マンションに帰宅すると、津和は黙ったままコートを脱が捨てた。
(やっぱ怒ってるよな……)
津和がソファーに身を投げ出すように座ったタイミングで、俺も上着を脱いで鞄を置いた。
キッチンに向かうとき、背中に視線を感じたが無視する。手を洗って、やかんに水を入れてコンロに置くと、ハーブティーのティーバッグを戸棚から取り出した。
(強引に連れ帰ったくせに、なんだよあの態度は)
それでも二人分のお茶を用意する。このハーブティーは、頭痛に効くんだって津和が買ってきてくれた。
彼の気遣いを思い出す一方で、今夜の強引で不機嫌な態度にムカムカする。
今夜の津和は、明らかに勝手すぎるし、俺の友人の前でも失礼な態度を取った。
なにより俺に対して、意味不明に不機嫌なのが納得いかない。
しかし彼の、これほど不機嫌な態度を見たのははじめてで、段々といらだちよりも、とまどいのほうが強くなってきた。
「なあ……なんで怒ってんの」
ソファーにカップを並べると、津和は黙って手を伸ばした。そして両手でカップを包みこんだまま、どこかぼんやりとした横顔でつぶやく。
「怒ってないよ」
「……」
「君には、怒ってない」
津和は大きくため息をつくと、隣の俺をチラリと見た。怒ってるというより、困ってるといった感じだ。
いったい何に、困っているのだろう。俺の扱いだったらどうしようかと不安になってきた。
(そもそも、なりゆきにまかせてマンションに居候させてもらって、なし崩しに付き合うようになったからなあ)
人と付き合うときは、必ずしも『付き合おう』とか『恋人になろう』とか、はっきり宣言するとは限らない。
同じ時間を共有するなかで、少しずつ相手を意識するようになっていき、気づいたら付き合ってるということだってある。
俺の場合は、出会ってから付き合うまで、それほど時間はかからなかった。
共有した時間こそ短いけど、津和からはたしかな思いが伝わってきて、俺はそれがうれしかった。だから関係を持ったんだ。
肌を重ねる行為自体はとまどったけど、変な気負いはなく、とても自然な行為に思えて、こういうはじまりも悪くないなと思った。
でも、津和にとってはどうだろう。
それに、付き合ったはいいけど、そのあと後悔してない? やっぱり面倒になった? 聞きたいけど、直接口に出して聞いても意味はない。
やさしい津和は『そんなことないよ』と、サラッと流すにきまってる。
「怒ってないかも、だけど。俺にはイライラしてるように見えたよ……でも、もしかして、俺、アンタを困らせてる?」
「たしかに俺はイライラしてるし、困ってもいる……どうしたらいいか、分からなくて」
ふと津和の言葉に既視感を覚えた……ここ最近、俺自身の中でくり返していた言葉だ。
まさか、彼の口から同じ言葉を聞くことになるとは思わなかった。
「君の好意や気遣いを、どう受けとめたらいいのか分からないんだ」
「それって……迷惑ってこと?」
「違う」
即座に否定されても、不安は募るばかりだ。互いに気持ちが伝わらずに、それぞれ不安に思っている。どうしてこんな状況に陥ってしまったのだろう。
(津和も、俺と同じことで悩んでたんだ)
好きと気づいて、体を重ねたばかりのころは、こんな焦燥感はなかった。熱で浮かされて、それが一旦静まると、なぜか不安と焦りばかり感じるようになっていた。
津和の答えが聞きたい。俺が先をうながすように見つめると、津和はゆっくりと慎重に話し出した。
「なんていうか、前は安心できた」
「安心?」
「ただ君を好きなだけでよかったから。このまま俺の気持ちだけが、どんどん先を走っていくのかと思ったのに……いつの間にか、君が追いかけてくるから、欲が出た」
両手で顔を覆う津和の姿は、驚くほど弱々しくて頼りなかった。