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3「落ちる前に、捕まえた。」

新しいクラスの教室は、少し騒がしい。

名前を呼ばれ、席に着き、自己紹介が始まる。

六夢の番はまだで、

軽く緊張しながら周囲を観察していた。


(なんか……思ってたより、普通の人が多いかも?

 まあ、あんな“第一印象最悪男”がいるクラスだし、

油断はできないけど)


ちらっと後ろを振り返ると、

例の男――十斧長刀は、

相変わらず無愛想に窓の外を見ていた。

目が合うとすぐ逸らされる。いや、睨まれた、かも。


(感じ悪〜ゥん)


「それじゃあ皆さん、

体育館に移動します!荷物はそのままで大丈夫ですよー!」


先生の明るい声で、一斉に生徒たちが立ち上がる。

ざっ、という一斉の足音。

新しい制服の裾が揺れて、階段へと向かう行列ができた。


六夢もその流れに従って歩く。

入学式の会場は、渡り廊下を抜けて奥の体育館。


途中、段差のある階段を降りるところで――

前方でふらりと体が揺れた。


「だなもぉ!!!」


一人の小柄な少女が、

つまずいた拍子に前のめりになった。

細く小さな足がもつれて、

制服のリボンが宙に浮いた。


「あ……ぶなっ!」


反射的に手を伸ばしていた。

落ちそうな体を、

六夢は思いっきり後ろから抱きとめるように支える。


「大丈夫!?」


「あ……え、あの……っ、ごめんなもっ!」


振り返った少女は、小さく震えていた。

ふわふわとした花の髪飾りがいくつも付いた髪が揺れ、

薄紅色の唇が何かを言おうとしている。


大きな瞳。

小学生と思うような背丈と幼い顔立ち。

一言で言うなら――

小動物のような愛らしい少女。


「よかった、ケガしてない?

転ぶとこだったよ〜。あの階段、段差微妙だもんね!」


「う、うん……ありがとなも……」


(か、かわいい……!)


六夢は一瞬、目を丸くする。

でもそれよりも、

彼女の肌の下を走る“生命の匂い”

――その淡さに驚いていた。


(……この子、なんかすごく儚い)


まるで、

ちょっと強く握ったら壊れてしまいそうな感じ。


「私、六枝六夢。よかったら名前、教えて?」


「……あ、はっちは……

羽臣羽衣はおみはごろも。よろしくお願いします……」


小さく微笑んだその顔は、

春の陽射しのように柔らかかった。


(羽臣羽衣……)


なぜだか、名前を聞いただけで心に残るような、

羽毛のような響きの名だった。


「はおみ……はごろもでいい?」


「……ん、嬉しいなも」


そう答える羽衣の笑顔に、

六夢の心の中の“もうひとつの何か”は、

何も反応しなかった。


(あ。この子は――)


《食べちゃダメなやつだ》


ぽつりと心の中で呟いて、

六夢は自分の“裏側”をなだめるように、深く息を吐いた。

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