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35「恐れの理由」

六枝家・屋敷の廊下


乾いた音が、廊下に響いた。


 夢羽の小さな体が、壁に押しつけられる。


「いたい……」


震える声で呟く夢羽を、美夢は冷たい目で見下ろしていた。


「お前、本当に鬱陶しいわね」


静かな声。

しかし、その声音には怒気がこもっている。


「どうして、

あなたなんかが六枝家この家にいるのかしら?」


夢羽は怯えたように目を伏せる。


 美夢の目の奥には、

純粋な怒りと苛立ちが渦巻いていた。



──「跡継ぎは臨夢か六夢にする」


父の言葉が脳裏をよぎるたび、

美夢の中で押さえつけていた狂気が膨らんでいく。


そのはけ口が、

目の前の「偽物」に向かうのは、

当然の成り行きだった。


「出来損ないのくせに」


美夢は夢羽の耳を掴み、

無理やり顔を上げさせた。


「どうしてバカそうな顔でここにいるの?」


「…………」


夢羽の耳の付け根が切れ、

血が流れる。


「ねぇ、答えなさいよ」


「……わたし……は……」


震える声を聞き、美夢はますます苛立った。


その瞬間──


「やめろ美夢」


廊下の向こうから飛び込んできたのは、

臨夢だった。


彼はすぐさま夢羽の前に立ち、

美夢の手を掴んだ。


「何をしてる、

夢羽に手を出すんじゃない。」


美夢は臨夢をじっと見つめる。


冷たい目と、怒りに燃える目が交錯する。


「……あなたには関係ないでしょ」


「関係ある。

夢羽は家族だ。」


臨夢は静かに言い切った。


夢羽がびくりと肩を震わせる。


「それとも何だ?

俺が跡継ぎ候補になったのが

気に入らねぇから、

関係ない夢羽に当たってるのか?」


「…………」


「美夢。

そんな未熟だから、

父上に冷酷と言われるんだ」


「──ッ!!」


 その言葉に、美夢の表情が一瞬だけ崩れた。


 怒りとも、

憎しみともつかない感情が渦巻く。


しかし、次の瞬間には、

いつもの淑やかな微笑みを取り戻していた。


「……そう」


 美夢はふっと笑い、すっと背を向ける。


「まぁ、いいわ。

くだらない家族ごっこ、

せいぜい楽しんでちょうだい」


静かに、廊下を歩き去る美夢。


その背中を見送りながら、

臨夢は強く歯を食いしばった。


そして、そっと夢羽の頭を撫でる。


「……大丈夫か、夢羽。」


夢羽は頷く。


「う、ううん……大丈夫……なの……」


涙をこぼしながらも、夢羽は笑おうとした。


臨夢はその顔を見て、嫌な予感がする。


美夢をなんとかしなければ、


──いずれ手遅れになってしまう。


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