「あ~そ~ぼ!」
にかっと笑顔を浮かべて鬼ごっこをする子達に言う。
それで友達になれると思った。
「うわ」「なんだその笑顔」「きも!」「こっち来んな!」「帰れ!!」
その日から俺は笑うのをやめた。
休み時間は瞑想するか、小説を読むか、気配を消す練習に費やしている。
おしゃべり? 友達? そんなものはいらん。
高校生活は目立たず、騒がず、平穏にやり過ごせればそれでいい。
そんな疑似コミュ障な俺に視線が突き刺さっていた。
「じー……
見ていることをわざわざアピールする擬音を用い、フルネームで俺の名前を呼ぶ。
彼女の名は
何を考えているかわからないハイライトの消えた黒瞳、同じく長い黒髪に、西洋人形のように整った顔立ち……。
背はクラスの女子の平均よりやや低めだが、その代償として才色兼備文武両道を授かったと噂されている美少女だ。
(いや……代償安すぎんか?)
クラスメイト達は彼女が何をしでかすのか、その動向が気になるようで、先ほどからクラスの左後方最後尾窓際の席……つまり俺の方へと視線を集中させている。
「…………」
俺は彼女をなるべく視界に映さないようにしつつ、読書を続行。
内容は勿論頭に入ってこない。
「じー…………」
ぺら、ぺら……
ページをめくる俺の手が微かに震えてきた。
(こ、こいつ……! 俺が反応するまでそこを動かないつもりか!? 俺みたいな孤立上等陰キャ根暗コミュ障空気でいさせてくださいマジお願いします効率的に高校生活過ごしたいんで人間に何の用だ!!)
「じ―……よし。それじゃ、いくよ?」
(……は?)
彼女は頬に、色素の薄い両手のひらを押し当てて続けた。
「にらめっこしましょ、あっぷっぷ!」
頬に押し当てた両手のひらを上下にずらし、名画ムルクの叫びのような状態になる美少女・伏木奈子。
突然の奇行にクラスの何人かが「ぷっ」と吹き出し、残りは唖然茫然、「奈子さんまたやってるよ」やれやれと俺から視線を外した。
「あっぷっぷ!」
伏木奈子はまだムルクの叫びの物まねをしている。
(こいつ、俺を馬鹿にしてるのか? それとも何か特別な意味がある……のか?)
クラスカースト最上位に位置している人間の思考はまるでわからん。
俺は本を読み終わった風に閉じて席を立つ。
「むー……」
眉をへの字にして、怒りの鳴き声を出す伏木奈子。
(え、俺、なんかやった? トイレに逃げようとしたのがまずかったか……?)
どうにか視線を合わせないようにうつむいて固まる俺の鼻先に、真っ白い人差し指が向けられた。
「今回は友野塁くんの勝ち! 私の負け! 次は勝つから、ね!」
彼女は突如ニマッと笑顔を浮かべて、席に戻っていった。
(なんだあの変人は……)
後で知ったが、伏木奈子は言動の唐突さから宇宙人系美少女とも呼ばれているらしい。
どおりで突拍子もないことをしてくるわけだ。
でもまさか、早朝に体育館裏に呼び出しを食らうとは思わなかった。
そして俺は体育館裏で世にも奇妙な光景を目にすることとなる。
「塁くん! 今日から塁くんって呼ぶね! よろしく!!」
無邪気な笑顔を向けてくるのは伏木奈子さんその人だ。
「塁くん! 私の事は奈子って呼んでね! よろしくね!」
と、こちらも無邪気に笑顔を浮かべているのは伏木奈子さんその人だ。
伏木奈子が二人……。
(……二人、だと??)
「なに言ってるの? 私が奈子ってよんでもらうんだから!」
「いやいや、私が奈子って呼んでもらうのよ? ひっこんでて!」
「いやいやいや! ひっこむのはそっち」
「いやいやいやいや! そっちこそ引き際をわきまえたら?」
俺の目の前で二人の伏木さんが「ぐぬぬ」と額をぶつけ合う。
どっちも奈子だろ……とツッコむのは野暮なのだろうか。
「ってそんなことどうでもいいわ! 何だこの状況!!!?」
やっと声が出た俺だが、
「どうでもよくないよ塁くん!」
「そうだよ塁くん! 呼び方は大事でしょ?」
二人の伏木さんに詰め寄られ、視線を反らして委縮する。
スクールカースト上位者の目力強っ。
「あ、はい、そう……すね。でも今は伏木さんがなんで二人いるのかなってことのほうが、気になったりして……」
やばい、普段会話らしい会話をしていないからか声がかすれる。
きもくないか? だいじょぶか俺? ……やっぱきもいか?
