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30「午後、八つ当たり」

美夢はコートの襟を正しながら、

洒落たカフェの前で順番待ちをしていた。

小洒落たパンケーキが有名な店で、

今日は特に人気の

「季節限定のベリーソースパンケーキ」を目当てに来ていた。


 自分の番が来るのを待ち、ようやくレジの前に立つ。しかし、店員は美夢の顔を見ることなく、次の客――後ろに並んでいたカップルに笑顔で対応を始めた。


 「こちらへどうぞ~!」


 美夢の顔からゆっくりと表情が消えた。


 (……私、今、ここにいたわよね?)


 胸の奥に、じわじわと黒い苛立ちが滲み出す。口元には作り笑いを浮かべながら、指先をトントンとカウンターに叩きつけるように乗せた。


 「すみません、私が先でしたよね?」


 店員は一瞬戸惑い、だがカップルがもう注文し始めてしまっていることを理由に、美夢に「申し訳ありません、少々お待ちください」と言った。


 さらに、最悪なことに。


 「ベリーソースパンケーキ、最後の一皿となります!」


 店員の声と同時に、美夢の目の前でそのカップルが喜んでそれを注文した。


 美夢の指先がカウンターに食い込んだ。だが、美夢は深く息を吐き、にこりと微笑んで「……では、結構です」と優雅に言い残し、踵を返した。


 店のドアを開けると、冷えた外気が頬を撫でる。怒りがじわじわと内側から湧き上がるのを感じながら、ふと視線を横にやる。


 そこには小さな出店があり、エプロン姿の女性が笑顔で手招きしていた。


 「お姉さん、コロッケいかがですか? サクサクのアツアツでおいしいですよ!」


 その言葉と共に、女性はコロッケの入ったパックを差し出してきた。


 美夢は微笑んだ。


 そして、静かにそのパックを払うように叩き落とした。


 「――え?」


 女性店員が驚きの声を漏らす間もなく、美夢は優雅な足取りで一歩踏み出し、そのまま全力でコロッケのパックを踏み潰した。


 バキッ。


 地面に散らばったコロッケが粉々になると同時に、女性店員の手の甲が不自然な方向に曲がる。


 「ひっ……!? い、痛っ……!」


 女性は床にへたり込む。美夢はふう、と一つ息をつき、地面に広がるコロッケと震える店員を見下ろした。


 「……あら、ごめんなさい。

落としちゃったみたい」


 涼しげに微笑みながら、何の感情も感じさせない声で囁く。


 「でも、

地面に落ちたものなんて

食べられないわよねぇ?」


 彼女はそのまま振り返ると、何事もなかったかのように歩き去った。


 背後では、うずくまる女性店員が震えながら折れた手を抱えていたが、美夢はその声すらも耳に入れていなかった。


 彼女の足取りは軽やかで、まるで最高の娯楽を終えた後のように心地よく、すっきりとしていた。

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