目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

26「抑圧された優しさ」

重たく閉じられた書斎の扉をノックしたのは、臨夢だった。

「父さん、少しお時間を」


当主は読んでいた古びた帳面を閉じ、顔を上げる。


「……入れ、臨夢」


静かに扉を閉じ、臨夢は父の前に立った。

灯りは薄く、書斎には湿った墨と木の匂いが満ちている。


「明日来るという、養子……

夢羽むうのことですが……」


しばし沈黙が流れた。


「……あの子は、いったい誰の――」


その瞬間、父の目が静かに鋭くなった。


「言うな」


静かで、しかし確かな“拒絶”だった。

臨夢は一瞬、息を呑む。


「……しかし、私は次期当主にして現当主補佐。

知るべきことは」


「言うな」


重ねて放たれた言葉には、

珍しく揺れがあった。


「夢羽は、六枝の娘として迎えた。

それだけで十分だ。


……それ以上を、追うな」


臨夢は口を閉ざした。

父の声音の奥に、

確かに“迷い”と“憐憫”があったことに気づいたからだ。


「……かしこまりました」


「お前には頼むことがある。

あの子を、美夢たちと同じように接しろ。

何も変わらぬ、ただのとして」


臨夢は軽く頭を垂れた。

背を向けた父の目は、ひどく遠くを見ているようだった。


「……あの子は、

今ここでやり直す機会を得た。



――それでいい」


そうこぼした父の声が、

ただの「当主」としてではなく、

一人の「肉親」としての響きを持っていたことに、

臨夢は気づいた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?