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第13話 森と炎の歌


 ──目が覚めた時、湿った草の匂いと、植物の葉が擦れる音がする。


鼻先には雨が降った時、湿った時特有の匂いが充満していた。


 ここで目を覚ました男は、視界一面に広がる景色の緑に、一瞬、自身が夢の中なのかと思った。


 しかし身体のあちこちが重たい。土と泥の感触がこれほどかというぐらいに、自分の足の脹脛を柔らかい感触でくすぐったく、それを撫でていた。


だが、不思議と痛みはそれほどでもない。

おそらく、一定の時間を過ぎ去ったのだろうか。

あたりを見渡してみるとまさに森の奥という感じだった。

空は木々に覆われて見えない状態で、薄暗く、しかし斑に差す光でやっと朝頃だと分かった。


「……生きてる、のか……?」


 乾いた声を漏らし、上体を起こす。

口の中はカラカラで声が出にくい、喉もかなり痛い。

 少し重さを感じては、腕の中には抱えていた女もいた。どうやら無事なようだった。ぐったりとしているが、呼吸はある。


「よかった……」


 そう呟いた時であった。


「た、助けてええええええ!!お助けあれ〜」


 間の抜けた叫び声が森の奥から響いた。男の耳がぴくりと動く。


 呻きながら立ち上がる。意識がまだ朦朧としているが、体は動ける。


 女背中に背負い。草木で縄を作っては締めた、それで落ちないようにした。

次にと、男は彼の左腕につけていた杭撃ち装置を確かめた。手に馴染む、道具だけとしてではなく、武器としても扱ったものだからか。

一瞬、あの頃のように記憶が脳裏をよぎった。

しかし今はと思い、自分自身の思考を断ち切っていった。


「だ、誰か!」


 助けを呼ぶ声は、なおも続いていた。

そしてそれと同時には、何か、獣が吠えるような音も混じっていたのさ。


「状況を確かめた方がいいな」


 思考を整理させるみたいに呟きつつ、男は音のする方へと駆け出る。


 ──少しの奔走を経て、森は開けていく。

やがて少し広い場所に出る。


 そこでは、大きな獣が一頭、なんなのかはわからない。

しかしそれは若い青年を追い詰めていた。獣の体躯は四肢が筋肉に覆われ、大きな口をしては上下の歯をぶつからせては口からは火花を散らせていた。


(....初めて見る、火が出るものは。)


がさ


音がした


何かを蹴った感触だった

 解体人は足元を見るとそこでは転がった楽器──そうか、青年は旅の楽士だったか。

それにしてはまともな武器もないようで、ただただ情けない悲鳴を上げていた。

動く人ならば少しは武器を持つべきとは?そう思い、訝しむ。


「動くなよ、そこを!」


 男は叫びながら、動きを取り、手を構える。


 瞬間、火花が走り、男の左手から紅蓮の炎が放たれた。


 森を焼かぬよう、火は細く鋭く、蛇のようにしなやかに獣の大きくそして太いの首を貫いた。


次の瞬間獣は火だるまとなる。


 火ダルマとなった獣はグォッと唸り、

そのままその場に崩れ落ちる。火の香りと焼け焦げた獣の毛が、風に流れていく。

(やはり神術とかいうものを持っていないと、簡単に殺されるんだな。)


「……っ、は、はは……た、助かった……!助かった……!」


 腰を抜かした青年が、地面に手をつき、涙ぐみながら叫んだ。


 男は一歩近づき、彼を見下ろす。


「お前……それ以上近づくと打つぞ」

警戒をする解体人である、無理もない。すでに何回も襲われていたからだ。



「い、いえ、小生は怪しいものではありません!旅のもの、吟遊詩人です。」


 「...お前ここがどこかわかるか?はいか、いいえか、二つで答えろ」


「は、はいっ、ここはリタフォルデという土地でして、近くに小さな村が一つ、領主は」


「よく喋るな、もういい、その反応からするとお前は敵じゃなさそうだ。

確か“ぎんゆうしじん”だったな、妙な名前だな。」

解体人の声で青年の言葉が遮られる。


少し驚いて言葉を忘れる青年であったがすぐさまに。


「そ、そうです! 旅の詩人、名はリドゥと申します! 

