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第14話 伝えたい気持ち、伝わらない気持ち

 マンションに帰宅すると、津和は黙ったままコートを脱が捨てた。


(やっぱ怒ってるよな……)


 津和がソファーに身を投げ出すように座ったタイミングで、俺も上着を脱いで鞄を置いた。

 キッチンに向かうとき、背中に視線を感じたが無視する。手を洗って、やかんに水を入れてコンロに置くと、ハーブティーのティーバッグを戸棚から取り出した。


(強引に連れ帰ったくせに、なんだよあの態度は)


 それでも二人分のお茶を用意する。このハーブティーは、頭痛に効くんだって津和が買ってきてくれた。

 彼の気遣いを思い出す一方で、今夜の強引で不機嫌な態度にムカムカする。


 今夜の津和は、明らかに勝手すぎるし、俺の友人の前でも失礼な態度を取った。

 なにより俺に対して、意味不明に不機嫌なのが納得いかない。


 しかし彼の、これほど不機嫌な態度を見たのははじめてで、段々といらだちよりも、とまどいのほうが強くなってきた。


「なあ……なんで怒ってんの」


 ソファーにカップを並べると、津和は黙って手を伸ばした。そして両手でカップを包みこんだまま、どこかぼんやりとした横顔でつぶやく。


「怒ってないよ」

「……」

「君には、怒ってない」


 津和は大きくため息をつくと、隣の俺をチラリと見た。怒ってるというより、困ってるといった感じだ。

 いったい何に、困っているのだろう。俺の扱いだったらどうしようかと不安になってきた。


(そもそも、なりゆきにまかせてマンションに居候させてもらって、なし崩しに付き合うようになったからなあ)


 人と付き合うときは、必ずしも『付き合おう』とか『恋人になろう』とか、はっきり宣言するとは限らない。

 同じ時間を共有するなかで、少しずつ相手を意識するようになっていき、気づいたら付き合ってるということだってある。


 俺の場合は、出会ってから付き合うまで、それほど時間はかからなかった。

 共有した時間こそ短いけど、津和からはたしかな思いが伝わってきて、俺はそれがうれしかった。だから関係を持ったんだ。

 肌を重ねる行為自体はとまどったけど、変な気負いはなく、とても自然な行為に思えて、こういうはじまりも悪くないなと思った。


 でも、津和にとってはどうだろう。

 それに、付き合ったはいいけど、そのあと後悔してない? やっぱり面倒になった? 聞きたいけど、直接口に出して聞いても意味はない。

 やさしい津和は『そんなことないよ』と、サラッと流すにきまってる。


「怒ってないかも、だけど。俺にはイライラしてるように見えたよ……でも、もしかして、俺、アンタを困らせてる?」

「たしかに俺はイライラしてるし、困ってもいる……どうしたらいいか、分からなくて」


 ふと津和の言葉に既視感を覚えた……ここ最近、俺自身の中でくり返していた言葉だ。

 まさか、彼の口から同じ言葉を聞くことになるとは思わなかった。


「君の好意や気遣いを、どう受けとめたらいいのか分からないんだ」

「それって……迷惑ってこと?」

「違う」


 即座に否定されても、不安は募るばかりだ。互いに気持ちが伝わらずに、それぞれ不安に思っている。どうしてこんな状況に陥ってしまったのだろう。


(津和も、俺と同じことで悩んでたんだ)


 好きと気づいて、体を重ねたばかりのころは、こんな焦燥感はなかった。熱で浮かされて、それが一旦静まると、なぜか不安と焦りばかり感じるようになっていた。


 津和の答えが聞きたい。俺が先をうながすように見つめると、津和はゆっくりと慎重に話し出した。


「なんていうか、前は安心できた」

「安心?」

「ただ君を好きなだけでよかったから。このまま俺の気持ちだけが、どんどん先を走っていくのかと思ったのに……いつの間にか、君が追いかけてくるから、欲が出た」


 両手で顔を覆う津和の姿は、驚くほど弱々しくて頼りなかった。

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