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青灰の地より
青灰の地より
不病真人
異世界ファンタジー戦記
2025年06月08日
公開日
6.4万字
連載中
神は死んだ。 巨大な骸は灰と化し、大地を覆い、すべてを呑み込むほどに世界を覆った。 生き残ったのは、灰を喰らう者たち。 解体人と呼ばれ、神の遺骸を掘り返し、生を繋いだ者たち。 その一人の男は、 火を燈す謎の女を伴い、記憶と残響の深奥へ——。 男は「火を燈す女」をともに、神の心臓が眠る跡地から還ってきた。 かつて解体人として神の骨を掘り、灰を喰らい、生き延びた日々。両手に感じた「心臓」の重みが、焔の導きとともに消え去る。 「ーーーーーー」 忘れたはずの問いが、胸を刺す。 体の奥で、静かに息づく「何か」が脈を打つ。それは、滅びの残響か、再生の鼓動か。 灰の大地を旅する男と女は、選ばれた記憶と再会する。失われた真実を求め、選ばれた記憶と再会し、失われた真実を求めて歩む——。 残響の成れ果てに、再生の火は灯るのか。 その焔が導くのは、過去か、真実か。それとも運命の断片か。 これは滅びの物語か、それとも再生の序章か。 絶えぬ疑問にいえることはただ一つ。 ———「死んだ世界が、もう一度、脈を打とうとしている。」———

第1話 灰を喰う

この地では風が吹かぬ。

火を灯せず、鐘も鳴らず、木すらも生えぬ。

ただ、灰が降る。それだけだ。

それを人々は「祝福」と呼び、舌にのせ、肺にいれ、胃に詰めて生きる。


そう名づけられているから、そうしているに過ぎない。

 さっきからこんなくだらないことを言う俺は..

俺は名を持たぬ。いや、正確には捨てた。


 名とは、かつてこの地に在った“龍の名”を借りて付けるものであり、俺にはそれを授ける者がもういない。


いわゆる──孤児だ。



ゆえに、ただ「解体人」とだけ呼ばれてきた。


捻りもなければ、誇りもない。ただの呼び名だ



 十と八の歳から、俺は“神龍の肉”を解いて生計を立てた。名の如く、龍はこの世の神だ。

  ……だったものだ。


 神は、もう死んだ。 


だから人々はその死骸に群がり、血を吸い、骨を削り、脂を焚いて、いつまでも明かない夜をしのぐ。そうしなければならない。

 俺の仕事は、灰を降らせるそんな“神の死骸”からとりわけ食える部分を選り分けること。故に解体人、か

仕事の半分はこれ。


けれど、あるとき触れた感触に、思わず動転した。

それはあまりに眩しかった。


手で隠そうとするが、無駄だった。


 神は光に似ていた。

皮膚は光を反射する金属のように冷たく、

それゆえに発光しているかのように見える。


叩けば金属のような音を返す。

切り裂けば、音が増す。


「骨が音を帯びているのか」と驚いたのは、最初のことだった。

骨の中は空洞が多く、音を反響させる構造になっていた



 俺は鳴り響くその肋、その骨、その音へ向かって、斧を振るい続けて砕く、砕く、砕く、砕く、

砕く。

 砕く。

砕く、砕く、砕く。

砕くそのたび、耳の奥で「讃歌」のような振動を聞く。

 だが、いつからか――それが「呻き」に変わった。

だから俺は、いつも自分に問いかけている。

今も、こうして。そうだ

 ──本当に、これは死骸か?


 ある夜のことだった。

俺は、神の眼窩から降る灰を眺めていた。


そこに、ひとひらの灯があった。


誰かが、火を点けたのだ。


この地では風が吹かぬ。

だからこそ、火を灯すことは禁忌だった。


火は──記憶を呼び起こす。


忘れることこそが、この地における生の術であるにもかかわらず。


 俺はその燈に近づいた。

そして、見た。


ひとりの女が、神の眼窩にのしかかるようにして、かすかな火を掲げていた。


 眼のない神の頭蓋に、灯りを点す――それはまるで、神を再び目覚めさせようとするかのようだった。


 「おまえは誰だ」

俺が問うと、女は言った。

「まだ、名を持たない」


 その声は、燈の火のように儚く、降り注ぐ灰のように重厚だった。

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