命の恩人! 命の恩人です!あなたは、森の神の導きに違いありません……嗚呼、森の神リドリーグィファよ。」


 そう言って、彼は何やら聞いたことのない神の名、その祈りの言葉を口にした。


話していくうちにリドリーグィファはこの辺の土着信仰ということを知った。リドゥの名前もそこからで、“森の導きがあらんことを”という意味らしい。


「いや、神に導いてはもらえないな。」


「いやいやいや、そういう謙遜は、かえって神秘を際立たせるものですぞ! ほら、見てくださいよ。この鳥肌! この感動を!実に、神がかりなご登場でした!」


 リドゥと名乗った青年は、恐怖から解放されたせいか、やたらと饒舌だった。よく動く口と一緒に身振り手振りで、獣の恐ろしさと自分の幸運に、解体人の偉大さなどなどについて延々と語り続ける。


 男は呆れつつも、少しずつその騒がしさによって警戒を解いた。


「それに貴方のそのは体躯、やはりただものでは」


 うるさい奴だった。


 だがその騒がしさは、嫌いじゃなかった。


 そして──リドゥは、突如として、黙り込む。

何かを思いついたのか、急に真顔になっていた。


「……命を拾われたら、小生にはやらねばならないことがあるんです。」


 そう言って、立ち上がると、胸元を軽く叩くと、咳をしては喉を潤す。


「唄わせてください」


「は?」


「これは礼です。貴方に、そして……この素晴らしき出会いに。」


 リドゥは、ゆっくりと目を閉じ、息を吸った。伴奏もなく、声だけの唄を始めた。




音もなく歩むものよ、

風を身にまといしものよ。


その足跡、花の如し、

そのまなざし、獣を鎮るる。


われらが知る。

剣を持たぬものこそ、

神に近きと。


汝を森を抱く


──御使よ、

願わくは ふたたび来たれ。

名も告げず、声がなくとも。




 唄が終わった。森の音が自然と伴奏になるような淡々とした唄であった。


 鳥が鳴く。風が吹く。そんな音がいい塩梅をしていた。

「どうですか……? 今の、三割くらい即興ですが……泣きそうになりましたでしょ? なってないのですか!? え、無理してはいないのでしょうか?」


「……」


「……あれ、無言って一番つらいのですが……?」




 男は空を見上げる。葉の間から、未だ変わらずには日の光が差しかかっていた。




  ──生きている。


「...さま、貴方様、貴殿、ダンナ」


「黙れ。喋りすぎだ」


リドゥに罵声を浴びせる解体人。


「えーっ!?」


だが、その言葉には怒りは聞こえてはなかった。


 それどころか、少しだけ笑っていたように、リドゥには聞こえてくる。


「さて、寝てる……あの方、お連れですよね?」


「この森。夜はもっと怖い連中出ますので、小生をお供させてもよろしいでしょうか?それに旦那様だけで彼女をお守りするのには」


「それに、それにあの方にも同意の方をお伺いしたく。」


 「そうか」


「私はいいよ」


「うっ、起きていたか。」



「……では次の町までご案内いたします。あ、でもその前にお食事……」


陽が落ち始め、森に橙の光が差し込む。解体人が焚き火を組んでいると、リドゥがいつの間にか、倒れた獣の肉を切り分けていた。


「こんな見て呉れですが、毒はないんですよね、むしろ珍味として富豪の商人や貴族が好んで食べたりします。」



「でも独特なえぐみがあるので、

ちゃんと捌かないといけないんですよね。」


そう言ってリドゥは座り込んだ。

 解体人が組む焚き火の傍らでリドゥは鞄を広げては、自慢げに自分の荷物を見せてくる。


「さてさて、これぞ旅の人にとっては命より大事と言っては過言ではございません!」


 まず一つはのは、今広げている鞄であった。

普段は背中に背負った大きな革製の鞄で、表面は無数の擦り傷と泥汚れでくたびれているが、いかにも頑丈で堅牢そうだ。


「お次にですね、中身はざっとこんな感じで」


(そんな事はどうでもいい、気が散る。)


