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第20話 吉報

 なろう作家としての活動を諦めかけていたそのとき、TwitterにDMが届いた。


 相手はストライクブックスという見知らぬアカウントだった。


 俺はその名前を見て、胸の鼓動が一気に高まるのを感じた。


 ここ数日、あのアンケートの結果が出てからは学校から帰ってくると自宅の部屋で、何もやる気が起きずベッドで寝転がっているだけの生活を送っていた。


 かといって諦めて小説を削除することもできず、パソコンさえ開けていなかった。事実上の筆折りだった。


 そんな俺に、ストライクブックス、というところからDMが届いたのだ。


 大手出版社ならば名前を見ただけでそのレーベル名や所属作家様の名前が浮かぶのだが、正直このストライクブックスという名前はピンと来なかった。


 それでも俺は嬉々として、まるで永い眠りから覚めたようにベッドから跳ね起き、届いたDMを開いてみた。


『KAZMA様

突然のご連絡ご容赦ください。

私はストライクブックスで編集をやっております靭崎うつぼざきと申します。

KAZMA様の「異世界ハーレム戦記」を拝見させていただき、大変おもしろいと思いまして連絡させていただきました。つきましては色々お話をさせていただきたいと思いますので、よろしければ電話番号やメールアドレスをお教えいただけないでしょうか? ご連絡お待ちしております。

 ストライクブックス ラノベ編集部 靭崎ヒロト』


 こんなことがあっていいのだろうか。これは、俺が待ち続けていた書籍化の打診というやつなのか?


 文面には確実に「KAZMA」という俺のペンネームと、「異世界ハーレム戦記」という作品タイトルが書かれている。間違って送られてきたわけではない。これは、KAZMA、すなわち俺、橋和馬宛に送られてきたものだ。


 ただこのストライクブックスの靭崎という編集者だが、この文章だけでは書籍化をはっきりと明示していない。あくまで話をしたいというもので、これは何を意味するのだろうか?


 いや、いきなり最初から「あなたの作品が書籍化決定しました」ということを言ってくるはずがない。なぜなら、書籍化するかどうかは作者である俺が決めることだ。俺がノーと言えば、このストライクブックスは諦めざるを得ない。そういう意味で、まずは話を、ということなんだろう。


 俺も書籍化を夢見ていたとはいえ、段取りや手順がどう進んでいくのかはまったく知らない。こんなことならば山本に聞いておけばよかった。


 しかしこのメールだけで慌てて有頂天になるつもりはない。これはあくまで出版社から連絡が来た、というだけで書籍化決定ではない。


 間違って、山本のように書籍化を学校で喧伝してしまうと、この話がおじゃんになってしまう可能性もある。ここは慎重に事を進めなくてはいけない。冷静に、慎重に、余裕をもって、対応せねばならない。


「落ち着け、こういうときこそ、落ち着くんだ」


 とりあえずストライクブックスの靭崎にDMを返さねばならない。


 話を進めるにしても、このままTwitterのDMを使うわけにはいかない。それこそ電話とか、もしかしたら直接会って話をすることになるのかもしれない。


 そりゃそうだ、俺の小説が本になるかもしれないんだ。いや、普通に考えて、このままいけば書籍化の確率は90%と見てもいいだろう。


 そうじゃなければ、こんな意味深なDMを送ってくるはずがない。そうだ、書籍化だ。ついに、俺の夢が叶うんだ。


 俺は冷静に、慎重にと考えていた数分前のことなど忘れ、考えれば考えるほど有頂天になっていた。だってそうだろう? 夢が叶おうとしているのだ。


 つい先日、俺はなろう作家をやめようとまで考えていたのだ。PV数も上がらず、このままでは書籍化などされるわけがないと自分の中で終止符を打とうとしていた。


 このまま小説を書き続けても意味がない。加えて母を悲しませたり、学校の成績が悪くなったり、まったくいいことがなかったからだ。


 それがまさかの急展開。俺は窓を開けて、叫びたかった。「ここに書籍化作家がいるぞ!」と、生まれて初めての大声で知らせてやりたかった。それくらい俺は、夢に酔っていた。


 夢が叶うというのは、こんなに気持ちがいいものなのか。我慢してきたものが、すべて報われて、それでもあり余る快感だった。


 教室で俺のネタ帳を朗読されたことも、山本に俺の小説を酷評されたことも、吉岡から食らったビンタも、生徒指導室で篠田にネチネチ説教食らったことも、母を悲しませたことも、すべてすべてひっくるめてもお釣りがくるくらい、俺は快感に浸っていた。


 困ったものだ。俺はこんなにテンションが上がる人間だったのか。自分でもびっくりだ。


 手のひらを見ると、じっとりと汗が滲んでいる。歓喜の汗だ。


 これまでの人生、これほど嬉しかったことはない。テストでいい点をとっても、誕生日にゲーム機を買ってもらっても、好きなラノベがアニメ化しても、こんなに嬉しかったことはない。人生最高の喜びだ。夢が叶うのは、最高だ。みんなに教えてやりたい。


 俺はすぐにストライクブックスの靭崎に返信した。


 その日、俺は眠れなかった。俺の「異世界ハーレム戦記」が本になるという(あくまで仮の話だが)興奮と、その先の未来のことで頭がいっぱいだった。


 イラストはどの絵師様に頼もうか。アニメ化したらどうしよう。カズマやミナの声優は誰がいいか。グッズができたらどうしよう。俺も作者としてテレビに出るかもしれない。想像は止まらない。


 あらためて靭崎からパソコンのアドレス宛にメールが来たのは翌日の夕方だった。


『KAZMA様

お世話になっております。ストライクブックスの靭崎です。

この度はご返信ありがとうございました。

まずはストライクブックスについて、ご説明させていただきたいと思います。弊社ストライクブックスはこの度、新しくライトノベル編集部を設立し、ライトノベル出版に力をいれていくこととなりました。

それに伴い、「小説家になろうぜ」内で有力な小説を調査、厳選しておりましたところ、KAZMA様の「異世界ハーレム戦記」が目に留まりました。すでに編集部内全員で拝読させていただき、もしよろしければストライクブックスのラノベ第一弾として、書籍化させていただけないかというお願いになります。

もしよろしければ近日中にお会いできればと考えております。その際、書籍化における条件の提示及び、今後の予定なども合わせてご説明させていただければと存じております。

もちろん書籍化の是非に関しましては、KAZMA様のご意志を尊重させていただきます。

また、書籍化の打診及び、ストライクブックスのラノベ進出予定など、このメールで連絡させていただいたことは何卒他言なさらぬよう、お願い申し上げます。

良いお返事をお待ちしております。

ストライクブックス ライトノベル編集部 靭崎ヒロト』


 俺は、ようやく出てきた「書籍化」という言葉に得も言われぬ幸福感に打ちひしがれ、もう完全に有頂天に達したのだった。


 これ以上の幸せはない。ついに俺は手に入れた。書籍化作家という称号を。たった1%だけがたどり着く書籍化という栄光に、俺はたどり着いた。


 夢は叶う。俺は気が付けば涙を流していた。嬉しくて嬉しくて、きっと鏡に映る俺の顔は、人生最大の笑顔なのだろう。


 よく笑いよく泣く母さん、俺はやはりあの人の息子なんだ。俺もこんなに笑って、泣けるのだ。


 もう怖いものなんてない。だって俺は、今日から書籍化作家なのだから!

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