4「血の匂いに、似たもの。」
入学式は、淡々と進んでいた。
開会の挨拶、来賓の紹介、校長の話、生徒代表の挨拶。
新しい制服の首元が少しだけきつくて、
六夢は何度も指先を入れて空気を通していた。
(長い……眠くなるやつ……)
体育館の中は静かで、式典らしい厳粛な空気が漂っている。
保護者席や職員席、
壇上の教員たちの表情も皆“まじめ”そのもの。
……だが。
「…………あれ」
ふと、視線が吸い寄せられた。
壇上。左端。
地味なスーツに黒縁眼鏡。
肩まである髪をひとつに結った、どこにでもいそうな女性教員。
だが、その人からだけ――
(……臭っ)
六夢は本能的に、顔をしかめていた。
漂ってきたのは、血の匂い。
もっと言えば、「死」の匂い。
皮膚の下にこびりついた鉄臭さ、
消毒液と腐敗の混ざったような違和感。
人を殺したことのある人間がまとっている、
あの独特の“膜”。
(あれ、絶対人殺してる)
彼女の体からは“人間の生活臭”が一切なかった。
代わりに、同族のような匂い。
あるいは、自分以上に獣じみた“裏の気配”。
(教師にしては……変だ。
いや、
ただ座っているだけなのに、
心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「……」
六夢はふいに、口の中に唾がわくのを感じた。
無意識に、あの女の“味”を想像してしまっていた。
舌が勝手に、唾液を分泌し始めていた。
(まずい。まずいまずい!
やばい、食欲じゃない。
これは……“喰い合い”の本能だ)
敵対する“同族”に反応する、それはもう理性では抑えきれない反応。
「――六夢?」
隣で声をかけてきたのは、
羽衣だった。
「……え?
あ、ごめん、ちょっとぼーっとしてたかも」
六夢は笑ってごまかした。
羽衣は心配そうにこちらを見ている。
(こんなところで、スイッチ入ってる場合じゃない)
「……だいじょーぶ。あんがと羽衣。。」
(でも覚えた。あの女、危ない)
式が終わっても、
六夢はその女の姿が視界から離れなかった。
人間のふりをした“何か”が、
教師として、平然とこの学校にいる。
(ようこそ、か――。
これは思ってたより、
楽しい高校生活になりそうじゃん)
六夢の口の端が、無意識に吊り上がった。