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青灰の地より
青灰の地より
不病真人
異世界ファンタジー戦記
2025年06月08日
公開日
27.1万字
連載中
神は死んだ。 巨大な骸は灰と化し、大地を覆い、すべてを呑み込むほどに世界を覆った。    その地は何かを拒んで。  その地は何かを慈しんだ。 龍にして、龍にあらず存在への信仰は未だに潰えぬ地で男が一人。 その匂いは冷たく、記憶すら燃やし尽くす。  そんな感覚も現実へ移る。 やがては一人の身でなくなる。 灰の大地から旅立、ち向かう先にて、選ばれた記憶と再会する。 失われた真実を求め、絶えずやまない恐怖の存在に抗う運命の旅に、残響の成れ果ては、再生の火は灯すのか。 出会う全てにおいて、森と木々、海と波。不可視な存在、常なる敵。 気がつけば 足元には、死した森。 葉の代わりに灰を纏う木々は、風に軋みながら過去を語る。 彼方には、光さえ映さぬ暗闇の深淵に等しいか、その海。 波が鈍くうねり、地上にも関わらず深淵からの目が旅人を見上げるように彼を見下ろす。 踏み入る地のすべてに、不可視の敵が息を潜めている。 恐怖で体が震えている男に神の偉業が降り注がれる。 彼は忘却の海に沈んだ真実に打ちひしがれるか、または己の魂を削る毒に喰われる定め。 形なきそれらは、決して、眠りを許さず、息を潜め、常に脅威になる。 焔で導くのは、過去か、真実か。救済か。  英雄の叙事詩になるか。 騎士に詩人に、帝国の存在。 これは滅びの物語か、それとも再生の序章か。 絶えぬ疑問にいえることはただ一つ。 ———「死んだ世界たちが、もう一度、脈を打とうとしている。」——— ※小説家になろう、カクヨム、にて同名義で連載中

第一部 龍と男に焔 第一章 魔女と鉄蹄

第1話 灰を喰う

この地では風が吹かぬ。

火を灯せず、鐘も鳴らず、木すらも生えぬ。

ただ、灰が降る。それだけだ。

それを人々は「祝福」と呼び、舌にのせ、肺にいれ、胃に詰めて生きる。


そう名づけられているから、そうしているに過ぎない。

 さっきからこんなくだらないことを言う俺は..

俺は名を持たぬ。いや、正確には捨てた。


 名とは、かつてこの地に在った“龍の名”を借りて付けるものであり、俺にはそれを授ける者がもういない。


いわゆる──孤児だ。



ゆえに、ただ「解体人」とだけ呼ばれてきた。


捻りもなければ、誇りもない。ただの呼び名だ



 十と八の歳から、俺は“神龍の肉”を解いて生計を立てた。名の如く、龍はこの世の神だ。

  ……だったものだ。


 神は、もう死んだ。 


だから人々はその死骸に群がり、血を吸い、骨を削り、脂を焚いて、いつまでも明かない夜をしのぐ。そうしなければならない。

 俺の仕事は、灰を降らせるそんな“神の死骸”からとりわけ食える部分を選り分けること。故に解体人、か

仕事の半分はこれ。


けれど、あるとき触れた感触に、思わず動転した。

それはあまりに眩しかった。


手で隠そうとするが、無駄だった。


 神は光に似ていた。

皮膚は光を反射する金属のように冷たく、

それゆえに発光しているかのように見える。


叩けば金属のような音を返す。

切り裂けば、音が増す。


「骨が音を帯びているのか」と驚いたのは、最初のことだった。

骨の中は空洞が多く、音を反響させる構造になっていた



 俺は鳴り響くその肋、その骨、その音へ向かって、斧を振るい続けて砕く、砕く、砕く、砕く、

砕く。

 砕く。

砕く、砕く、砕く。

砕くそのたび、耳の奥で「讃歌」のような振動を聞く。

 だが、いつからか――それが「呻き」に変わった。

だから俺は、いつも自分に問いかけている。

今も、こうして。そうだ

 ──本当に、これは死骸か?


 ある夜のことだった。

俺は、神の眼窩から降る灰を眺めていた。


そこに、ひとひらの灯があった。


誰かが、火を点けたのだ。


この地では風が吹かぬ。

だからこそ、火を灯すことは禁忌だった。


火は──記憶を呼び起こす。


忘れることこそが、この地における生の術であるにもかかわらず。


 俺はその燈に近づいた。

そして、見た。


ひとりの女が、神の眼窩にのしかかるようにして、かすかな火を掲げていた。


 眼のない神の頭蓋に、灯りを点す――それはまるで、神を再び目覚めさせようとするかのようだった。


 「おまえは誰だ」

俺が問うと、女は言った。

「まだ、名を持たない」


 その声は、燈の火のように儚く、降り注ぐ灰のように重厚だった。

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