――思いきって、話してみよう。
俺は鏡越しではなく、隣に立つ太田さんに改めて向き直る。すると向こうも、隣の俺に顔を向けた。
「あの、さっき二次会に誘われたんですけど……実は体調が優れなくて」
「えっ、大丈夫ですか? まさか風邪とか……」
太田さんの表情が、分かりやすく曇った。顔色がひどく悪い。
俺はあわてて続けた。
「いえ、ただ頭痛がひどくて……病気とかじゃないですから」
すると太田さんは、なにかを察したように小さくうなずいた。きっと俺が、他の人に知られたくないって、察してくれたんだろう。
あと太田さんの顔色が悪いのは、俺の心配だけじゃない。
――太田さんこそ、具合悪そうだな。
きっと太田さんも、俺と同じで、誰にも知られたくないんだ。
向こうが隠したいなら、俺は気づかないフリをする。だから気づかう言葉も口にしない。おたがい余計な詮索をしないほうがいい。
太田さんは「そうだ」と、なにな思いついたように口を開いた。
「俺、お店の人に頼んでタクシー呼んできましょうか」
「あ、それがその、一緒に住んでいる人が店の前まで迎えに来てて……いや、来る予定ですから」
「あ、それならよかった」
太田さんは、思いがけず笑顔を浮かべた。こんなフレンドリーな表情は、はじめて見た。
「じゃあ少し早いけど、みんなには二次会のカラオケ会場へ移動するよう、俺から言っときますよ。千野さんは、そのまま帰っちゃってください」
「え、でも……太田さんは?」
「俺はちょっと……食い過ぎちゃって。消化剤を飲んだなら平気です」
さっきから胃のあたりをさすっていたから、相当つらいのだろう。それでも彼は、二次会に参加するつもりのようだ。
(本当に、大丈夫かな)
でも彼の無茶な行動に、俺はなにも言えない。俺だって、ここにやってきた時点で、似たようなもんだ。
再び鏡の中で、太田さんと目が合うと、青い顔で笑顔を浮かべた……その姿に、俺は昔の自分を重ねて、勝手に切ない気持ちになった。
「気にしないで、先に帰ってください」
「そうですか……じゃあすいませんが、そうさせてもらいます」
津和にはすでに、会社を出る前に連絡を入れてある。迎えの予定時間よりだいぶ早いから、近くのカフェで時間をつぶそう。
さっそく俺は席に戻ると、藤沢さんにだけ先に帰ることを告げた。彼女はなにも聞かずに、あっさりと承諾してくれた。
「すいません、せっかく誘っていただいたのに」
「気にしないで、気をつけて帰ってね」
藤沢さんは、俺の歓迎会でもあるからと、今夜の会費を受け取ろうとしなかった。俺はあらためて礼を言うと、鞄とコートを手に店を出た。
外は驚くほど寒くて、キンと冷えた空気で、重い頭が少しだけスッキリする。
俺は、店の向かいのカフェへ入ろうと、横断歩道を渡りかけた。そこで名前を呼ばれた。