暗く沈んだ空の下。
黒板に記されていた位置。
――腐臭漂う、
鉄筋むき出しの廃ビルが、
静かにそこにあった。
「……ここか」
六夢が鋭い眼でビルを見上げ、爪を剥き出す。
「来たるんは……覚悟しとる連中じゃろうの。
……行くで、六夢」
「うん。羽衣を、取り返す」
それ以外は、何も言わなかった。
家の名誉も、自分たちの命も、
今はどうでもよかった。
――
ただそれだけが、
六夢と長刀の全神経を支配していた。
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
ドン、と足音一つで扉を蹴破り、
二人は廃ビル内部へと突入。
「来たぞォォ!! 六枝と十斧が来たァ!!」
「囲め囲めぇえッ!!
一人残らず血に沈めろ!!」
怒号と共に、
数十人の蟲貯の構成員たちが
鉄パイプや鉈、銃器さえ持って押し寄せる。
「──退け」
六夢の瞳が、淡く爪痕の光を帯びる。
刹那。
赤が壁や天井、床に飛び散った。
彼女の動きは、しなやかな獣そのものだった。
鋭い爪で喉を裂き、眼を抉り、関節を外す。
無駄のない、確実な殺傷動作。
「ちぃぃいと数が多いのォ……楽しいのう!!」
長刀は大袋から愛用の薙刀を引き抜き、
広範囲を薙ぐように豪快に振るう!
「うおぉおらぁ!!
死にてぇ奴から前出ぇえやァァァ!!」
刃が風を切り、二人、三人をまとめて両断する。
「ギャァア!! ぐぅお……っ、ぐえぇッ……」
「つ、強すぎる……!
あれが六枝と十斧……!?」
部下たちの絶叫が、薄暗い廃墟に木霊する。
――でも、六夢も長刀も叫ばない。吠えない。名乗りもしない。
それは、戦争でも家の誇示でもないから。
「羽衣は……どこ」
「はーちゃん、待っとけよぉ……!!」
その表情に浮かぶのは、ただ一つ。
友達を救いたいという、純粋でまっすぐな怒り。
そして――
「誰にも渡さねえ」という、
誓いにも似た想い。
廃ビルの中、血飛沫と硝煙が混ざった空気の中。
“元・敵同士”だったはずの二人が、
まるで最初から
親友であったかのように背中を預け、
進んでいく。
――“はーちゃんは俺らのもんじゃけぇ”
――“羽衣は、私たちの、大切な友達だから”
その足取りは、確かに友と呼ぶにふさわしい、二人のものだった。