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第11話 死ぬのがいいわ

 翌日。いつも通りの月曜日の朝を迎えた。


 執筆に時間を費やしたが、その効率は実に悪かった。結局、一話分を完成させるだけだった。


 山本に追いつく、という表現はしたくない。俺が現段階であいつに劣っていると認めることになるから。颯爽と追い抜く。それが俺のやり方である。


 登校して、自分の教室に向かう。


 俺はいつも同じ時間に家を出て、同じ時間に学校に着く。そしてホームルームが始まるまでの数分間、自分の机で黙って待機する。


 その間、誰も俺に朝の挨拶をしてくることもなく、俺も口を開かない。それが俺の普通であった。


 しかし、今日は珍しく俺に話しかける者がいた。


「おう、この前はすまなかったな」


 山本雄太であった。


 なぜか俺の教室に、当たり前のように入ってきて、俺の前までやってきた。


 軽く片手を上げて、軽い謝罪の言葉に俺は内心、当たり前だボケと思いながらも、まったく気にしていないという風に軽く笑って見せた。


「俺も知らなくてよ、書籍化作家だけのオフ会って。俺もああいうの出るの初めてだったからさ。まあ、お前も書籍化したら誘ってやるよ」


 山本はいちいち「書籍化」の部分だけを大声で発し、俺に対してよりかは教室にいる全員に聞こえるように話した。座っている俺を見下ろし、上から目線で。


 こいつは俺に謝りに来たのではなかった。俺と話しかけることで、自分が書籍化作家であるということをまわりにアピールしに来たのだ。


「別に、気にしてないさ」


 俺はすぐに社交辞令で笑いかけた。舌打ちのひとつでも打ってやろうかとしたが、それでは俺が拗ねているみたいでかっこ悪い。山本の誇示する上下関係を肯定することになりかねない。


「そりゃよかった。それでよ、お前の小説読ませてもらったよ」


 俺は耳を疑った。話が一気に加速したように感じ、ここで初めて山本の顔をまともに見た。相変わらず小太りで、まだ朝なのに額にうっすら汗がへばりついている。


「あ、やべ。先生来た。じゃ、またな」


「え?」


 教室に担任が入ってきたことに気づいた山本は、そこまで言ってさっさと退散してしまった。


 あんなにも憎んでいた山本からの感想を待っている俺が、そこにいた。


 ホームルームで担任はテストに向けてきちんと勉強しとけとか、そんなどうでもいいことだけを言って、特に重要な連絡事項もないまま職員室へ戻っていった。何もないなら来なくてよかったのに。定められた決まりに沿ってしか行動できない奴は出世しない。


 それでも早めにホームルームが終わったため、一時間目が始まるまであと十分ほどある。


 俺は迷った。さっきの山本の言葉によると、俺の「異世界ハーレム戦記」を読んだらしい。それをわざわざ伝えたということは、それ以上に何か言うことがあるのだろう。


「面白かったぞ。これは書籍化されてもおかしくない」


山本はそう言おうとしたのか? 別にあいつに褒めてほしいわけではなかった。ただ単純に感想を聞きたかった。どこが良かったか、どのキャラがかわいかったか、どのセリフが心に届いたか。


 俺は今すぐ、隣のクラスの山本のところへ駆けていきたかった。しかし、俺のほうから行くと「褒めてくれ」と催促しているようなものだ。


 ここはあいつが再びやってくるのを待つべきではなかろうか。がっつくのは性に合っていないし、みっともない行為だ。


 俺は気にしていないという風を気取り、一時間目の準備を始めた。教科書、ノートを取り出し、問題集のページを開いて、山本を待つ。


 一時間目のチャイムが鳴っても、山本は来なかった。あいつのクラスのホームルームが長引いたのかもしれない。


 二時間目前の休み時間も、来ない。次が移動教室なのかもしれない。


 三時間目。俺がトイレに行っていたときに入れ違いになったかもしれない。


 四時間目。早退したのだろうか?


