美夢はコートの襟を正しながら、
洒落たカフェの前で順番待ちをしていた。
小洒落たパンケーキが有名な店で、
今日は特に人気の
「季節限定のベリーソースパンケーキ」を目当てに来ていた。
自分の番が来るのを待ち、ようやくレジの前に立つ。しかし、店員は美夢の顔を見ることなく、次の客――後ろに並んでいたカップルに笑顔で対応を始めた。
「こちらへどうぞ~!」
美夢の顔からゆっくりと表情が消えた。
(……私、今、ここにいたわよね?)
胸の奥に、じわじわと黒い苛立ちが滲み出す。口元には作り笑いを浮かべながら、指先をトントンとカウンターに叩きつけるように乗せた。
「すみません、私が先でしたよね?」
店員は一瞬戸惑い、だがカップルがもう注文し始めてしまっていることを理由に、美夢に「申し訳ありません、少々お待ちください」と言った。
さらに、最悪なことに。
「ベリーソースパンケーキ、最後の一皿となります!」
店員の声と同時に、美夢の目の前でそのカップルが喜んでそれを注文した。
美夢の指先がカウンターに食い込んだ。だが、美夢は深く息を吐き、にこりと微笑んで「……では、結構です」と優雅に言い残し、踵を返した。
店のドアを開けると、冷えた外気が頬を撫でる。怒りがじわじわと内側から湧き上がるのを感じながら、ふと視線を横にやる。
そこには小さな出店があり、エプロン姿の女性が笑顔で手招きしていた。
「お姉さん、コロッケいかがですか? サクサクのアツアツでおいしいですよ!」
その言葉と共に、女性はコロッケの入ったパックを差し出してきた。
美夢は微笑んだ。
そして、静かにそのパックを払うように叩き落とした。
「――え?」
女性店員が驚きの声を漏らす間もなく、美夢は優雅な足取りで一歩踏み出し、そのまま全力でコロッケのパックを踏み潰した。
バキッ。
地面に散らばったコロッケが粉々になると同時に、女性店員の手の甲が不自然な方向に曲がる。
「ひっ……!? い、痛っ……!」
女性は床にへたり込む。美夢はふう、と一つ息をつき、地面に広がるコロッケと震える店員を見下ろした。
「……あら、ごめんなさい。
落としちゃったみたい」
涼しげに微笑みながら、何の感情も感じさせない声で囁く。
「でも、
地面に落ちたものなんて
食べられないわよねぇ?」
彼女はそのまま振り返ると、何事もなかったかのように歩き去った。
背後では、うずくまる女性店員が震えながら折れた手を抱えていたが、美夢はその声すらも耳に入れていなかった。
彼女の足取りは軽やかで、まるで最高の娯楽を終えた後のように心地よく、すっきりとしていた。