目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

5「放課後、囁かれた本性」

入学式が無事に終わった。

放課後の教室には、

もうほとんど生徒が残っていなかった。


静かな教室に、

紙のめくれる音と机にプリントを仕舞う音だけが響く。


六夢は、

配布された教科書やプリントを無言で鞄に詰めていた。手早く、そして慣れた動作で。


(羽衣と一緒に帰るって言ったけど

……まだちょっと教科書重いし……)


「あんた、六枝の人間じゃろ?」


――耳元で、低く、滑り込むような声。


「……!」


思わず肩を跳ねさせて振り向くと、背後には、昼にぶつかったあの男




――十斧長刀。


無表情で、だが目だけが笑っていない、

鋭い眼差し。

教卓に片手を置いて、

六夢に覆い被さるような距離。


「びっくりしたか。そんな驚かんでもええが。

……よう見たら、顔、似とるけえな。

あの女狐長女に」


「……アンタ、なに者」


「“誰か”はわかっとるんじゃろ。

じゃけえ聞くんじゃ。“何者か”を」


その口調は柔らかだが、

内容は鋭く、底のない冷たさがあった。

六夢は無意識に、プリントを握る手に力がこもった。


(なんで……こんなやつが、私を知ってる?)


「――十斧、長刀。

殺人鬼一族、【十斧族】が1人。

六枝家の、天敵」


「おお、話が早うて助かるわ」


ニヤ、と笑った長刀の口元から、

異様に尖った犬歯がのぞく。


「まさか、

こんなすぐ“ご対面”とは思わんかったが

……運命ってやつは、ほんま皮肉なもんじゃの」


「ここじゃ騒ぎになる。行くよ」


六夢は立ち上がり、鞄を背負った。


長刀は面白そうに肩をすくめて、

その後を追う。


◆ ◆ ◆


一方その頃――


「六夢、遅いだなも~」


羽臣羽衣は廊下で待っていた。


鞄を両手で抱えて、

クラスの前で立ち尽くしていたが、

数分前には誰もいなくなっていたはずの教室は、

もう空だった。


中を覗いても、六夢の姿は見当たらない。


「……え、置いてかれた、だなも?」


少し寂しそうに眉を寄せた羽衣は、ぽつりと呟いた。


「帰り、一緒だって言ったのに……」


小さく膨れて、羽衣は踵を返した。


(仕方ない。今日は一人で帰るだなも)


その背中は、すこしだけ揺れていた。


◆ ◆ ◆


河川敷。

沈む夕陽の下、草の匂いと水の音だけが風に揺れている。


「……ようけ変わっとらんのう、

六枝のやつらは。匂いで丸わかりじゃ」


「そっちこそ、

まんま“血の臭い”撒き散らしてるじゃん。

広島の山奥帰れば?」


「まあまあ。ここは戦場じゃ。

どっちが食われるか、決める場所じゃけえ」


六夢は長刀と向かい合ったまま、

内心で冷や汗をかいていた。


(よりにもよって、

“十斧”と同じクラスなんて。

あんなの、狂犬そのものじゃん)


だけど、逃げない。ここで引けば、狩り取られる。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?