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第3話 既視感

 宴会会場は、会社のそばのイタリアンだった。

 この店はプロジェクトリーダーの藤沢さんのオススメらしい。洗練された店内に感心するが、俺にはちょっと敷居が高めだ。


「かたくるしい店じゃないよ。だから千野さんも、気楽に飲み食いしてね」

 藤沢さんは気さくな笑顔で、さりげなく俺を誕生日席に座らせようとしたので、やんわりと断った。


「こういう場は慣れてないので……それに俺、実は飲めないんです」

「そっか。でもソフトドリンクもおいしいからね……あ、すいませーん、飲み物のオーダーいいですか?」


 藤沢さんは自ら誕生日席に着くと、他のメンバーの飲み物も率先してオーダーする。料理はコースが決まってて迷いがない。


(大学のときの、飲み会を思い出すな……)


 どこにでも、集まりをまとめるのが得意な人間がいる。裏方に徹しているのに存在感があって、飲みの席でも活躍する……ちょうど藤沢さんのように。


 彼女と同じくらい目立ってるのは、営業課長の相川さんだ。

 相川さんは爽やか系のイケメンだから、特に女性メンバーに人気で、絶えず声を掛けられていた。


 豪快で楽しい藤沢さんと、気配りができて華のあるイケメン相川さんによって、飲みの席は、はじめから大盛り上がりだ。


(……なのに、なんで頭が痛くなるんだよ)


 夕方から痛みだしたので、先に医者の処方薬を飲んだ。でも頭痛がおさまる気配はない。むしろ、どんどん悪化してくる。


 みんな楽しそうに盛り上がってる中、俺は痛みをこらえて愛想笑いを浮かべた。

 こんなとき、自分がどうしようもなく嫌になる……だから飲み会は、気が進まなかったんだ。


(しょうがない。市販薬も飲むか……)


 医者の処方薬が効かないなら、市販薬が効くかもしれない。

 でも薬は、痛み出したときに飲んだほうが効果がある。こんなに痛くなってから飲んでも、どのくらい効くか分からない。でも飲まないよりマシだと信じたい。


(薬飲む前に、なんか少し胃に入れないと)


 ありがたいことに、料理はどれもおいしそうで、口当たりも悪くない。俺は急いで二、三品の料理をかきこむと、トイレにいく振りをして、鞄を手に席を立った。


(うう、早く薬を飲みたい……)


 歩くたびに頭に響く。

 俺は痛みをこらえながら、店の奥にある扉を開けた。すると洗面台の前には、先客がいた。


「あ……」


 思わず声が出たのは、俺ではなく太田さんだった。

 鏡越しに合った視線に、おたがい無言になる。というのも、太田さんの手にも、なにかの錠剤があったから……この光景に、俺は既視感を覚える。


(なんか、昔を思い出すな)


 俺は、太田さんの隣の洗面台に立つと、無言でポケットから薬を取り出した。

 視線を感じたけど、かまわず錠剤を口に放りこみ、手ですくった水道水で流しこんだ。


「あの、太田さん」

「あっ、ああはい?」


 太田さんは、気まずそうに視線を泳がせた。

 この態度にも既視感を覚える――そう、まるで昔の俺みたいだ、と

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