新しいクラスの教室は、少し騒がしい。
名前を呼ばれ、席に着き、自己紹介が始まる。
六夢の番はまだで、
軽く緊張しながら周囲を観察していた。
(なんか……思ってたより、普通の人が多いかも?
まあ、あんな“第一印象最悪男”がいるクラスだし、
油断はできないけど)
ちらっと後ろを振り返ると、
例の男――十斧長刀は、
相変わらず無愛想に窓の外を見ていた。
目が合うとすぐ逸らされる。いや、睨まれた、かも。
(感じ悪〜ゥん)
「それじゃあ皆さん、
体育館に移動します!荷物はそのままで大丈夫ですよー!」
先生の明るい声で、一斉に生徒たちが立ち上がる。
ざっ、という一斉の足音。
新しい制服の裾が揺れて、階段へと向かう行列ができた。
六夢もその流れに従って歩く。
入学式の会場は、渡り廊下を抜けて奥の体育館。
途中、段差のある階段を降りるところで――
前方でふらりと体が揺れた。
「だなもぉ!!!」
一人の小柄な少女が、
つまずいた拍子に前のめりになった。
細く小さな足がもつれて、
制服のリボンが宙に浮いた。
「あ……ぶなっ!」
反射的に手を伸ばしていた。
落ちそうな体を、
六夢は思いっきり後ろから抱きとめるように支える。
「大丈夫!?」
「あ……え、あの……っ、ごめんなもっ!」
振り返った少女は、小さく震えていた。
ふわふわとした花の髪飾りがいくつも付いた髪が揺れ、
薄紅色の唇が何かを言おうとしている。
大きな瞳。
小学生と思うような背丈と幼い顔立ち。
一言で言うなら――
小動物のような愛らしい少女。
「よかった、ケガしてない?
転ぶとこだったよ〜。あの階段、段差微妙だもんね!」
「う、うん……ありがとなも……」
(か、かわいい……!)
六夢は一瞬、目を丸くする。
でもそれよりも、
彼女の肌の下を走る“生命の匂い”
――その淡さに驚いていた。
(……この子、なんかすごく儚い)
まるで、
ちょっと強く握ったら壊れてしまいそうな感じ。
「私、六枝六夢。よかったら名前、教えて?」
「……あ、はっちは……
小さく微笑んだその顔は、
春の陽射しのように柔らかかった。
(羽臣羽衣……)
なぜだか、名前を聞いただけで心に残るような、
羽毛のような響きの名だった。
「はおみ……はごろもでいい?」
「……ん、嬉しいなも」
そう答える羽衣の笑顔に、
六夢の心の中の“もうひとつの何か”は、
何も反応しなかった。
(あ。この子は――)
《食べちゃダメなやつだ》
ぽつりと心の中で呟いて、
六夢は自分の“裏側”をなだめるように、深く息を吐いた。