中身は料理や護身用に使う、切れ味抜群な短剣。

そして数種の小瓶入り香辛料、岩塩、干した液果の粉末、乾燥させた香草、森で採った山椒の葉っぱなんかも。


そして次は小さな布袋を取り出した。

中に堅果の類や干した小魚を少しだけ持ってる。


最後に

巻物状の簡易地図と筆記用具旅


「あっ、これは食事に関係ないです。」



「お待たせしました、しかしこれがないと野生の獣はとてもじゃないですが、食べられないんですよね」


そう言ってリドゥは肩をすくめて笑った。


 そして使うものを取り出したあと、彼は再び短剣を取り上げ、手際よく磨きながら続けた。


「小生、旅においては、食料はなるべく現地調達にこだわってるんですよね。

重い荷物背負ってはかえって旅すると足手まといですし、山菜やキノコなどもわたくしの目利きなら、お手のものなんですよね。」


「料理と唄があれば、どんな状況だって楽しく宴ができちゃうんですよ!それで鬱な気分もどーんと晴れますって」


リドゥの明るい声が静けな夜の森に響いた。

軽い言葉で述べているが。彼の装備と習慣が、旅には慣れていることを物語っていた。


 そう言って間に短剣磨きも終わり。


 どこからか彼は使い込まれた、薄い布を取り出しては下敷きにひいては調理台がわりにした。

そして調理の主役となる獣の肉を、包丁のような細身の短剣で器用に筋を断ち、余分な脂を削いだ。


「吟遊詩人って正直、歌うことだけじゃくっていけなくて、なので、最低、三つの腕がいるんですよ。一つは唄う腕。二つは喋る腕。そして三つめが……炊事の腕!」


 リドゥは得意げに話をしながら、小瓶に詰めていた香草を取り出した。

 それを火にくべると柑橘に似た甘酸っぱい香りが立ち上る。


「これがあると臭みが飛ぶんですよ。あとは、岩塩と……ん~、隠し味に干し漿果の粉末!」


「腹の底に宝を隠すのが旅人の常識! 料理でも欠かせない、ってもう言ってました。」


  そう言いながら香草などの香辛料を隈なく振りかけるては、切り分けた肉に馴染ませるように串を上下させて、焚き火の端で、串を絶え間無くくるくるとさせていた。


 時間が経つにつれてじゅう、じゅうと油が滴る音もましては、肉汁が踊るように火の上で跳ねる。


 あたりに広がる香ばしさに、目を覚ました女が弱々しく顔を上げた。


「……いい匂い……」


「おお、またお目覚めですねお嬢さん! どうですか、二度寝のご気分は。今、小生肉を焼いています。お一ついかがでしょうか。

かなり遅めの朝食とはなりますが。」


「うん...」


女はリドゥから串を貰う


「食え、うまいぞ。」

解体人はすでに何本もの串を平らげていた。


女はそれを聞いて肉に視線を配る。


 肉は表面がうっすらと飴色になっていて、少し焦げた香草に燻されて、甘く、酸っぱく、そして獣の肉特有の、そんな野性に溢れた味のある香りが鼻をくすぐる。


「まだまだありますので、じゃんじゃん食べてくださいね。」


リドゥはそう言って木の葉を三枚並べては、焚き火から串を取り出すと、匠な手つきで肉を削ぎ落として載せた。


ガブリ


 焼きあがった肉はしっとりと柔らかく、同時に表面はパリッと焼き上がっていた。

味においても、生の時の獣臭い匂いに似た味はなく、それは全てが肉の旨みに変化していた。


 さらに噛めば噛むほどに香草の風味などの酸味や旨み、渋みが交じり合っては、舌の奥にじんと甘みが広がったりして、肉のしつこさを解消させていた。。


 ……なるほど、上手い。


 女も少しずつ小さな歯で肉を噛み締めては、目を見開いた。


「これ……本当に野生の獣で……?」


「もちろんですとも、小生、本音を誤魔化しても、嘘はつきません」


 焚き火の炎がパチパチと弾ける。三人はしばし無言で、肉を頬張った。


 やがて満腹の溜息が洩れた頃、リドゥは残った骨を集めて、火の中へ落としながら、ぽつりと呟いた。


「そう言えばお二人方の名をまだお聞きしてないですが、よろしければ聞かせてもらえないでしょうか?」


 男は答えず、火に肉を焼かれた串だけを投げ込んだ。


「私たちに名はまだない」


「....!そうでしたか、では縁も縁ですので、呼びやすいように、小生が綽名をつけてよろしいでしょうか?」


「...好きにしろ。」


「ではお言葉に甘えて、こちらの麗しい姫方、少し小柄で可愛い外見をしていますが、お年頃はおそらく小生の姉ほど見えて、ざっと二十と四か五あたりでしょうか?」


「多分、そう」


「やはり、どおりで大人な女性の冷静な雰囲気がかも」


「そう言うのいらん、煩いぞ、お前。」


「それでは綺麗な月の夜を記念しまして、月の女神の名の下に、アスフィンゼ様でいかがでしょうか。」


「どうだ?」

「いい響き、アスフィンゼ。それにする」


「大変光栄でございます♪」


「ところで旦那様のお名前を」


「やれ」


「はい!ガルシドュースでいか」


「それだ」


「はーい♪ガルシドュース様!」


「ん?」

(なんだか遠くから轟音がするな。)