伏木さん達は互いに顔を見合わせて「あれ、言ったっけ?」「ううん? 私はどう呼んでもらうかしか頭になかったわ」「え、じゃあ……」「あ、あなたが言いなさいよ!」「あ、あなたこそ!」なにやら揉め始めた奈子さん達は、やがて頷き合うと俺に向き直った。
「えっと、神様にお願いしたら二人になっちゃった……」
「そう、神様にお願いしたらね……」
もじもじと伏木さん達。
「……神様? お願い??」
流石宇宙人系美少女まるで意味がわからんぞ。
どうでもいいけど、二人同時に喋られるとどっちが言ったのかもわからん。
「……で、それと俺の呼び出しってなにか関わっておられる?」
ひとまず二人いることには目を背けて訊く。
スクールカースト最上位者の彼女が、日陰者の俺を呼び出した理由はなんなのか。
伏木さん達は小さくうなずき、ハイライトの消えた黒瞳でまっすぐ俺を見据え(なんだなんだ?)、同時に告げた。
「「好き。付きあって」」
……んん? 耳がおかしくなったか俺?
「スキーに付き合ってって言った? まだ春になったばかりだけど」
じっ……。
伏木さん達は俺を真剣に見上げている。
あ、これ……マジ、か? マジ??
「……い、いや、いやいやいやいやいやいや! おかしいおかしい!!」
めちゃくちゃ焦りつつ首を横に振りながら後ずさり、びしっと指をさす俺。
「おかしいって! 普通はクラスの隅っこで気配を消して空気になろうとしてる俺みたいな奴に関わろうとしないぞ!? ましてやす、すす好きなんて!! もっと自分を大事にしろッ! 目を覚ませ!!」
魂の絶叫ならぬ説教。
こんな奴に惚れてもいいことないぞ!!
「えへへ、いやーそれほどでも」
「塁くん、そんな褒めなくていいんだよ?」
何故か嬉しそうに照れる伏木さん×2。
「え? 俺褒めた? 褒めてないよな? え、なに、こわ……」
話通じてないんじゃないかこれ? 宇宙人か? ……宇宙人系美少女だったか。
若干引き気味の俺の手を伏木さん達が両手で包んだ。
「じゃあ、そんなわけで今日から彼女としてよろしくね塁くん!」
「ふつつかものだけど、奈子って呼んでね! 塁くん!!」
満面の笑み×2を向けてくる彼女達。
か、かわ……。
「よ、よろしくない! 俺は目立ちたくないんだって!! だ、だめだ! 付きあうなんて」
俺みたいなやつに恋人ができることはないと思うが、よしんば彼女ができるのならばまず地味(重要)で、大人しくて滅多に喋らなくて、そんでもって若干人の輪から外れてて、気配を消すのがうまくてでも実は優しくて隠れオタクで(以下略)――つまり、目立たない恋がしたい!!
「ふーん、なるほどぉそれが塁くんの恋愛観なんだね」
「そっかぁ……ふむふむべんきょーになるなぁ」
「はっ!? まさか俺、今声に出して……?」
青ざめる俺に伏木さん達は親指を立てた。
「「ばっちりだよ!」」
「ぐ、ぐわぁああああああ!!」
いつもそうだ! お前はいつもそうだ友野塁! 思ってること口に出しやがって!! そうやって友達を無くしてきたんじゃないか! 反省しろ!
「俺は、その辺の石ころになりたい……」
うずくまった俺の肩にポンと二つの掌が置かれた。
「大丈夫だよ塁くん」
「うんうん。私達は塁くんのことわかってるから……」
「そうそう。だから安心して塁くん。塁くんの恋愛観は誰にも言わないよ」
「伏木さん達……」
「奈子ね」「奈子って呼んで?」
肩に置かれた伏木さん×2の手の平に力が入る。
「あ、はい。奈子、さん達……」
痛い痛い痛い、痛いっす。
「まあ、だから恋人ってことでいいよね?」
「いいよね? じゃないが?」
どさくさに紛れて決めるな。
「ようは目立たなければ付き合ってくれるんでしょ? わかったよ!」
「いや……でも……」
伏木さんは存在そのものが目立つ美少女だ。
好意は嬉しいが、そもそも俺なんかで釣り合っていい人ではないだろう。
(というか、二人? 俺二人の伏木さんに告白されたってこと? 二人と付き合うの? 下衆じゃないそれ?? 無理)
俺の手を伏木さん達が引っ張った。
「いいからいこ!」
「いこ塁くん!!」
「え、あ? どこに……は、離し、力つよっ!?」