 そして昼休みになった。俺は辛抱たまらず、ここまで待っても来ないということは、何か緊急事態があったのかもしれないと、俺は昼食のパンを食べるのも忘れて、隣のクラスへ向かった。


 すると山本はいつも通り、たったひとりで焼きそばパンを食べていた。


 しょせん書籍化したといっても、一緒に昼食をとってくれる奴もいないのかと、俺は山本に同情を覚えた。そしてそれならば俺が相手になってやろうと、山本の席に近づく。


 俺の小説の感想を聞くためではない、山本があまりにも不憫で可哀そうだったから、俺が話し相手になってやろうと考えただけだ。


「あ、あの……」


 山本は無我夢中に焼きそばパンにむさぼりついていて、俺が話しかけても気づきやしない。俺はこの山本の姿に、なぜか共感を覚えた。


 俺もいつもひとり教室で食べる昼食はできるだけ早く終えたかった。ひとりで食べている姿というのは客観的に見て、幸せそうには見えない。そんな不幸を背負った姿をほかのクラスメイト全員から見られるのはたまらなくしんどいのだ。


 そんな視線に晒されながら食べるパンが美味しいはずがなく、それならば味わうよりも早く処理して、教室を抜け出したい。俺の昼食に対するスタンスはいつもそれだった。食事ではなく、処理。ただの処分。


 母からはいつも弁当を作らなくてもいいのかと言われるが、俺は断っている。こんな状況で母の作った弁当を食べても味が分からないし、母に申し訳ない。


 俺はそんな理由から、いつも菓子パンふたつと、カフェオレと決めていた。メニューもルーティンにしてしまったほうが、何も考えなくていい。ただの処理なのだから。


 俺はそんな自分の状況と、今必死で焼きそばパンに噛り付いている山本の姿をだぶらせて見てしまったのだ。


 分かる。お前の気持ちが分かる。もしかしたら、俺たちは友達になれるのではないだろうか。小説が繋げた、初めての友達。


 そう思い、山本に再び声をかけた。


「や、やまも……」


 ぶわっと振り返る山本。目がまるで一週間断食していたピンクのブタみたいだった。


「橋か。おう、なんだなんだ。俺に何か用か」


 山本は焼きそばパンの最後の一口を一気に口に押し込み、大きな声を出した。


 用があるのはそっちだろうと思ったが、俺はその言葉を飲み込んだ。こいつはかわいそうな男なのだ。俺くらい優しくしてやっても、罰が当たらない。


「……いや、別に」


 友達になろうというわけではない。もちろん昼休みにひとりでパンを必死で食べる辛さをここで語り合うつもりもない。


 俺はどうコミュニケーションを取ればいいか、迷った。すると山本。


「そういえば、お前の小説、読んだぞ」


 山本の方から俺が期待していた話題を掘り起こしてきた。

 俺は黙って頷いた。黙って次に続く俺の作品への感想を待った。


「ありゃダメだよ。そこらへんにありきたりの異世界チーレムじゃないか。まったくオリジナリティがない。どっかで見たような話ばっかで、キャラも既視感しかないな。ありゃだめだ」


 俺は山本が何を言っているのか、理解できなかった。

 さらに山本は大声でまくしたてる。


「セリフもリアリティがないね。どっかで聞いたことのあるような、そんな借り物の言葉ばかりで、読んでて眠たくなったよ。あれじゃブックマークは増えないぜ。書籍化の道は遠いな、KAZMA!」


 あろうことか、山本は俺の「異世界ハーレム戦記」について、大声でダメ出しを繰り広げていたのだった。


 褒められると思っていた俺の頭の中には黒いもやもやが発生して、眩暈がしてきた。山本の否定の言葉が、ダイレクトに俺の脳髄に突き刺さる。


 教室内の生徒からは嘲笑が漏れる。


「あれが隣のクラスのなろう作家か」とか「山本にダメ出しされて可哀そう」とか「あそこまでけなされたら恥ずかしいな」とか、そんな言葉を聞くと俺は倒れそうになった。


「さすがに二話までしか読めなかったよ。読むのがつらくて!」


 二話までしか読んでいないのに、それで俺の作品の何がわかる? それだけでどうしてそこまで否定できる? 書籍化作家はそんなに偉いのか? 俺より、そんなにすごいのか?


 俺がここへ来た目的を大きく裏切られて、静かに教室をあとにした。自分のクラスじゃなくてよかった。それだけが救いだった。


「あ、それと! お前のTwitter、キモすぎるぞ!『おはようなのですぅ!』とか、かわいこぶって、これからはちゃんと鏡見ながらつぶやけよ!」


 山本のとどめの一言と共に、クラス全体からの大笑いが俺の無防備な背中に一気に突き刺さった。


 人は誹謗中傷、蔑み、悪口だけで死ねるのではなかろうか。俺は圧倒的な悪意に晒された。


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