「いかがなさいました?ガルシドュース様?」


「なんでもない。」



「私が正義であるから。」


 「デ、デミアン閣下、はなし、はなしが違う!俺たちは演技でただ」


 「私の命令であったとしても罪は罪、それは罰さねばならん!

貴様らのような罪人を一秒でも!そう長く生永らせたことが我が慈悲の体現である。」


「ひっ、ひー!!!」


 「故に死ね、惨めに!むごったらしく。罪人に相  

応しく!」


 「いやぁあああグチャー!」

 「クズめ、貴様の脳を潰したことによってこの私の装備が汚れた。 やはりクズは死んでもクズだ。」


「こうなったらかかれー。」



灰色の空に、絶え間なく叫びが響いた。


「かかれェェッ!!」


 最初に発された男の声に続け様に発される怒号、しかしそのどれもが、恐怖にかすれ、乾いた声をしていた。

それでも、命欲しさに傭兵たちは走る。砂を蹴り、鉄を鳴らしては、歪な雄叫びを上げて行く。


 砂嵐を撒き散らす、百数十の男たち。その刃は鈍く、戦列は粗雑。身体の装備も布や革などの鎧が主流であった。

——それでも、彼らに残された唯一の希望は、数によるものだった。


しかし、それすらも意味を成さなかった。




重く、空を裂く声が響いた。


 「全軍、掃討陣列。前進。」


その一言と共に、法務官デミアンの軍が動く。


黒き外套、赤と金の意匠が刺繍された無機質な群れ。


整然とした歩調。無駄のない動き。

罪人を狩るためだけに設計された機構のような兵たちが、滑るように展開する。


彼らの中央——法務官デミアン・デウトリックが、ゆっくりと歩を進めていた。



 身に纏しは黒鉄の外套であり、それは赤金の装飾を身に着けては、風共に舞う。

胴の真ん中から腰にかけては銀色の鎧で覆われいて、無駄を排した線で組まれたその金属の殻は、強固な防御を誇る。


キーン

「キキレネェ!?」


 「罪人め!」


 グチャ


脚には厚底の鉄の靴があり、その造形は、容易に人を蹴り潰せるものであった。


グチィ


それらを全て身に纏い中背ながらも、筋肉を膨らませていたその体躯は、威圧的であった。


「罪人に容赦なし!」

囚人を蹴り飛ばした男は顔の表情も変えずにこう言う。


 その顔には皺が一つもなく、髭も生えていない。

頬から顎にかけては肉が削げていて、彫りが深く、

後ろに撫でつけられている中短髪な髪はそれをより一層引き立たせる。

目つきは鷹のように鋭く、眉は刃のような造形であった。


そんな鋭い彼の目が、敵の列を貫いた瞬間——

十名近い傭兵が、恐怖で足を止めた。




「逃げれば、背後から殺す。残れば、正面から。」


その声は低く、重厚な声であった。。


そして——デミアンの右手が、動いた。


 傭兵たちが見たこともない鉄の武器が現れる。


人間の男の手首から肘ほどの長さを持つ、戦槌のようなもの。


「ままさか!?“裁断龍砲”だとぉ!」


傭兵の一人が気づく。


独特な外見の黒鋼と紅銅が融合した重装甲のそれは、砲弾を打ち出すものであった。

その弾倉には固定式の大砲と比べて小型ながらも、人間の胸部を粉砕できるほど、殺傷に特化した砲弾が仕込まれていた。


そして今、それはうねりをあげている。



 機構のうなりと共に、デミアンが地を蹴る。




一人目の傭兵が必死の覚悟で斧を振り上げる。


デミアンはその刃を一瞥したのみ。

斧が落ちる寸前、彼の身体が横へ滑った。


音もなく、速い。


そして、腹部へ“裁断龍砲”を零距離で押し当て——

引き金を引く。


「——裁き。」


ドン。


 鈍い爆音と共に、男の腹が木っ端微塵に爆ぜた。

臓腑が炎と共に舞うこともなく塵へと変わった。

痛みによる叫びを漏れす間もなく、上半身だけ後ろに倒れて地面に着く。




