空はまだ青かった。だがその青は、いつしか硝子のような硬さを帯びている、それはまるで割れる寸前かのように、薄く脆い張り詰めた色をさせていた。
騎士セクリオの声が消えてからも、町の喧騒は戻らなかった。
いや、戻ったかのように見えた。だがそれは、何かを見なかったことにしようとする、そんな喧騒。ただ平然を装っていた。
(言ってることは妄言に聞こえるが……子供の失踪と、町の顔ぶれの顔色。どこかが、妙に繋がる。)
ガルシドュースは自問自答をしていた。
静かに目を細め、町の南を遠くに見る。そこには、ただの草原が続くだけに見える。
リドゥはと言えば、道端の古びた井戸に腰掛けながら、何やら地元の人に垂れ込んでいた。
その声は楽しげで、まるで旅路の軽口のようだった。
(先ほどの騎士への否定が彼らに信頼を与えたのだろうか。)
「──ではなぜ、あの騎士殿の話を皆は笑うのです?もしや、忌み丘には本当に“何か”が?」
老婆は答えなかった。
いや、答えられなかったのかもしれない。
干からびたような口元が一瞬だけひきつり、視線を井戸の奥へと落とした。
リドゥはしばらく沈黙し、それからゆっくりと立ち上がる。
「……ガルシドュース様。市場にて、もう一つ耳に入った話があります。」
「何だ。」
「少し耳元失礼します。」
「「戻ってきた子供はいない」──と。」
その言葉に、一瞬、動きが止まる
⸻
数刻後
一行は町の小さな宿へと腰を落ち着けていた。
名を《猫の宿屋》という、色が落ちては。
黄ばんだ貼り看板に、やや斜めに傾いた煙突が印象的な宿だった。
中に入ると寝こける男がいた。
「おい。」
ガルシドュースが、呼びかた。
男は眠そうに瞼を擦っては、鍵を渡す
「上だ」 そう言ってまたぐったりとして、眠りにつく。
「どうせあの騎士、夜になればまた叫びに来るだろうさ。」
「言葉だけの人間ならばな。」
宿のあっちこちからヒソヒソと声が聞こえる、
聴覚がよくなったせいか、燃えてからはよく聞こえるようになったものだ。
暑苦しく、重い手製の防具を脱ぎ、杭撃ちの装置を左手のすぐ近くに置く、壁に立てかけながら。
そうして視線を宿屋の窓に向ける
「……何かがある。」
⸻
夜
町の広場に、またあの声が響いた。
「忌み丘に魔女あり!今宵、またも兆しあり!」
セクリオの声。だが、今度は少し違っていた。焦りと怒りの色が混じっている。
そして──彼の背には、布で包まれた“何か”が括られていた。
「あれは……?」
アスフィンゼが目を細める。
リドゥが言う。「恐らく、証拠ですな。誰も信じぬゆえ、彼は“何か”を持ち帰ったのでしょう。」
「見たか」
「馬鹿な……もし本当に魔女がいると言うなら...丘へ一人で向かったのだとしたら……」
「きっとやつが子供らを攫ったんだ。」
部屋から漏れで声。
ざわつく町の声。
そこに──
突然、ガルシドュースが借りた宿の扉が叩かれた。
扉の向こうには、怯えきった声が。
「た、たすけて……たすけて、だれか……ちゃんが、丘に、連れてかれて──!」
泣きながら扉を叩いていた音はやがて消えた─
代わりに、石霧亭の奥の壁が鳴った。まるで、誰かが内側から“叩いた”ような音。
⸻
深夜。
ガルシドュースは、一人で丘の方角へ向かっていた。
「──」
歩きながら、彼は古い旋律を口ずさんでいた。
解体人の仕事をする時よく口ずさんでいた。。
丘の麓には、セクリオらしき鎧の騎士がいた。
セオリクとの違いといえばただ静かに立ちずくしていた。
きっと昼から休まずに動いて疲れたからかだ
それは微動だにしない。
月光の下、黒鉄の鎧に包まれたその体は、まるで石像のように動かない。
珍しくも兜の面甲をつけていた。
兜の中から覗くのは──赤黒く日に焼けた、そんな皮膚が見えた。
ガルシドュースが近づくと、セクリオが静かに口を開いた。
「見たか。放浪の者」
「なんだ。」
「それを捧げ、《指》を賜る……それこそ、村に与えられし恩寵の証。
その《指》は、見よ、背きし者への戒めにして、加護を示す聖なる標なり。
異端にして、背徳ならず。
されど我も正信にあらず
呪を結ぶ根。血を贖う礎。
あれが、我らが最初に犯した、しかして最も美しき罪であったのだ。」
丘の上に風が吹く。
「何を言ってる」
「この地に住む者は、知らぬ。だが《見届ける者》は……我らと、あの“魔女”だけだ」
「魔女?」
「魔女は魔女だ、魔女にして魔女。口々に言う。大きなはな、ギョロッとしため。」
