昇降口を抜け、指定されたクラスの階へ向かう途中。
六夢は鼻歌まじりに、白い校舎の中を歩いていた。
(ふふふ〜ん、
教室ついたらまずは自己紹介だよねっ。
どんな子がいるかな〜?
可愛い子いるかな〜?
話しかけてくれる子いるかな〜?)
鞄を両手で抱きしめながら廊下を歩いていたそのとき――
「わっ、っとと……!」
肩が、思いっきりぶつかった。
「いっったぁ〜……すみませ……」
目を上げた瞬間、目が合った。
バチバチな金髪。
高めの身長。
睨むような目つきに、
鋭く整った輪郭。そして右目には切ったような傷跡。
制服の着崩し方も堂々としていて、妙なオーラがある。
ただの新入生には見えなかった。
「……どこ見て歩いとんのじゃ。」
低く、しんと冷えた声。
しかも何故か広島弁。
しかもそのあと、はっきりとした舌打ちが響いた。
「……ちっ」
そのまま男は六夢の横をすり抜け、
何も言わずに歩き去っていった。
六夢は呆然と立ち尽くす。
(……うっわ。なに、あの感じ悪い人。
え、初対面で舌打ち?
ぶつかったのはこっちも悪いけど、
あんな言い方あるか?はぁ?)
ふつふつと小さな怒りが湧いてくる。
でもそれと同時に、胸の奥の「もう一つの感覚」が、静かに目を覚ます。
――ざくっ。ざくっ。と、音のしない包丁が心の奥を刻んでくる。
(……でも、ちょっとだけ、)
あの時、すれ違いざまに香った体温。
血の巡る音。怒気を含んだ、冷たい呼気。
(なんか……“美味しそう”だった)
「……ちがーう!なに考えてんの六夢ーっ!」
思わず声が出てしまい、
通りかかった先生に「静かに」と注意される。
六夢は慌てて頭を下げ、急いで自分の教室に向かった。
階段を駆け上がりながら、顔をパチンと叩く。
(よし、切り替え。
あんな変な人のこと、どうでもいい!
教室!クラスメイト!青春!)
でも。
どこか胸の奥に、さっきの舌打ちが残っていた。
不快なのに。怖くもないのに。
なんだか妙に印象に残る、あの目。あの声。
(……なーんか、嫌な予感がするなあ)
六夢がそう思いながら教室のドアを開けた次の瞬間。
「…………あ」
窓際の一番後ろで、
だるそうに肘をついているあの男が――
ついさっきぶつかった、
あの感じ悪いクッソパツキン野郎が、
そこにいた。
(う、そ。マジで同じクラス!?)
六夢は、入学初日早々、
運命の悪戯に頭を抱える羽目になる。
あぁ嘘だろ神様おいゴラァ!!!