六枝家・屋敷の廊下
乾いた音が、廊下に響いた。
夢羽の小さな体が、壁に押しつけられる。
「いたい……」
震える声で呟く夢羽を、美夢は冷たい目で見下ろしていた。
「お前、本当に鬱陶しいわね」
静かな声。
しかし、その声音には怒気がこもっている。
「どうして、
あなたなんかが
夢羽は怯えたように目を伏せる。
美夢の目の奥には、
純粋な怒りと苛立ちが渦巻いていた。
──「跡継ぎは臨夢か六夢にする」
父の言葉が脳裏をよぎるたび、
美夢の中で押さえつけていた狂気が膨らんでいく。
そのはけ口が、
目の前の「偽物」に向かうのは、
当然の成り行きだった。
「出来損ないのくせに」
美夢は夢羽の耳を掴み、
無理やり顔を上げさせた。
「どうしてバカそうな顔でここにいるの?」
「…………」
夢羽の耳の付け根が切れ、
血が流れる。
「ねぇ、答えなさいよ」
「……わたし……は……」
震える声を聞き、美夢はますます苛立った。
その瞬間──
「やめろ美夢」
廊下の向こうから飛び込んできたのは、
臨夢だった。
彼はすぐさま夢羽の前に立ち、
美夢の手を掴んだ。
「何をしてる、
夢羽に手を出すんじゃない。」
美夢は臨夢をじっと見つめる。
冷たい目と、怒りに燃える目が交錯する。
「……あなたには関係ないでしょ」
「関係ある。
夢羽は家族だ。」
臨夢は静かに言い切った。
夢羽がびくりと肩を震わせる。
「それとも何だ?
俺が跡継ぎ候補になったのが
気に入らねぇから、
関係ない夢羽に当たってるのか?」
「…………」
「美夢。
そんな未熟だから、
父上に冷酷と言われるんだ」
「──ッ!!」
その言葉に、美夢の表情が一瞬だけ崩れた。
怒りとも、
憎しみともつかない感情が渦巻く。
しかし、次の瞬間には、
いつもの淑やかな微笑みを取り戻していた。
「……そう」
美夢はふっと笑い、すっと背を向ける。
「まぁ、いいわ。
くだらない家族ごっこ、
せいぜい楽しんでちょうだい」
静かに、廊下を歩き去る美夢。
その背中を見送りながら、
臨夢は強く歯を食いしばった。
そして、そっと夢羽の頭を撫でる。
「……大丈夫か、夢羽。」
夢羽は頷く。
「う、ううん……大丈夫……なの……」
涙をこぼしながらも、夢羽は笑おうとした。
臨夢はその顔を見て、嫌な予感がする。
美夢をなんとかしなければ、
──いずれ手遅れになってしまう。