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31「午後、手当」

冷たい風が吹き抜ける街角。


 小さな出店の前に、一人の女性がうずくまり、震えながら折れた手を押さえていた。踏み潰されたコロッケが無惨に地面に散らばり、周囲の人々は戸惑いながらも、関わり合いを避けるように足早に通り過ぎていく。


 そこへ、一人の少女が通りかかった。


 羽臣羽衣。


 制服姿の彼女は、その異変にすぐさま気づき、駆け寄った。


 「だ、大丈夫だなも!? 

ど、どうしたんだなも!?」


 羽衣はしゃがみ込み、苦しそうにうずくまる女性店員の手元を見た。手の甲は腫れ、異常な方向に曲がっている。


 「こ、これ……折れてるも……」


 羽衣の表情が曇る。


 「す、すぐ応急処置するから、

ちょっとだけ我慢してなも!」


 鞄の中からハンカチと包帯を取り出し、手際よく女性の手を固定する。震える彼女の肩を優しく叩きながら、羽衣は微笑んだ。


 「大丈夫だなも、

ちゃんと病院行けば治るなも。

無理に動かさないようにするんだなも」


 女性店員は痛みと恐怖で涙目になりながらも、羽衣の優しさに少し安心したのか、かすかに頷いた。


 「……ありがとう、ございます……」


 羽衣はにっこりと笑い、

次に地面の惨状を見た。

粉々に潰されたコロッケの残骸。

まるで意図的に踏み潰されたような。

……いや、それはわざと踏み潰さないと

ならないような潰れ方だった。

それを見て、

彼女の目が悲しそうに細められる。


 「これ、売り物だったんだなも……?」


 女性店員は唇を噛みしめ、小さく頷く。


 「うぅ……せっかく作ったのに……」


 「んー……」


 羽衣は少し考え込み、ふと顔を上げた。


 「じゃあ、はっち買うなも!」


 「え……?」


 「全部!」


 羽衣はポケットから財布を取り出し、カウンターに向かうと、まだ売れ残っているコロッケのパックを指差した。


 「これ、5パックくださいなも!」


 「そ、そんなに……!?」


 「美味しいんだも? 

なら、友達といっぱい食べるなも!」


 元気よく笑う羽衣を見て、

女性店員の目にまた涙が滲んだ。


 「……本当に、ありがとうございます……!」


 手の痛みで声が震えながらも、彼女は何度も頭を下げた。


 羽衣は受け取ったコロッケのパックを抱えながら、元気よく「お大事にな!」と手を振り、歩き出す。その後ろ姿を、女性店員は感謝の涙を流しながら見送った。


 街の喧騒の中、羽衣はコロッケのパックを抱え、ふと空を見上げた。


 (……なんか、すごく嫌な気配がするんだなも)


 彼女の胸の奥に、ぼんやりとした不安が広がっていた。





⬛︎ ⬛︎ ⬛︎


「お、はーちゃんおかえりィ」


「ただいまなもーっ」


「って、すごいなそのコロッケ!?

羽衣それどうしたの!?」


「いっぱい買ったなも!

六夢も長刀も食べるだなもー!」


「おぉ……おやつとしては多くねぇか?」


「夕飯入るかなコレ……」

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