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第19話 認められたいだけなのに

 俺は罪悪感に苛まれていた。


 どんな罪を犯したのか? それは俺にもよく分からない。


 しかし、まわりが敵だらけになるというのは、何かしら俺に否があるのではないかと考えるようになったのだ。


 夢に裏切られた、というには自分勝手すぎるか? とにかく、俺はとてつもなく後ろめたい気分でいた。


 そのきっかけは、母に嘘をつこうとしたこと。


 俺がKAZMAというペンネームで「異世界ハーレム戦記」という小説を書いていることが、クラスメイト、さらには担任の篠田にまでバレてしまった。なんとか母だけには知られたくなかった。


 だってそうだろう。主人公にカズマと名付けていること、そのカズマがヒロインのミナとキスをしたりするのだ。親として、こんな小説読みたいわけがない。読んだあとの母の顔を、直視できる勇気はない。


 それで、俺は嘘をつこうとしたのだ。


 しかし、あの母のすべてを知っているかのような悲しい表情で、俺は何も言えなくなった。そして、俺がすべて間違っているのかと、思うようになった。


 夢は叶わないのだろうか。


 俺の「異世界ハーレム戦記」は書籍化することができないのだろうか。俺は叶わぬ夢を追いかけているだけなのか。


 隣のクラスの山本の書いた小説が書籍化すると聞いて、俺は間違っていると感じた。


 俺の小説をさて置き、なぜ山本の「異世界で始めるエリート生活」とかいう小説だけが書籍化されるのか。それは間違っている。山本に打診した出版社も、山本の小説の読者も、山本自身も、すべて間違っている。


 俺の小説の方が面白いに決まっている。俺の小説が書籍化されるべきだ。俺は天才なのだから。俺は、夢を叶える男なのだから。


 俺はずっとそう考えていた。


 クラスの奴らも、夢など持たずにただ毎日をアホのように過ごしているだけで、自分と比べてもただの木偶の坊にしか見えなかった。あいつらとはレベルが違うと思って、俺はボッチを選んだんだ。レベルの低い人間と付き合うと、俺まで低レベルに染まってしまう。そう考えていた。


 担任の篠田も、クソビッチ吉岡も、俺を陥れようとした。俺は悪くないのに、俺のやることはすべて理にかなっていて、すべて正解のはずだった。レールを外れることなく、バカな奴らに邪魔されず、ただひとり夢へ向かっているはずだった。


 それなのに、俺はちっとも夢に近づいていない。俺の小説が書籍化に向けて動いている気が少しもしない。


 誰も、俺を見ていない? 誰も、俺に期待していない? 誰も、俺に興味がない?


 俺は何をしているんだろう。なんのために小説を書いているんだろう。


 認められたい。俺の小説が、才能が、みんなに認められたい。もっとみんなにちやほやされたい。


 山本のように? そうだ、俺は山本のようになりたいんだ。「書籍化してすごいね」って言われたい。そのために俺は小説を書いているんだ。


 それは単純なことで、俺がここにいることを認めてほしかっただけなんだ。


 俺はボッチに逃げていただけ。まわりのレベルが低いと言い聞かせて、自分だけはレベルが高いという幻想に浸っていただけ。自分自身が見えていなかった。俺は俺がどんな人間か、分かっていなかった。

 ネットで投稿しているワナビ作家全員のすべての作品が書籍化されることはない。99%が、そのまま消えていく。誰にも読まれず、筆を折る作家たちも何人もいる。


 俺はそんな悲惨な作家にはならないと思い込んでいた。残りの1%の優秀な作家だと信じ込んでいた。しかし現実の俺は、ただの大多数に埋もれるしかなかった。


 書けば吉岡からは気持ち悪がられ、篠田からは執筆をやめるよう説得され、母までも悲しませてしまった。


 誰が俺の作品を喜んでいるんだ。自分に都合の悪い感想はできるだけ見ないようにしていたけで、散々じゃないか。読者のレベルが低い、読解力がないと言い訳していただけじゃないか。


 俺はスマホを取り出し、「小説家になろうぜ」のサイトを開く。

 小説情報を見ても、ブックマークはこの数週間まったく増えていない。アクセス解析も、今日は2PVだけ。更新していないというのも言い訳にならない。


 俺はすべてを犠牲にして夢を叶えるために打ち込んできたが、その行動のすべてが無意味だったとしたら。それは考えるだけでも恐ろしいことだった。


 俺が小説を書くのをやめたら、成績は上向くのか? クラスで友達ができるのか? 吉岡にキモがられないのか? 母が悲しまないのか? 俺は普通の高校生活を送れるのか?


