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夢羽編

24「長女・美夢(補遺I)」

六夢が覚えている限り、

長女の美夢みむは昔からおとなしい子だった。


言葉遣いは丁寧で、食事のマナーも完璧。

感情を大きく表に出すことは少なく、

どこか冷めたような目をしていた。


 だが、

それはの時に限った話だった。


 美夢は機嫌が悪くなると、急に荒れ始める。一度癇癪を起こすと、何が気に入らないのかも分からないまま、手当たり次第に暴れた。


 「やめて、姉さん!」

 「っざけんなぁあああッ!」


まだ小さかった六夢は、何度も美夢に突き飛ばされ、叩かれた。臨夢もよく巻き込まれていたが、兄はじっと耐えていた。


両親は、その度に美夢をなだめた。


 「落ち着きなさい、美夢」

 「大丈夫、大丈夫よ。ゆっくり深呼吸して……」


 父も母も、美夢を否定することはなかった。彼女が何かを壊しても、何かを投げつけても、決して強く叱ることはなかった。


 しかし____


 その「甘やかし」が通じなくなった瞬間があった。


 それは、美夢が



⬛︎ ⬛︎ ⬛︎



 六夢は今でもその光景を鮮明に覚えている。


 庭に迷い込んできた一匹の猫。


 日差しの下で気持ちよさそうに丸くなっていた黒猫を、美夢は無表情で見下ろしていた。


 「ねぇ、美夢姉さん。かわいいね」


 六夢がそう言った直後、美夢はナイフを持ち出し、無言でその猫の腹を裂いた。


 六夢は絶句した。


 「……え?」


 血が噴き出し、猫は断末魔の悲鳴を上げた。だが、美夢の表情は何一つ変わらなかった。


 「……姉さん、何してんの?」


 六夢が震える声で聞くと、美夢はゆっくり振り向いて、こう言った。


 「なんか、腹立ったから」


 それは、まるでどうでもいい日常の出来事を語るような調子だった。


 「……っ!!」


 六夢は悲鳴を上げそうになったが、その時、美夢の背後から両親が駆け寄ってきた。


 「美夢……っ!!」


 母は口元を押さえ、父は震える手で美夢の肩を掴んだ。


 「お前、何を……」


 美夢はきょとんとした顔で両親を見上げる。


 「何って、切っただけよ」


 その瞬間、六夢は気づいた。


 ――あぁ、この人は……最初からこういう人間ぶっ壊れてるだけだったんだ。


 両親はその日から、美夢の機嫌を取ることが増えた。"なだめる"のではなく、"恐れる"ようになった。


 それを見た六夢もまた、子供ながらに悟った。


____


この家の中で、

彼女だけが特に異質なのだと。

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