錆びた鉄扉の内側。
羽衣は薄暗いコンクリートの床に、
手足を縛られ転がされていた。
目の前には、肉塊のような男
――蟲貯のリーダー、蟲飼 蚈。
太い指を鳴らしながら、半笑いの声が響く。
「お前……あいつらのこと、知らねぇのなあ。
六枝六夢と、十斧長刀。
どっちも人間じゃねぇよ」
床を踏むたび、地響きのように響く蟲飼の足音。
その声は愉悦と嘲りに満ちていた。
「人間どころか、あいつらは人殺しの家系さ。
何十人、いや百人以上は殺っとる。
家の誇りってやつでな。クソみてえな伝統だ」
羽衣はうつむいたまま、震えていた。
「血を吸って育った殺し屋。
気味が悪ぃよなぁ? なぁ?
そんな奴らに肩入れするなんて、
お前もどうかしとる」
――“気味が悪い”
その言葉が、羽衣の中で強く反響する。
(気味悪い……そうだ、はっちも……)
小学校のころ。
「うそつき」
「動物と話せる~? きもッ」
「魔女かよ」
小さな教室、あの時の笑い声がよみがえる。
何もしていないのに。
誰も傷つけていないのに。
“普通と違う”だけで、自分はいつも……。
(……違う。六夢も、長刀くんも……そんな人たちじゃない!)
怒りが、にじり寄るように湧き上がっていく。
「……言わないで」
「はあ?」
「六夢と長刀くんの悪口……言わないでほしいなも!!」
羽衣が顔を上げる。
涙に濡れたその目に、
決意と怒りが宿っていた。
「二人とも、人のこと大事にする、
優しい人なんだも!
誰も、
あの二人を“怪物”だなんて言う権利ないも!!」
その瞬間、蟲飼の表情が歪んだ。
「ハッ……調子に乗るなよ、ガキが!!」
ドッ!!
――鈍い音とともに、
羽衣の腹に蟲飼の蹴りが突き刺さる。
「うぐぅっ……!」
床を転がる羽衣。
肺の空気が一瞬で抜け、呻く声すら出ない。
すぐに髪をわしづかみにされ、無理やり引き上げられる。
「テメェみたいな弱っちいメスガキが、
あいつら庇ってんじゃねえよ。
どうせすぐ売り飛ばすつもりだったが、
先に顔でも潰してやるか」
だが――
「……なぁにやっとんじゃワレェ!!」
鉄骨の天井をつんざく、怒声と共に飛び込んできたのは――
「はーちゃん!!」
――十斧 長刀!
その背後からしなやかに舞い込む影、
冷ややかな光を瞳に宿した――六枝 六夢!
「……触るな。羽衣から、今すぐ臭い手を離せ」
二人の声に、蟲飼が振り返る。
「来たかァァ! お前らみてぇな化け物にゃ、ここが地獄ってこと教えてやらぁ……!!」
「はァ? 上等じゃけぇ、太っちょ。
その口、閉じさすんはワシじゃけぇの……!」
「もう怒ったから……絶対に、許さないから」