 なんの保証もない。


 唯一の心のよりどころであった夢をあきらめたとしても、もはやただのクズでしかなかった。俺みたいな人間が道端で転がっていてもだれも拾いもしない。蹴り飛ばしもしない。一瞥もしない。ただ、そこにあるだけ。死ぬまで、そこに寝転がっているだけの邪魔な存在。


「……認められたい」


 それはただの承認欲求だった。誰かに認められたい、それだけが俺を夢に繋ぎとめる唯一の方策であった。


 だが今、その鎖が外れそうになっている。このまま書き続けて何になる。読者も、母も、自分自身も、誰も得をしない。


 すべて小説を削除して、作家KAZMAとしての活動を抹殺する。それが最善かと思えた。


 だが簡単にできることではなかった。これまで書き続けてきた小説、面白いと思って書き続け、歴史に残る作品だと自負していた、そして書籍化するのが当然と考えていた。それを、俺は捨てられるのか? 


 過去も未来もすべてを捨てて、俺は生きていけるのか?


 なろう作家KAZMAは、このまま静かに死んでいくべきなのだろうか。


 簡単に決断ができない俺は、Twitterを開いた。最後の悪あがきをしてみようと、ひとつ思いついたのである。


【拡散希望】フォロワー様に質問なのだ!「異世界ハーレム戦記」をこの先続けるべきか迷っているのです。僕はどうするべきかな?

率直な意見を教えてほしいのだ!

【続けて書くべき!】

【もうやめとけ!】

残り24時間


 Twitterのアンケート機能を使って、どれくらい反応があるか、託すことにした。


 もし、俺の作品をこの先も読みたいという声が大きければ、俺は続けて書く。ひとりでも俺の作品を読んでくれる読者がいるのならば、書き続けねばならない。それがネット作家としての矜持である。


 そしてもうひとつの回答、【もうやめとけ!】が勝ってしまった場合、俺はきっぱり諦めることにする。それが民意ならば、俺は受け止める。なろう作家KAZMAは、ここで終了する。


 アンケートの期間は二十四時間にした。結果は、明日のちょうどこの時間に出る。


 俺はTwitterに投稿してみて、なんだか気持ちが少しだけ晴れた気がした。


 他人の意見に頼るというのは卑怯だと言われるかもしれない。自分の夢の後始末くらい自分でやれと言われるかもしれない。


 ただ、俺はできれば書き続けたい。書籍化できなくとも、なろう作家であり続けたいことは事実なのだ。しかし、そうすることで何も得るものがなく、失うものばかりになれば、それは諦めるべきではないかと、珍しく弱気になっているのだ。


 だが一人でも、俺の小説が読みたいという声が多ければ、俺は黙って書き続ける。きちんと「異世界ハーレム戦記」を完結させてみせる。これがネット作家KAZMAの決意であった。


――二十四時間後。


 俺が投稿したアンケートには誰も答えることなく、0票のまま回答期限が終了していた。


 ひとりも、たったひとりも、俺のアンケートに回答してくれなかった。ゼロだった。


 俺の「異世界ハーレム戦記」が続いても、打ち切っても、誰も興味がないということだ。


 やはり、地球上の誰も、俺には興味がないのか。それは恐れや不安なんかではなく、確実に絶望として俺の心に刻まれた。


 俺は、誰にも期待されていないし、興味を持たれていない。


 やはり、あきらめよう。


 俺はそれからただの肉の塊として過ごしていた。なんの価値もない、クズ人間として、この世の中に存在していても仕方がない、そう思い、なんだか頭の中でひとつの結論を導き始めた頃、Twitterで俺宛に一通のDMが送られてきた。


 こんな俺に、まさかの展開が訪れることになったのだ。それはとてもとても、良い知らせだった。


 人生において初めて、俺にも春が来たのかもしれない。



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