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第12話 「異世界ハーレム戦記」

 僕は目覚めた。僕は恐る恐る目を開けた。広がる青空に、僕は思わず目を瞑った。


 どうやら僕は草むらの上に寝かされているらしい。


「……目が覚めた?」


 僕は声がする方を向いた。そこには赤毛の女性が座って僕の方をじっと見ていた。微かな良い匂いが僕の鼻腔をくすぐった。


 その魅力的な女性は、戸惑う僕を見てくすっと微笑んだ。


「……あなたは?」


 僕は思わず名前を聞いた。


「私はミナ=ドルフィン。もう大丈夫なの?」


 ミナ。その名前を聞いて、僕は懐かしい気持ちになった。しかし、そんな知り合いはいない。それに、ここはどこだ?


 珍しそうに見つめる僕を見つめるミナの瞳はまっすぐで、蠱惑的だった。


「あなた、覚えていないの? さっき、空から降ってきたのよ。気を失っていたから、ここで寝かせていたのよ」


「空から……、降ってきた……? ……僕が?」


 僕はミナが何を言っているのか分からなかった。しかし、なんだか頭痛が痛い気がする。


 僕は記憶をたどった。たしか、学校で二時間目の体育の授業を受けていたはずだ。サッカーをしていて、ディフェンダーをしていた僕はクラスで人気者の山田のシュートを顔面に受けたはずだった。山田の野郎、絶対許さねえ。ていうか、それからの記憶がなかった?


「まさか……、僕は死んでしまったのか……!?」


 ミナは僕が蒼白しているのを見て、ハハハと笑った。そんなミナが可愛く見えて、僕は頬を赤らめた。


「何を言っているの。ちゃんと生きているじゃない。ほら……!」


 そう言ってミナは、僕の頬に手を触れた。僕はドキッとして胸の高鳴りが止まらなくなった。僕は動揺を禁じえなかった。


「ほら、あたたかい。死んだ人は冷たくなるのよ」


 そう言ってミナは、くすっと微笑んだ。まだ僕の胸はドキドキしていた。


「いったいここはどこなんだ? 僕は学校でサッカーをしていただけなのに……」


「ここはセントヴィラ王国。あなた、どうやってここへ来たの?」


 まさか、僕は異世界に転生してしまったのか? シュートを顔面に受けた衝撃で僕は異世界の扉を開いてしまったのだろうか?


 いや、ないない! そんなことあるわけない! だって僕はいつだって平和主義で平穏に生きていた。争い事は避けて、のほほんと生きていたかっただけなのに、どうしてこんなことに巻き込まれたんだぁぁぁぁぁぁ! 冗談じゃねえぞぉぉぉぉぉぉ!!!!!!


「もう大丈夫そうね。じゃあ、私は行くから」


 ミナはそう言って、向こうにある建物へと走っていった。

 僕は黙ってその背中を見つめていた。


「これからどうすりゃいいんだ?」


 運命はいつも理不尽で、僕を困らせる。しかし僕はこの運命を甘んじて受け入れなくてはいけないのだろう。


 このミナとの出会いが、僕の運命の歯車を大きく動かすとは、このとき誰も予想だにしなかった事実なのであった!!


              ※


 俺は自分の「異世界ハーレム戦記」の第一話「俺の異世界転生は間違っているのか?」を読み返した。


 学校で俺は山本にバカにされた。これはいくらポジティブな俺でも否定しきれない。


 あのクソブタ野郎は俺の作品にはオリジナリティとリアリティがないとほざきやがったのだ。


 確かにネットでは異世界転生ものというジャンルは今現在も隆盛を極めており、人気のジャンルとなっている。「異世界」という言葉がタイトルに入っているだけで、自然とPV数が上がると言われているほどなのだ。


「あいつの作品も異世界転生だろうが! 自分のことは棚に上げやがって!」


 俺はスマホをベッドの上に叩きつけた。帰宅してから、俺はひとりで荒れていた。


 悪意でしかない言葉を浴びせられ、この気持ちをぶつける先が見つからない。あのとき山本をぶん殴っていればこんな気持ちにはならなかったのかもしれないが、暴力は野蛮人のするものだ。


