六夢が覚えている限り、
長女の
言葉遣いは丁寧で、食事のマナーも完璧。
感情を大きく表に出すことは少なく、
どこか冷めたような目をしていた。
だが、
それは
美夢は機嫌が悪くなると、急に荒れ始める。一度癇癪を起こすと、何が気に入らないのかも分からないまま、手当たり次第に暴れた。
「やめて、姉さん!」
「っざけんなぁあああッ!」
まだ小さかった六夢は、何度も美夢に突き飛ばされ、叩かれた。臨夢もよく巻き込まれていたが、兄はじっと耐えていた。
両親は、その度に美夢をなだめた。
「落ち着きなさい、美夢」
「大丈夫、大丈夫よ。ゆっくり深呼吸して……」
父も母も、美夢を否定することはなかった。彼女が何かを壊しても、何かを投げつけても、決して強く叱ることはなかった。
しかし____
その「甘やかし」が通じなくなった瞬間があった。
それは、美夢が
⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
六夢は今でもその光景を鮮明に覚えている。
庭に迷い込んできた一匹の猫。
日差しの下で気持ちよさそうに丸くなっていた黒猫を、美夢は無表情で見下ろしていた。
「ねぇ、美夢姉さん。かわいいね」
六夢がそう言った直後、美夢はナイフを持ち出し、無言でその猫の腹を裂いた。
六夢は絶句した。
「……え?」
血が噴き出し、猫は断末魔の悲鳴を上げた。だが、美夢の表情は何一つ変わらなかった。
「……姉さん、何してんの?」
六夢が震える声で聞くと、美夢はゆっくり振り向いて、こう言った。
「なんか、腹立ったから」
それは、まるでどうでもいい日常の出来事を語るような調子だった。
「……っ!!」
六夢は悲鳴を上げそうになったが、その時、美夢の背後から両親が駆け寄ってきた。
「美夢……っ!!」
母は口元を押さえ、父は震える手で美夢の肩を掴んだ。
「お前、何を……」
美夢はきょとんとした顔で両親を見上げる。
「何って、切っただけよ」
その瞬間、六夢は気づいた。
――あぁ、この人は……最初から
両親はその日から、美夢の機嫌を取ることが増えた。"なだめる"のではなく、"恐れる"ようになった。
それを見た六夢もまた、子供ながらに悟った。
____
この家の中で、
彼女だけが特に異質なのだと。