「まずは...一匹。次。」


彼は、戦闘中にも関わらず、まるで囚人を処刑してるかのように呟いた。




後方では、法務軍の射撃隊が弧を描く陣形に展開し、腕で持ち肩当てた“裁断龍砲”を模したさらに小型な兵器、“裁断榴”から飽和砲撃が繰り返される。

音速を超えて飛ぶ弾が、逃げ惑う傭兵の列を突き破っていく。


炸裂音、骨の折れる音、肉の破裂する音。


——そして沈黙。


 デミアンはその中央に立ち、濡れた鉄靴で血溜まりをじっくりと踏みしめながら、歩を進めた。




「まだ息のある者がいれば、全身を一つずつ潰してから殺せ。」


 (ひぃいいいいい!!!)


 敵の指揮官らしき男が隠れて最後尾から逃げ出そうとしたその時であった。


デミアンはそんな彼を見つけると、ただ一言。


「後衛、封鎖。」


数名の法務兵が飛び出し、“裁断榴”を突撃しながらも続け様に撃ち続ける。

凄まじい爆音が突進と共に、傭兵を一人、また一人と消していく。




 敵の列はすでに目に見えて瓦解していた。

叫びは消え、残ったのは物言わぬ肉の塊、そして……沈黙。


 ヒューン


焼け焦げた風が、デミアンの外套を揺らした。


彼は、踏みしめた屍の上で、静かに視線を落とす。


「過酷であれど、法は法だ。貴様ら罪人にこの世を生きる価値などない。」



 彼の足元、動けない傭兵が虚ろな目を見開いていた。それ眼差しは恐怖に引き攣り、焦点もなく空を見ている。


デミアンは、その頭蓋を鉄靴で踏み砕いた。


ゴチャ。


「貴様のような下劣な罪人に、生きる価値なし」


そして、戦は終わった。


「おい、そこの貴様、統計しろ、今すぐ情報を報告しろ」


「はっ!......」


────────────────────


「情報は以上となります。」


「小生が知る龍の知識は童話程度ですが、それでもよろしかったでしょうか?」


「それでいい、少し離れていろ、それとも俺に縛られたいか。」


「あはは、縄で跡はさすがにいたく、では。」

 そう言って少しだけ離れていった詩人リドゥ。


「それで俺の神術はお前の」


「ううん、私だけじゃない、あなたの灰、龍の灰が原料となるの、だから、私の火が貴方で燃え盛る。」


「それでも火をつけた分は磨耗している...だろ?」


「うん、なんだか、少しおばあ...さま?に近づいた気が。」


「そうか、おいリドゥ。」


「はい、旦那様」


「若返りの薬は。」


 「もちろんですとも、遠い、遠い地に住まう古の〜」


「唄うな、要点をまとめろ」


「はい、耳が長い種族がいて、不老長寿の果実がそこに、しかし遠い所にあると伝えられてきました。

そこまで行くには常人よりも低く、同時に強くある人々の助けがいる、とあります。

しかしあくまでも、これは吟遊詩人の間で口々に伝わっている伝聞なんですが。」


「ないよりはマシだ、長旅になるか、なら次の町を案内しろ、物資や移動手段がいる。」


「はい、かし」


「いいか町だ。村じゃない。」


「もちろんでございます♪」


「ん?眩しいなぁ...」


顔を見上げてみる、木の葉が少し減ってきた。


 空はまだ青かった。

 進むにつれてどんどんその青さに気づく。

 時間や場所的にも初めて空をよくみた。

 なぜか自然に足の動きが速くなる。

 靴音を鳴らしながら闊歩する。


 森の景色が少しずつ消えていく


「それで、そうなんですよ、旦那さま」


その森に響き渡った話し声や靴の音たちも、ゆっくりと遠く、遠く、消えて行く。


そしてそれは、

やがて、遠い、遠い、遠い場所で笑い声に変わった。


森の方でも、聞こえる、そんな笑い声たちであった。

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