 オリジナリティとは一体なんなのだろうか? どの時代にも流行りと言うものは存在し、文化はその潮流に沿って発展していく。流行を追うことはオリジナリティを欠くということなのだろうか。


 世の中にはカウンターカルチャーというものも存在し、流行に囚われない独自の方向性に光を見つけるというものだ。しかしそういった奇をてらったものは結局マイノリティでしかありえず、商業的な成功を求めると遠回りでしかなかった。


 俺のような高校生なろう作家が最短距離で書籍化を目指すためにできることといえば、現在の流行を徹底分析し、流行に乗ることだ。決して模倣ではない。研究である。


 山本の書籍化される予定の「異世界で始めるエリート生活」も流行に乗った異世界転生モノのはずなのに、一体俺とあいつの何が違うのか。なぜ俺だけが否定されなくてはいけないのか。


 これを理不尽という言葉だけで済ますわけにはいかなかった。山本は俺を怖がっている、そうとしか思えない。


 今は学校でただ一人の書籍化作家だからこそ注目を浴びているだけなのだ。


 日本に最初にパンダが来たときみたいに、日本中の注目がただ一点に集まっている状態と同じ。これがすべての動物園に何千というパンダがいたらどうだろう? その注目度は自然と淘汰されるに違いない。


 山本の場合はかわいくもなく醜いブタだが、たった一人の書籍化作家、という珍しさがあいつを増長させているだけなのだ。


 俺も書籍化という俎上に立てば、山本も自然と没落するに違いない。同じスタートラインで競えば、俺の作品にオリジナリティがないなどと言えるはずがないのだから。俺の作品こそ、世界を覆すオリジナリティが込められているはずなのだから。


それを山本はたった二話しか読まずに、俺の作品を否定したのだ。あいつの意見が正当であるわけがなく、むしろ気にする方がおかしいのだ。無視をして妥当である。


「偉そうに、何がリアリティだよ」


 ファンタジーというものはそもそも空想のストーリーであり、作者の想像力が紡ぐ空想譚なのだ。人を好きになったことがない者がラブストーリーを書くのとはわけが違う。


 俺は人よりも想像力に長けていると自負している。目を瞑ると、見たこともないファンタジーの景色を浮かべることができる。その景色を正確に、文章に憑依させることができる。これは俺の特技であり、これを生かすために小説を書いているのだ。


 誰も見たことがないものを、今そこにあるように書けるというのは、なかなかできることではない。


 その圧倒的描写は「異世界ハーレム戦記」の随所で披露されており、特に第五話以降のガンダリア帝国討伐の部分を読んでもらえれば理解してもらえるはずだ。そこを読まずに否定する山本の意見など、ネットの批判以上にたちが悪い。これも無視するべきだ。


 山本のようなクソブタ野郎が「異世界で始めるエリート生活」なんてものを書いていること自体、滑稽なのである。あいつにエリートのリアリティを書けるわけがないのだ。


 結局は、あいつが書籍化という結果を出したのも運でしかないのだ。たまたまあいつの作品が出版社の目に留まっただけ。俺との差はそれだけである。


 しかし、その運というものの確率は上げることができる。その基準はPVやブックマークの数だろう。人に触れる機会が多ければ多いほど、その運は巡ってくる。


「絶対に、負けていない。負けてたまるか!」


 俺の作品の面白さは山本に負けていない。そこだけは絶対に確実なのだ。やはりやるべきことは、PV数の獲得である。より多くの人に読んでもらう。そこだ。


 正直、俺は今まで宣伝活動に力を入れてこなかった。面白いものを書きさえすれば結果はついてくるという性善説を信じ切っていた。


 だが、オフ会などでほかの作家に媚びへつらう山本を見ていると、そういう活動も必要だと感じてきた。これだけは山本から得た唯一の成果だろう。


 俺が面白い小説を書き続けること以外に、今できること。それはPV数を増やして、世間に「異世界ハーレム戦記」を知らしめることだ。


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