「はい、あーん」
「お前なあ……いい加減それ、やめろよ」
すると津和は、いかにも不思議そうに俺の顔を見つめた。
「でもケイ、この体勢で食べるの苦手だろう?」
「それは、そうだけど」
「シーツにオムレツ落とすの、嫌なんでしょ」
「まあ、うん、そうだけど」
反論できないままでいると、ひと口大に切り取られたオムレツが、大きな銀のスプーンで顔の前にさし出された。
しかたなく口を開くと、津和は器用にスプーンを斜めに傾けて、うまいことオムレツを俺の唇の間にすべりこませる。うまいけど、これは……なんとも恥ずかしい。
「うん、上手く焼けてる」
津和は必ず、同じスプーンで交互に自分も食べる。ひと口ずつ、オムレツが皿から消えるまで続けるのだ。こんな面倒なこと、なにが楽しいのか。津和の趣味はさっぱりわからない。
「俺、もう起きないと」
「どうして? せっかくの休みなんだから、もう少しベッドでゴロゴロしようよ」
「いーや、洗濯するの。あと掃除機も掛けたいし、あとは」
「だから、どうして?」
津和は朝食の皿をサイドテーブルに避難させると、起き上がった俺をつかまえて、再びベッドへ押し倒した。まだ温かいシーツが、背中にふんわりと気持ち良くて、特にこんな寒い冬の朝は誘惑に負けてしまいそうだ。
俺の顔を見下ろす津和の顔が、やけにキラキラと輝いている。何かを知ってて、でも俺には教えてくれない顔だ。
「ふーん、なるほどね……手ごわいなあ」
「な、何がだよ……」
津和はクスクス笑いながら、俺にそっと唇をよせた。
「んー、しかたない。君が甘やかされる『理由』を、今あげるよ」
「あ、え……んんっ……」
深いキスで、俺の言葉が吸い取られてしまう。朝の挨拶にしては、ちょっと濃過ぎやしないか。唇が離されるころには、すっかり息が上がってしまった。
俺は恨みがましい目で、ゆるく弧を描く濡れた口元をにらむ。すると今度は、その唇が耳元によせられた。
「俺はね、これでも我慢してるの」
「……?」
甘い声音で囁かれ、俺は目を見開いた。
「君は、まったくわかってないみたいだけど、俺はもっともっと君を甘やかしたいの。世話を焼いて、可愛がって、俺がいないと寂しくて泣いちゃうくらいに」
「泣くか!」
思わずつっこむと、津和は『だろうね』と笑顔を引っこめて、真っ直ぐ俺を見下ろした。
「なぜだろう。君はどうしても、俺のやりたいことを否定したいんだね。だから、すぐに『借り』を作ったとばかり、どうにか『お返し』をしたがる。そんなもの、俺は望んでないのに」
「……」
俺の浅はかな考えは、彼にとっくに見破られていた。
自分の罪悪感を、ひとりよがりに『お返し』することで解消しようとしてた。それは津和のためじゃない、自分のためだ。自分が楽になりたいから。
「ごめん、俺はただ……」
「いいよ、俺もそんな聖人君子じゃない。とくに据え膳食わないなんて、そんな高尚なこともしない。君のやさしさと甘さに、今からつけこませてもらうよ」
再び唇が落ちてくる。なでるようにすり合わせ、じれったいほどもどかしい。パジャマのボタンが外されると、胸の尖りに指先が触れた。
「君を抱けば、この甘い朝の言い訳ができるんだろう?」