに、とにかく書く。面白いものを創造するという作家本来の矜持を追及すると、どうしても宣伝・営業活動が疎かになって、即ちポイントが伸びない。そして書籍化までの道のりが遠くなってしまう。


「あら、おかえり。夕飯いらないって言ってたから、用意してないわよ?」


 俺は山本と別れて、しばらく町をほっつき歩いたあと、家へ帰ってきた。 


 母へは友達と一緒に勉強すると伝え家を出た。たぶん夕食も食べてくるからと言っていたので、いきなり俺が帰ってきたので母は慌てた様子だった。


 ひとりでどこか夕食の時間帯まで時間をつぶし、食事した上で帰ってこようと思ったが、土曜日の夕方、町はカップル・親子連れなどでごった返しており、ぼっちで行動し続ける気力が出てこなかった。


 喫茶店に入ってもひとりで四人掛けテーブルを占領しているうちに店内が混み始め、自然とひとりぼっちの俺だけが邪魔者として扱われているような気がしていてもたってもいられなくなり店を出た。


 映画を見ようかとも思ったけど、いい時間でやっているのは恋愛映画ばかりで、諦めた。


 このまま一人でファミレスでぼっち飯する勇気もなく、仕方なく帰ってきたのだ。

 そもそもファミリーレストランという名前は俺には敷居が高い。誰にでもオープンな雰囲気を装っているが、俺のようなぼっちを迫害するかのようなネーミングに辟易する。


 土曜の昼下がりは俺にとって地獄のようなものだった。


「大丈夫。ちょっと前に食べたから。なんだか勉強に身が入らなくって、帰ってきたんだ。やっぱりテスト勉強はみんなでするもんじゃないね。気が散って、集中できないよ」


 俺はあらかじめ考えていた言い訳を、すらすらと唱えた。上出来だ。嘘を言っているようには思えないはずだ。


「そうなの。それじゃお母さん、ご飯食べるわよ? お腹すいたら言ってね」


「ああ。部屋で勉強してるから。ありがとう」


 俺はそう言って、家の中でしか見せたことのない笑顔を振りまき、部屋へ上がった。


 部屋に入り、俺はベッドに沈み込む。歩き回ったので足がパンパンになっている。疲れを癒そうと目を瞑るが、瞼の裏に浮かぶのは、考えたくもないことばかり。


「書籍化」作家オフ会のことが気になって仕方がないのだ。


 本当ならば今ごろ俺は山本に誘われた、オフ会に参加しているはずだった。


 それなのに、俺は裏切られたのだ、あのブタ野郎に。直前になって、俺が書籍化していないことを理由に、ハブられたのだ。


「クソ、クソ! 書籍化がそんなに偉いのか!」


 枕に拳を叩きつける きっと今ごろ、ただのネット作家の俺のことを肴に、大笑いしているに違いない。


「マジで来ちゃったよ、書籍化してないくせに!」とか言いながら、山本は自分が書籍化した優越に浸っているのだろう。


 俺という踏み台を使って、自分だけは高いところにいようとする、浅ましく汚いブタ野郎だ。誰かを犠牲にしてでしか、自分の立場を築けないのだ。


「ブタが! ただのラッキーで書籍化したくせに!」


 ネットで投稿する作家の中にもヒエラルキーはある。書籍化しているか、それ以外。


 割合的には俺のような一般のネット作家が、大多数のカースト下位を占めている。人によっては自分のことを「底辺作家」などと卑屈に表現しているが、そういう奴の小説情報を見に行くと、たいがい俺よりも評価ポイントが高い。


 お前みたいなのが底辺だとすると、俺はなんなんだ? 自分のことを底辺だとレッテル貼りすることで、お前は安心か? まだまだ上を目指すと下手に出ているのかもしれんが、それは謙虚じゃなく、周りが見えていないただのバカだ。お前よりも下の俺は、底辺以下の俺は、ウジ虫か? どうも、ウジ虫です。ウジ虫なりに小説書いてます。バッカじゃねえの。


「……クソが!」


 俺は考えれば考えるほど、山本が、そして書籍化作家と名乗るヒエラルキー上位の者たちが腹立たしくなってきた。もはや空腹も怒りで満たされている。


 この怒りを執筆に傾けられないだろうかとパソコンを開いたが、それどころではなかった。浮かぶは山本雄太、そのブタ面である。


「今回のオフ会、書籍化した作家だけの集まりらしいんだわ」


 汗まみれの顔でそう言った山本の顔。俺はお前と違って書籍化してるんだ、そう言いたげな顔。ウジ虫を上から見下ろすような、そんな優越感が潜んだ顔。


 俺は地中にずぶずぶと埋まっていく感覚になって、ベッドから落ちて床に寝転がり、天井に向けて両手を伸ばした。目を開けているはずなのに、黒いモヤモヤが一向に晴れない。


 俺はここだ。誰か、見つけてくれ。誰か、俺を……、救ってくれ。

 俺はどこへ向かうのだろう。ネット作家に未来は、自由はあるのか?


 答えは、あるのか?


 俺は新たな目的をもって、生まれ変わるしかない。自由を求める俺は、背中の殻を破り、サナギから孵らなければいけない。


 おそらく山本は、俺をコケにするためにこんなわざとらしい手を使ったのだ。


「俺とお前は違う。俺は書籍化作家、お前はただのなろう作家」という事実を俺に突き付けるため、このようなマウントを仕掛けてきたのだろう。こんな見え見えの罠に嵌った俺の軽率さは、反省しなければならない。


 山本としては、自分が書籍化したことで校内のヒーローになったとでも勘違いしたのだろう。そこに、同じくネットで投稿している俺という存在が怖くなった。それで俺に対して作家としてのヒエラルキーを示そうと考えたのだ。


 それは書籍化という壁を見せること。


 俺だって自分の立ち位置くらい、自分が一番わかっている。俺は底辺作家だ。プロでも何でもなく、人から見ればただの趣味だ。


 だが、見据える先は小さくない。山本などは書籍化しただけで調子に乗り、オフ会ごときでピヨピヨ言ってるような器の小さい男である。


 俺は書籍化がゴールと考えていない。そのもっと先にある栄光を掴むため、今は雌伏のときであることを、きっちり自覚している。


 俺はテスト勉強そっちのけで、自分の小説「異世界ハーレム戦記」を書き続けた。


 クラスでネット作家だとバレたことや、クラスメイトからの口さのない悪口、それに山本からの嫌がらせを受けて一時は心が折れかけた。


 しかし、俺には小説しかないのだ。

 俺の自由は、小説の中にしかない。


 そのためにもっと魅力ある作品を書かねばならない。山本ごときにでかいツラさせておくわけにはいかない。


 そうやって日曜日は一日中、パソコンに向かって過ごした。


 もしかしたら山本からの謝罪のメールでもあるかと考えたが、そんなもの一切ない。山本のTwitterでのつぶやきも、小説の更新もない。


 謝ってほしいとか、そういう感情がないといったら嘘になる。バカにされたという気持ちは俺の中で確実に刻まれたのだ。


 しかし、山本とは以前から付き合いがあったわけではなく、もちろん友達なんかではない。実のところ、直接喋ったのは昨日の待ち合わせの場が初めてだった。


 そんな薄い関係で謝罪を求めるというのは、俺は傲慢かもしれない。そんな被害者意識を持つと、自分が惨めになりそうで、なんとかその感情を封印した。


「この気持ちを執筆に向ければいい」


 俺はただそう自分に言い聞かせていた。


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