(またこれかよ、普通に話せるやつに会えないかなぁ)
沈黙が落ちた。
「我は罪を問わぬ。ただ、切るべきものを斬る」
セクリオが、ゆっくりと馬を走らせた。
「ならば……お前は何を斬る?」
セクリオは答えなかった。
そのとき。
丘の頂に、人とも獣ともつかぬ影が現れた。
それは四肢で歩いていた。
だが声は、女のようだった。
「──セクリオ。また一人、それを連れてきたのね?」
あれは一瞬にして騎士の足元まで這っていた。
しかし騎士には何も見えていないようだった。
「セクリオ、あなた、まだ信じているのね。」
「恐ろしいな....」
また口癖に恐怖を漏らす、ガルシドュース。
宿屋、朝を迎えた。
一行で食卓を囲む。
「それでこんな本が見つかりまして、“魔女”とそうあるものはこれしかありません。」
表紙に泣かない子を連れていくとあった。
「少し童話ぽくはありますが。」
「中の章題に“魔女”の二文字があります。」
本に書いてあった。
魔女と鉄のひづめ
一見に、繋がりのない短編の話が載っていた。そう見えていた。
一つは、丘の上の娘は、父の死を経験していないのに泣いている。
一つは、南の聖堂では、建設された記録のない塔が聳えている。
一つは、誰も知らぬはずの唄が、夢の中で皆に語られている。
「魔女…」
ガルシドュースが、小声に言を漏らす。
「ん?それに連会の一つではないのか?」
「聖環連会よりも以前の年代らしくて。」
「それでこの童話にある意味は、魔女の住む地だろうか。」
リドゥは分厚い羊皮紙にそっと手を置く。
表紙の裏に貼り付けられているのは、この土地の地図の複写。この地図は注釈の手書き文字や罫線が書いてある。
「少し朝市へ早く回りまして、当地のものに買ったものへ手を加えてきました。」
聖堂、宿屋、丘、それという三つのポイントに赤い色の印が付けられている。
「こちらを見てください。」
最北に位置する“鷹の灯台”
山や丘などが丘陵地帯となっている。
その土地を伝えてはこう言うリドゥ。
「鷹はですね...真実や正義の象徴とされる事があるんです。」
そして古くから、真実を照らすには灯火と言い伝えられてきました。諸説ですが。
さらに鷹は照らした真実を運ぶ象徴も有している。
そう言った説明が繰り返される。
「つまり二つ合わせて、ここは中間地点となります。」
そう俺は説明を受けたがいまいちわからない。
表向きはどうやら大昔に領主が騎士物語のようなことをした、伝聞ではそれが地名の由来だが、こじつけと思っていいだろう。
民衆の娯楽からの与太話でなければ表向きのこれには、隠す事がある。
やけに楽しそうにリドゥは話す。
「これだから、騎士小説を詠むより、まず今はことを優先すべきだろう。」とガルシドュースに叱られるリドゥであった。
地図上に赤く印された鷹の灯台を中心に広げると、周辺の地形もまた鷹の羽根のように広がっているという、山に谷の削り方に気が付く。
確かに妙な地形だ、だが理解できない。これと魔女とやら、なんの関係を有しているのか。
やはり騎士の呆けが移ったのか。
理解できないことにガルシドュースは呆れた目をする。
導き、のひとつの要点。
これの点と関わってきます。
「上空から見ると鷹の羽根に見えるということは俯瞰しては真実を捉えている。その上から世の中に属さないと同時に世に洞悉している。二つの目を」
「どう言う意味だ?」
本気で困惑して、ガルシドュースはもう冷静を装えないと言う風に困り果てる。
「これは、鷹全体の視覚と灯台という地上の視覚により、目と目が結びつくという。」
「灯台は光を照らすことで真実を導いています。例としては旅人の道先を案内することがわかりやすいでしょうか。鷹は空高くからして、まるで見えない事にも気づいては、地上に干渉しない。一見矛盾。」
「待て、よくわからん」
「待て。」
「本当に待ってほしい、リドゥよ」
⸻
導き、安心、帰路
「三つの点ですから、待ってください。」
まだ彼は理解してはいない。
話には興味を示しているが。
どう言う意味だ。
そう三点の方がガルシドュースに近いはず。
間も無くリドゥはガルシドュースの疑問を置き去りに、その事と、続け様に話をした。
地図上、南に下っていくと「死者の谷」とよばれている地帯に行き当たる。
そここそ“鴉の宿”とも言われ、死体に集まるカラスの逸話も数知れない。
