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第8話 頭痛持ちの苦悩

 今日は土曜でバイトも無い。だからいったんアパートに戻って、一人でいろいろ考えを整理したかった。

 しかし津和は、アパートまで車を出すと言ってきかなかった。

「三日間とはいえ、いろいろ荷物もあるだろうし、それにPCとか仕事で使うものもあるだろうし、車で運んだほうが便利だろう?」

「ま、まあそうだけど……とにかく、まずは一人で帰るから」

「どうして? 今から車で、アパートまで荷物取りに行けばすむ話じゃないか。そのまま今夜から、うちに泊まった方が効率いいと思わない?」

 こんなわけで、強引についてこられてしまった。しかも理由が、いちいち理にかなっているせいで反対しづらい。

(それに、むきになって反対する理由も、特に無いしなあ……)

 たしかに三日分の荷物とノートPCを手に、電車とバスを乗り継いで、このマンションまで戻ってくるのは面倒だ。たしかにそうなのだが、どうも釈然としない。

 展開の速さについていけず、食べかけのプリンを手に押し黙ってしまう。すると早々に自分の分を食べ終えた津和が、ソファーの背に寄りかかって、ゆったりと足を組みかえた。

「バイトがない土曜のほうが、荷物をまとめたり運んだりしやすいでしょ?」

「それは、そうだけど……」

 ふとレースのカーテン越しに窓の外をながめると、天気アプリの予報どおり、雲行きがあやしくなってきていた。

(やっぱり、低気圧が近づいてきてるな……)

 先刻から頭が重く感じるから、夕方には雨が降りだすに違いない。もし今夜もこのマンションに泊まるなら、いずれにしても一度アパートに戻って、多めに薬を持ってこないと。

「……って、聞いてる?」

「えっ、ああごめん。何か言った?」

 俺の額に、津和の手が触れた。向けられる視線には、心配そうな色を帯びている。

「頭、痛いの?」

「えっ、なんで」

「なんか、具合悪そうな顔してるから」

 俺はガックリと肩を落とした。こんな風に気づかれてしまうなんて、完全に油断していたと自己嫌悪に陥ってしまう。

「ごめん……気をつけてたんだけど」

「気をつけてた? なにを?」

 津和はまったくわけが分からない、といった顔をしてる。無理もない、これは俺が自分自身で勝手に決めたルールなのだから。

 頭痛で具合悪いことなんか、しょっちゅうだ。むしろ体調がいいときのほうが少ない。だからって頭痛が起こるたびに、そうだと分かりやすい顔をしていたら、周りを不快な気持ちにさせてしまう。

 実際、会社勤めをしていたころは『体弱過ぎだろう』とか『体調管理ができてない』と、あきれられたものだ。そして、たとえ吐き気がするほど、ひどい頭痛があっても、それを理由に仕事を休むと非難の目を向けられた。

 まだまだ世間では、頭痛自体『大したことない』と思われがちだ。たかが頭痛だろう、熱もないじゃないかと、まるで頭痛に苦しむ権利すらない気がする。だからいつも急いで薬を飲んで、周囲に悟られないようやり過ごしてきた。痛みだって、じっと耐えた。

(つい、気がゆるんだ……ここに滞在する間

は、もっと気を引きしめないと)

 津和の心配そうな顔を、どこか冷めた気持ちでながめる。心配するのだって、きっと初めのうちだけだ。すぐに慣れて、次第に面倒臭くなるだろう。しょっちゅう具合悪そうな顔で部屋をうろつかれたら、やがて嫌気が差すに違いない。

 今は台風の季節だから、ほぼ毎日頭痛があっても不思議じゃない。三日間一緒に過ごす間に、津和のほうから同居について、考え直したいと言い出す可能性だって大いにある。

「君さ、ちゃんと病院で薬を処方してもらってる?」

「へっ?」

 突然の津和の質問に、俺は首をかしげた。

「今は頭痛外来もある。一度ちゃんと受診した方がいい」

「え、だって。た、ただの……頭痛だし」

「ただの頭痛じゃない、偏頭痛だろう」

「……」

 俺は唇を引きむすんで、視線をそらした。たしかに頭痛外来があることは知っているが、行ったことはない。そんな大げさなものではない。皆そう言ってたじゃないか……熱もないんだ。

「……大丈夫だって、薬もあるし」

「昨日たしか君、薬が効かないときもあるって言ってなかった?」

「それは……」

「偏頭痛は、特殊な頭痛だよ?」

 俺はもしかしたら、病院に行って『偏頭痛』と診断を下されるのが嫌なのだ。

 偏頭痛に必要な、特殊な薬があることだって知っている。だがそれを処方されたら……本当の『持病持ち』の烙印を押されてしまう。事実を認めるのが嫌なんだ。きっと痛みより、そっちの方が耐えられない。




 その後アパートへ荷物を取りにいってきた。持ってきた三日分の服や、仕事用のノートPCは、空いている部屋のひとつに置かせてもらうことになった。空いているとはいえ、完全に段ボール置き場と化しているが。

「ところで寝る場所なんだけど」

「うん?」

「客用布団を使わせてもらえる?」

「そんなもの無いよ」

 津和は平然と言ってのけた。

(待てよ……『布団は持ってこなくていいよ』って言ってなかったか? ソファーで寝ろってことかな……たしかにこのソファー大きいし、寝心地は悪く無さそうだけど)

 俺がひとりで納得していると、津和はあっさりと爆弾発言をかました。

「一緒のベッドで寝よう」

「はあ!?」

「なに驚いてんの。昨晩だって、二人で寝たじゃないか。スペース的に問題無さそうだけど?」

 そういう問題ではない。

「ちょっと待った、なんかおかしくないか」

「何がおかしい? 昨日なにか、おかしかった? 君も俺も、普通に熟睡できただろう」

 たしかに熟睡できた。寝心地も悪くなかったし、お互い気にならないスペースがそれぞれ確保できたし、さすがダブルベッドだと思った。

(でも、やっぱり同じベッドで寝るとか、なんかおかしいだろ)

 俺がモタモタ言い訳を考えてるうちに、津和に手首を取られて寝室へ連れていかれた。

 津和は、うろたえる俺をベッドに引っぱりあげて、仰向けに寝かせた。津和もベッドに寝転がると、俺の方を向いて横向きに頬杖をついた。

「ほら、二人で寝ても平気だろう?」

 のぞきこまれる体勢に、仰向けに寝ている俺は何だか気恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。

(なんだこれ……やべえ、緊張する)

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