「二人とも、先に帰ってていいだなも」
モップを手にした羽臣羽衣は、困ったように笑った。教室の隅では、ほうきや雑巾が乱雑に投げ出され、誰も掃除をする気配などない。
「また、あの上位様たちに押し付けられたんか……」
長刀が不満げに眉をしかめる。
「羽衣、手伝おっか?」と六夢が言うと、
羽衣は大きく手を振った。
「いいだなも、すぐ終わるし。
二人とも待ってるだけ時間のムダだなも!」
くるんと背を向けて、羽衣はテキパキと掃除を始めた。
その背に、長刀がぼそっとつぶやく。
「なんやあいつ、無理しとるじゃろ」
「うん。でも……待っとこっか。校門のとこで」
「……ほいじゃな」
顔を見合わせ、ふたりはゆっくりと教室を後にした。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
それから20分ほどが過ぎた頃。
夕日が差し込む教室に、羽衣は一人。
雑巾を水で絞りながら、ため息をついた。
「……ふたり、ちゃんと帰ったかな」
教室を後にし、昇降口へ向かう途中――
「……ん?」
背後に、わずかな足音。
羽衣が振り返ろうとしたその瞬間、
「っ――!? ん゛――ッ!!」
背後から、冷たい手が口をふさぎ、
羽衣の体が宙に浮いた。
細い体がばたつき、
落ちた上履きが床にカタンと転がる。
そして、彼女の瞳が虚ろに閉じていった。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
校門前。
「……おっせえな、あの子」
「だよね。普段ならとっくに出てきてる時間……」
六夢と長刀は、校門前の石段に座っている。
空は茜色に染まり、春の夕暮れが静かに迫っていた。
「ちょっと、見に行こうか」
「……うん。変な予感する」
ふたりは同時に立ち上がり、校舎へと走り出す。