ガルシドュースが赤ペンで死者の谷に印を付け、鷹の灯台との直線上に結ぶ。
“鷹”と“鴉”——
人のような対決はなく、それに。
同じ鳥ではありますが、腐るものを食う者に、生きるものを食う者。
食事でも対立はしていなく、むしろ鷹が捕食をします。生者が死者をどれだけ憶えようとしても、歩みが止まらない事と同じです。
「ガルシドュース様、旦那様お聞きですか?」
瞼をつぶる彼にリドゥは問いかける
目を閉じては、奔雑な思考に耽る。
そうガルシドュースは脳を動き回していた。
(最後まで聞けばわかるって本当かな。)
ガルシドュースはどうも考えに自信がない。
⸻
最後に地図上の最も奥地にあたる黒い湖に印をつける。
むかし、見聞として、黒い湖は伝統的に、ある特定の地に付けられる。
その湖は森林で囲まれ、迷路のようになっていて、奇妙なことに、沼気で見えずに出れないのではなく、外に出れない場所があると言う。
「こうした場所は陳列地とも呼ばれます」
死ぬ方の遺体を入れては、家族に死ぬ後の姿を見せずに、愛想をつかせず。その念で何度も来る手間を省けては、とても安寧した環境を作る。
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三つの場所に直線を引く。
赤く交差して生まれた図案。
直角なる三角の形
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宿屋の机上に広げた羊皮紙。
ガルシドュースの指が、赤く結ばれていく聖域の線上を滑っていく。
“実な鷹”と“死の鴉”と“黒い湖”
「死と生が対決しては、あの世にも行けず、均等にならずに一辺倒になります。」
「死は必ず有利です、亡くなった積み重ねに、大切なものへの思いが、生を落とします。
「つまり生者の念想を離さずに、逆にして、それを、こう引き寄せる場所となります。」
「しかし消えてはいません、あの三角の形を見る消えてはいません。そうであれば線の二本では足ります。
もし仮にこれは呪いや呪いの類いであれば、この地は。生者に対し、そう均衡は壊せません。」
「生者を死者と曖昧にできても、消すことはないのですから。」
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朝陽の中、話し続けては、音が少し変わり始めていた、まずは小鳥が一羽、また一羽と空に舞い上がり、それで木の枝に立って。静寂を代わりに囀りに変える。
「ん?なんか生きる屍に変えるにはいいが、それと童話の関係?」
「それはきっと、父の死からもわかるように、世間を経験していないからじゃないか。」
アスフィンゼは言うに、リドゥは答えた。
「それでは手短にさせていただきます。父と言う庇護者から、弱き存在になる。それが衰えであり。
生きているのに、できない。死ねばできないことがある。
それを衰えでも、そう、できないことが増える、そうある、それを同じものとして扱う人は経験則としています。
死んだようにもう同じ事ができない。これの
その庇護者を被庇護者の娘は見て、真実を求めるのでしょう。私の父をどこへと、男をさらえるのはきっと鷹だろう。」
「鷹は自由で地をも走らずに、ただ遠くを見る、そう思います、と私が習った唄に近いものがありますため、考えを代入してみました。
それは簡単に言うと父親の衰えを死のように嘆いては、今の自分を覚えずに過去の話ばかりとなるその変貌を何かの仕業として、遠いところしか見えないとされる鷹を形容詞に使ったと思います。」
「そして、地形の大きな変動がなければ、過去でもこうした鷹らしきものは見えたと思います。だから灯台の丘で泣いたと思います。」
「変化がなければってことはリドゥ、実際に調査をすれば良いか。」
「動くなら、そろそろです。日が完全に昇って世間が動き出してからじゃ…灯台の象徴がわかりません。」
「燈は夜の方が明白ですからね。」
「燈とは?」ガルシドュースは思わずにリドゥに聞く。
「それが指すには夜空の星々かまたは何かはその時にはわかります。」
「とりあえず、丘は丘で、塔が....いや違うか。」
「なら丘に向かう。」
(これ以上考える頭がおかしくなりそうだからな。)
宿屋の壁に立てさせてはいた所からは杭打ち機を下ろしては、自分腕にかけては、身につけた。
「真実を、この足で確かめる時が来た。」
━━━向かう先は一つ━━━━